第1話 モナーク・レコンキスタ(1)
タイトルの由来は
・モナーク(羅語:君主、王者)
・レコンキスタ(西語:再征服)
君主(を僭称する者)による再征服運動、という意味です。
女王がイメルダ・マルキウスの要求を拒否したこと。
この件は、テッサリアではことさらに敵意を込めて、ばらまかれた。
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辺境伯イメルダ・マルキウス閣下は、たいへん失望された。
王都におわす女王に、われらテッサリアの民草の苦しみが伝わらない――と。
テッサリアには、はるか東の草原地帯を根拠地とする騎馬民族、スキュティア人に脅かされてきた歴史がある。
スキュティア人に対抗するための兵器として、機動甲冑の保有を認めるよう求めた結果、女王はお許しにならなかった。そればかりか、イメルダは王国の敵である、というではないか。
テッサリアは貴重な小麦を献上し、長らく王国を支えてきた。
にもかかわらず、この仕打ちは、あんまりではないだろうか。
王国がわれらを守らないのであれば、今後、自身でわが身を守らねばならない。
閣下は、その痛切なる覚悟と決意を以って、軍旗を掲げることを宣言なされた。
誇れよ、諸君!
もはや、テッサリアはルナティアの「辺境」ではなくなった――と。
因習深い王都と訣別した、誇らしき「大テッサリア」である――と。
母なる河ペネウスに連なる、すべての流域がわれらの領邦だ。
仇敵に奪われたままの土地、「未回収のテッサリア」がある。
立てよ、諸君!
母なる農地を! 母なる山河を! 母なる大地を!
それらを取り戻す烽火を、今こそ、ともに熾そうではないか!
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「なんつーか、売られた喧嘩を全力で買ってやった。って言い分だな」
宣戦布告の文書が、カルディツァの屋敷にも届いた。
そればかりか、郡内のいたるところに、この檄文が貼られているらしい。
郡都の民草らも、大混乱に陥っている。
(それにしても、この手際のよさ。イメルダの息のかかった連中が相当な数、領内に入り込んでいるみたいだな)
腕組みするシャルルに、家政婦長のヘレナが茶を持ってきた。
「ありがとう。エレーヌに聞きたいことがあるんだけど」
「はい。なんでございましょう?」
「この、未回収のテッサリア、とか言ってるのはなんだ」
地理に疎いシャルルが訊ねると、ヘレナは地図を持ってくる。
「大きくわけると、三つございます」
実際に、地図上の場所を指さしながら答えてくれた。
「一つめは北部テッサリア二郡。つまり、シャルル様のご領地です」
「そりゃ、そうだよな」
「二つめはトリカラ郡をはじめとする、スキュティア諸部族の支配下におかれた東部テッサリア諸郡。そして、三つめは陛下の御料地である、アーベル高原」
「ちょっとまて。直轄領も入っているのか?」
「はい。ペネウス河の支流、アーベル川の上流部は直轄領にあたります。ペネウスのすべての流域、と主張している以上、こちらも含まれるはずです」
地図を凝視する。山に囲まれた辺鄙な高地だ。
「こんなところに、何の価値が?」
「アーベル高原には鉱山があります。森のない王都周辺では貴重な、質の良い木材も得られます。テッサリア領には鉱山が少ないので、押さえたいのではないかと」
「直轄領との資源交易ができないもんな。わかった! 説明をありがとう」
「政のことは、私、あまり詳しくございませんが。王国と事を構えるにあたり、行為を正当化する名目が必要だったのでしょうね」
敵にだって、正義がある。
彼にとって、それは何か。
(領民にわかりやすい『正義』を示さねぇと。この戦い、勝てねぇかもな)
これだけ、領内に食い込まれているのだ。
彼を陥れる、流言飛語が飛び交うだろう。
乾坤一擲の策を為すには、忍耐が必要だ。
民草に忍耐を強いるには、信用が第一だ。
「エレーヌ。街の有力者たちに会いにゆきたい。ついてきてくれるか?」
「もちろん。どうかご一緒させてくださいまし」
***
その後、シャルルみずから街の有力者一人ひとりの邸宅を訪ねた。
いつもなら、遣いを差し向けて、領主の屋敷に呼び集めるところ。
使いの者でなく、鱗鎧を着た領主みずから、侍女を伴って訪れる。
「すまん、急いできた。茶はけっこうだ。用件だけ言う」
突然の来訪。誰もが驚いた。
その上で、彼はこう言った。
「すぐにでも街から逃げろ! 馬車になり、艀になり。金目のモノと食い物をぜんぶ積み込んでな」
せいぜい、「徹底抗戦」への協力でも呼び掛けに来たのだろう。
そう高をくくっていたところ、「すぐ逃げろ」と言われ、絶句。
