第十六話 見えるモノ見ないモノ
【冒険者ギルド ソラルディ本部】
看板の下にある重厚な二枚扉を開けて中に入る奏たち四人。
扉の開く音にギルド内の冒険者が数人、一斉にこちらを向く。
「めっちゃ見られてる」
トラスにくっついてナッティスが周りを見る。
「そうだな……」
めんどくさそうに答えるトラス。
「こっち見るな!」
奏がたまたま目の合った冒険者に威嚇する。
ビクッとなる冒険者。
「こら、奏だめだぞ!」
フランツが奏の手を引く。
「足痛い、おなかすいた……」
奏がベンチに座る。
「ほらスグだから報告するよ」
フランツが奏の腕を引く。
報告窓口の受付に冒険者証明書のカードと依頼書を提出するトラス。
「スパイルパーティ四名全員帰還」
冒険者証明書とメンバーを確認するギルド職員のポリス。
「ギルド発行依頼の……地走り鳥(リクポフィッツ鳥)三匹討伐依頼」
「傷病状態は……」
「全員問題なしですね」
「討伐成功でよろしかったですか?」
俯いたまま話していたポリスが顔を上げる。
「ああ成功だ」
トラスの声が疲れている。
「討伐証明部位の冠羽と尾羽ですね」
「討伐証明の確認は、あちらの獲物解体所で行います」
職員が左手奥を手で示す。
「わかったありがとう」
トラスが冒険者証明書カードをみんなに手渡した。
「よし、あとは俺がやっとくからそこで座ってろ」
「お願い」
ナッティスがちょこんとベンチに座る。
フランツと奏も雪崩れ込む。
トラスが解体所の扉を開ける。
「よいしょっと」
さらに内側の、魔法の掛かった重い扉を開けて中に入る。
持ち込まれた獲物が万が一息を吹き返しても、外に出られなくするための結界扉だ。
入ってすぐのカウンターにトラスが案内される。
「こちらのトレーにお願いします」
「三体分以上の討伐証明部位で今回の依頼達成になります」
マジックバッグから束をトレーに出した。
用意されたトレーからはみ出すほどの羽根の束。
「ん?」
職員の動きが一瞬止まる。
「これで全部だ」
「か……確認します」
羽根の束を解いて確認するポリス。
「一、二、三……」
「これで、依頼達成です」
「つ……続いて追加報酬分になります」
「四、五、六……」
手の空いている解体職員が寄ってくる。
「おい、あれB級の……」
「まじか……久しぶりに見るよ」
「十、十一、十二……」
ポリスが羽根を積み上げていく。
「おいおいおい……」
「まじか」
解体所の外も騒がしくなる。
「十八、十九……二十」
「依頼達成分、三体」
「追加報酬十七体分になります。」
うおぉぉぉ!
スゲェェェェ!
解体所からの歓声が、冒険者ギルド内に響く。
「何!?」
振り向くナッティス。
「なんだ?」
頭を上げるフランツ。
「ほえ?」
奏は解体所の方を見るが、すぐにフランツに寄りかかる。
他の冒険者たちが解体所の入口前で人だかりを作っていた。
トラスが大騒ぎする解体職員たちに声を掛ける。
「獲物の解体頼めるか?」
「ああ!そこに広げてくれ」
「今日は残業確定だな……」
解体職員数人が準備を始める。
「職長呼んできて!」
職員の一人が奥に声を飛ばす。
言われた場所にリクポフィッツ鳥を取り出していくトラス。
「まじだわ!」
「おい、どうなってる?」
職長が事務室から飛び出してくる。
「トラスくん!こないだもたまげたけど、今回もまたすんげぇな!」
解体部の職長、カナルが帽子を被りながら声を掛けてきた。
「カナルさんまた頼むよ」
少し笑顔が戻るトラス。
「こんな数のリクポ鳥は見たことないわ」
「生体調査部が喜ぶよ」
鳥の翼を広げ、カナルは丁寧に状態を確認する。
「トラスくん得物変えた?」
「え……あ、まぁちょっと……」
プロの目に口籠るトラス。
「少しよろしいですか?」
ポリスが困った顔をしながら、トラスに声を掛けてきた。
「すいません、精算の件ですが、私の裁量を越えてまして、主任の確認が必要ですので少々お待ちいただけますか?」
「あ~わかった」
何となくトラスには想像がついた。
ポリスが職員詰所側の通路に入って行く。