「無論、やれるだけのことはやるさ。でもな、兵隊も馬も数が足りねえ。せいぜい、あんたらが逃げる時間を稼ぐので精いっぱい。これが実情だ」
「そ、それでは。街や、家は?」
「すまんが、守り切れる保証は何ひとつねぇ。覚悟してくれ」
据わった目をした領主に、気圧された有力者が切り込んだ。
「――領主様は、どうなさるんですか?」
「決まってんだろ。これから奴らと戦う! あんたらを逃がすためになッ」
領主の全身から、恐ろしいほどの魔力があふれ出ている。
ただの一度も、こんなことはなかった。
本気で戦う覚悟だ。そう、思い知った。
「……私たちが、何か協力できることは?」
「街のみんなに、俺が言ったことをそのまま伝えてくれりゃいい」
脂汗を垂らす街の有力者に、真顔で彼は告げた。
「逃げ道に仮宿を二、三マイルおきに作った。ミトロポリか、キエリオンか、好きな方を選べ。繰り返しになっちまうが、食い物は持てる限り、持ち去ってくれ。敵にはパンひとつ、渡さねぇつもりだ。街の穀倉をぜんぶ焼き払ってもだ」
思わず、目を剥く。頭がついていかない。
「最悪、街はめちゃくちゃになる。だが、生命と財産があれば立て直せる。だから、俺はみんなを逃がす。これが俺の『正義』だ。約束する。どうか、力を貸してくれ」
彼の直談判で、街の有力者たちの顔が一変した。
三万人といわれる、郡都カルディツァの全人口。
可能な限り、北と東に疎開させる――未曾有の大移動。
これをなし遂げるため、皆が一丸となり、知恵を絞る。
水運組合から、艀に積んだ荷物をミトロポリまで船引きさせたい、と申し入れがあった。聞けば、ユーティミアが事前に根回しをやっていたらしい。
河川水運の目途が立ったことで、より食糧の輸送がしやすいミトロポリへ二万人、キエリオンへ一万人を新たな目標として、疎開を開始すると決まった。
***
茶会からの五日間で、カロルス・アントニウス領内兵力の再配置が完了した。
カンボスを明け渡し、手の空いた一個中隊一二〇名がパラマスの湊町に入った。
湊町はすでに要塞化されている。サロニカ海軍の軍船からはぎ取った弩砲。テッサリア軍が街の包囲に使った障害物。これらを転用した以外に、市壁の外側にあった仮設住居の外側や、城門の周囲に空堀を追加した。
敵を容易に近づけさせないためだ。
これだけの工事を終わらせた、従来からの一個小隊四〇余名。そして、シャルルの私兵三個中隊三六〇名は、関所の復旧支援という名目で移動を済ませていた。
私兵は開戦の詔勅を受けて、臨時の郡都ミトロポリへ進出。さらに、そこから船で川を下って、郡都カルディツァに駆けつけたばかり。
現在、カルディツァに駐留する正規軍は一個中隊一二〇余名。他、二個中隊は各々避難経路上に雪洞を構築中である。
そして、カンボスからは、テッサリア軍の二個大隊一〇〇〇名が北上を開始。
十倍の兵力を以って、カンボス近傍の集落から次々と支配下に収めていった。
「角笛を吹け! 出陣だ!」
鳴り響く角笛の音とともに、郡都の南門が開く。
郡都についたばかりの私兵たちに留守を任せて。
正規軍一個中隊が迎撃に発った。
軍馬に跨った騎馬隊四〇名と、歩兵八〇名。
四つの荷車を引く、八頭の輓馬。
その先頭に立つのは、『竜殺し』カロルス。
馬上の雄姿を見送った、無数の民草のなかで。
銀髪の家政婦長が、女神に祈りを捧げていた。
***
『観測情報共有――RT更新――反映中』
『規定の警戒範囲内に敵性反応無し。観測を継続』
オクタウィアが搭乗する機動甲冑サイフィリオン。
その視力の良さと敏捷性を十二分に発揮していた。
積もった雪に紛れて、見通しの良い標高四三〇フィートの段丘崖の上から、敵の先遣隊の動向を監視。逐一、エールセルジーを介して、彼に送っている。
「ありがとう、オクタ。エールザイレンは近くにいないな」
『はい、少なくともアーベル川の手前にはいないみたいです』
「万が一、エールザイレンに気づかれたら。交戦はするな。即座に撤退だ」
『かしこまりました。夕方になるまで、監視を継続します。サイフィリオン、次の地点までの経路を出して』
『了解』
「頼むぜ。戦争するのに偵察は一番の要だ」
簡単なねぎらいの言葉をかけると、少女が安心したようなため息をついて、それから通信が切れる。
「それにしても。時間経過無しの情報が遠く離れた場所で見聞きしたようにわかる。こりゃ、とんでもねぇ話だ」
偵察の情報というものは、いつも遅れて届く。
シャルルがルナティアに来る以前に参陣した、どの戦いであっても。
国一番の早馬、部隊一の遠見を揃えたとしても。
それらが見聞きした情報は、すでに過去のモノ。
シャルルの耳に届く頃には、そこに敵はいない。
だからこそ、戦術家たちは地形や気象から推理し、見当をつけ、予測して動く。