しばらくして、ポリスが主任のルスカスを連れて戻ってくる。
「ちょっと!ポリスどうしたの?何なに?」
「主任!いいから来てください!」
「よぉ!」
いつものようにトラスがルスカスに声を掛ける。
声の主であるトラスと目が合うルスカス。
ルスカスが、並べられた二十体のリクポフィッツ鳥を見た途端。
何も言わず慌てて奥に引っ込んだ。
「ちょっと~しゅに~ん!」
ポリスもルスカスを追って行ってしまった。
「何だ?」
トラスが職員通路を見て呆れていると奥から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「おい!こら!押すな!」
副ギルド長が二人に押され、解体所に入ってくる。
「よぉ!マルコ」
マルコがトラスの顔を見て解体所を見渡し、何となく理解した。
「トラスこっちだ」
トラスは案の定、別室に案内された。
解体所が見える応接室だ。
ガラスの向こうに金髪の女性が見えた気がした。
マルコがデカい身体をドカッとソファに預けトラスの視界を遮る。
「さっきプラトン渓谷でリクポフィッツ鳥の群れが大移動していたと報告があった」
「あの二十体はその一部で間違いないのか?」
トラスは立ったまま終始不服そうに話をする。
「ああ、奏が適当に数えただけでも百はいたそうだ」
マルコが息を呑む。
「それと——」
「超大型の個体だろう?」
トラスの話を遮って、先に口を出すマルコ。
「あの依頼書にはそんな事は書いて無かったぞ」
トラスが声を荒げる。
「俺には奏はもちろんパーティ全員を守る責任がある」
「すまなかった……この通りだ」
マルコが頭を下げる。
「依頼書が作成された五日前には、プラトン渓谷周辺で五つの群れ、合わせて十~十五匹が観測されていただけだった」
事前調査資料の一部をトラスに見せる。
「お前の見た超大型はユニークモンスターの可能性がある」
マルコの言葉に、目の前で見た超巨大なリクポフィッツ鳥を思い出す。
「奴が群れを集めていたと言うのか?」
トラスが眉間にしわを寄せる。
「それはまだわからん、今はまだ調査中だが、生体調査部のひとりがそう言っていた」
顎の髭を撫でるマルコがトラスに向かって指を立てる。
「それと、これは誰にも言うな」
「薄々勘づいてるとは思うが、ソラルディ周辺のモンスター分布が変化している」
トラスが腕組みをして考え込む。
「あの依頼は明日、ギルドから帝国の預かりになる」
マルコは更にトラスへ情報を開示する。
「わかった……もう大丈夫だ」
「すまなかった」
トラスが背を向けて部屋を出ようとする。
背を向けたトラスにマルコが声を投げかける。
「報酬はひとまず依頼分を渡すから受付で受け取ってくれ」
「依頼書通り個体サンプル用に三体は提供してもらうが、残りは解体して肉と素材にしておくから明日受け取りに来い」
トラスは聞き終えると、そのまま手を上げて返事をし、部屋を出た。
「おーい!お待たせ~」
待ちくたびれた三人がトラスの声に飛び起きる。
「ごはーん!」
奏が立ち上がる。
「ごはーーーーん!」
ナッティスも。
「ごはんだーーー!」
フランツまで。
——————
「みんなおひさ~こっちだよ~」
ギルドカフェに入ると、猫耳尻尾を揺らすウェイトレスのバーニッシュに席へ案内される。
しっぽに触ろうとする奏を抑えるフランツ。
席に向かうと既にマティが席に座り料理が運ばれていた。
「おかえりなさい」
「さあ座ってください。」
そう言ったマティの後ろに見慣れない長身の男が控えていた。
「あ、レヒトさんこんばんは!」
奏が普通に挨拶する。
「あ、ああ……」
戸惑うレヒト。
他の三人はきょとんとする。
「奏知り合いか?」
「うーん、ちゃんと話したことはないけど……」
「たまに部屋の隅とか外にいるよ」
驚愕する一同。
「レヒト」
「奏さんに聞きたいことがあるのでは?」
マティが促す。
「は!」
レヒトが一枚の紙とチョコの包み紙を出して見せる。
『レヒトさんお疲れさまでした!カナデ』
「これが橋の欄干に置かれてました」