それらがピタリと当てはまったことなど、一度たりとしてない。
「こんなもんがあれば、細けぇ算段をいちいちつける必要もねぇ」
オクタウィアとサイフィリオンのもたらした情報と地形。
それをもとに、シャルルは相手の動きを改めて頭の中で整理する。
てっきり、一〇〇〇名が固まっているのかと思いきや。
敵は、街道沿いの集落を占領しながら進んでいる。そのため、いくつかの部隊に分散していた。
なかでも、二五〇名の部隊ふたつほど、先行している。
手柄を争っているのだろうか、明らかに他よりも突出していた。
「十倍の戦力差。そりゃ向こうもおおよそわかってるだろう。舐めやがって」
カルディツァから街道を南に四マイル。
その近くにあった、崖上の小さな集落。
王国軍一個中隊一二〇名とシャルルは、川と街道を見下ろす崖上に陣取った。
「包囲されたら負ける。だったら――」
中隊旗がはためく陣地から、煮炊きの黒煙が上がる。
石炭を燃やした煙が、敵に居場所を知らせるだろう。
案の定、そこに向けて、テッサリア軍は集結しつつあった。
***
やがて、夜の帳が降りる。
はためく軍旗の旗竿の先端に、蝶を象った紋章があった。
大テッサリアの『国章』と定められた、鋼の蝶であった。
(外れくじ引いたからって。アタシひとりで物見かよ)
軍旗を掲げた、仮組のやぐらの上で、あくびをかく兵士がひとり。
占領した集落から奪ったブドウ酒で、仲間たちが飲み騒いでいる。
(あーあ。明日からしばらく、酒も飲めなくなるんだろうな)
自分のくじ運の悪さを呪った。
たったひとり、真面目に物見に立つのがバカらしい。
寒さにぶるっと震えた彼女は、旗竿の先を見上げる。
虚空に向かって、翅を広げる。鈍色の蝶を。
(それにしても、御屋形様は思い切ったことをやった)
ルナティアにおいて、蝶紋は王家の紋章である。
もはや、王家に何の忖度も、遠慮すら不要だと。
そんな意味が込められているのだろうか。
(あー、クソさみぃ……花摘んでこよっと)
たったひとりの物見が、やぐらを降りる。
下着をずり下ろし、しゃがんで脱力した。
用を足して、ぶるっと震えが走った瞬間。
「あ――」
夜の闇を切り裂いた。幾筋もの真っ赤な流星。
あっという間に地面に落ち、一面が燃え盛る火の海に。
急ごしらえの野営地へ、疾風のごとく、騎馬が懸かり飛ぶ。
「グエッ!!」
「ギャ――ッ!」
無数の馬のいななき。蹄音。
蹴られ。斬られ。突き刺され。
相次ぐ悲鳴。断末魔。虚空へ消える絶叫。
尻丸出しで、物陰に飛び込んで、怯えていた。
(夜盗か? いや、違う)
誰もが黒を基調とした軍服を着ている。
間違いない。
(王国軍だ――クソッ!?)
舌打ち。
たった一二〇人しかいない。そう聞いていた。
こんな夜襲を仕掛ける余裕などあるはずない。
(あれは嘘だったのか!? 間者は何を報告してきたんだ!)
脂汗が止まらない。
開戦間近。そう言いつつも、気の緩んだところに、雷霆のごとき痛撃。
ひとり、またひとり。斬り殺されてゆく。
真夜中の原野のど真ん中。泣き叫ぶ半狂乱の騒ぎから、鎧どころか、服もまともに身につけず、蜘蛛の子を散らす女たち。
後ろを顧みる者は、誰ひとりいない。
過ぎったのは、絶望。
二五〇名の部隊が、ただ一瞬で潰えた――と。
(逃げようか。どうしようか)
わずかな逡巡のあと。衣服を整えた。
(知らせよう……他の部隊に)
みんな酒を飲んでて、まともに馬に乗れやしない。
だったら、アタシが――と、駆け込んだ馬小屋で。
バカらしい――と思う暇もなく、彼女は息絶えた。
雪上に、血しぶきと脳漿を撒き散らして。
「――よし、こんなもんだろう。みんな、引き揚げだ!」
「追撃は?」
「一切必要ない。伝令は今しがた、俺がつぶしておいた」
「ありがとうございます! アントニウス卿」
「各自、持てるぶんの水と食糧。あとは軍馬もだな。かっさらってずらかるぞ!」
「「「オオ――ッ!」」」
勝ち鬨を上げる精鋭たち。
「そうだ。敵の軍旗はあるか?」
「やぐらの上にありました」
「大事な戦利品だ。引きずり下ろして郡都に持ち帰れば、語り草になる」
鮮血のついた長剣を血ぶりして。
鞘に納めた『竜殺し』と仲間たちは、影のごとく。
夜半の雪原へと、再び駒を駆る。
イメルダ・マルキウスの元ネタは「イメルダ・マルコス」なんですが。
元ネタの人物の異名が「鋼の蝶」だったそうで、取り入れてみました。
挿絵を流行りのNovelAIで頑張ってみました。
ちょっとかわいい子だになったけど、気の毒な最期が待っているだけに複雑。
本エピソード以後、戦闘描写が多くなります。
甘ったるい恋愛シーンとは真逆で、書くの大変だけど、がんばります!