「「「あああ~!」」」
トラスたちが思わず納得の声を出す。
「か、奏様」
自尊心と戦いながらレヒトが話しかける。
「奏でいいよ」
奏が微笑む。
「か、奏さん」
奏の微笑みに緊張が増すレヒト。
「ど……どうして私の居場所が分かるのですか?」
「あ~それはね」
奏はなんとなく考えてみる。
「わかんない!」
「え!?」
レヒトが目を見開く。
マティ以外、みんな動きを止めて奏を見る。
「でもね、レヒトさんの居るところだけ、なんとなく優しい空気だったの」
奏が一生懸命答えをレヒトに説明する。
「空気……ですか?」
ますます分からなくなるレヒト。
「そう」
奏がレヒトに優しく微笑む。
「レヒト」
「慢心せず精進なさい」
微動だにしないマティ。
「は!」
奏がレヒトの口元を指さすと、レヒトが口元についているチョコに気づいた。
「…………」
赤面したレヒトはそのまま消えて居なくなってしまった。
「レヒトさんまたね~」
奏が手を振る方向を見て、マティ以外みんな首を傾げる。
「さて、いただきましょう!」
マティの掛け声で慰労会が始まった。
「そして皆さん、明日も朝からよろしくお願いします!」
マティは笑顔だったが、その目はやはり笑っていなかった。
ギルドカフェでの時間はあっという間に過ぎ、奏たちは食事を終えた。
トラスたちは明日も朝から行われる壁の訓練に心が折れそうになりながら、ホテルの部屋に戻っていった。
奏はマティに促され、いつもの服に着替えると、マティの部屋の魔法陣でショッピングセンターに戻った。
——————
空に昇る一つの月に向かって、奏が駆ける。
スイミングを終えた奏が、ショッピングセンターの周りを確認しながら帰宅を急ぐ。
数時間前まで草原を駆け巡っていた奏の足取りは重い。
(琴子ちゃんと約束しちゃった)
「ただいま~」
奏は靴を脱ぎ、ゆっくり廊下を歩いてリビングに入る。
「おかえり~お風呂入っちゃいなさい」
母がキッチンから声を掛ける。
キッチンの脇に立つ奏を見て華が声を掛ける。
「どうかした?」
「明日友達と約束したからスイミング休んでもいい?」
奏が少し疲れた声で口にする。
「いいよ~ぜんぜん」
「ちゃんと門限はまもってね」
あっけらかんとする華。
「え?いいの?」
意外な答えに奏はびっくりした。
「たまにはいいんじゃない」
「今日は玉子丼だけどいい?」
華は冷蔵庫からケースを取り出してキッチンカウンターに置く。
ソファに寝そべり天井を見つめる奏——。
ジュゥ~。
キッチンの向こうから卵の焼ける音がする。
松若家の玉子丼は、あつあつのごはんに半熟とろとろの目玉焼きが二つ。
そして、鰹節と醤油のかかったシンプルな丼ぶり。
「母の玉子丼好き~」
(食べれるかな……)
お腹のなかにはまだ異世界が残っていた。
——翌日。
学校が終わると、奏と琴子が校門から出てくる。
「奏ちゃんさようなら」
いつものように教頭先生が挨拶する。
「……さよなら先生」
振り返りもせずに声だけ出して通りすぎる。
奏は一日中、琴子の視線が気になっていた。
帰りは横でずっとこっちを見ている。
「奏ちゃん待ってるからね!」
マンションのエレベーターを降りる奏に、琴子がそう言って扉が閉まる。
「わかった……あとでね」
帰宅すると奏がランドセルをリビングに下ろし、テーブルの上に宿題を出した。
「どした?今日約束でしょ?」
「うん……宿題してから行く」
宿題に向き合う奏。
「学校はどうだった?」
ソファに寝転ぶ華。
「あ……楽しかったよ」
「一、二、三……」
華が何かを数えている。
「国語のテスト持って帰ってない奴あるだろ?」
「え?」
驚く奏。
「四、五、六……」
華がゆっくり起き上がる。
「七……」
「八番が無いんだよ……九、十」
「なぜそれを……」
振り返る奏。
「一枚たりな~い!」
「キャ~~~~~!!!」
奏のワキをくすぐる華。
「ごめんなさ~い明日持って帰る~!!!」
「や~め~て~ああぁあぁぁぁ」
「テストには番号振ってあるんだよね」
「え……そうなの?」
テストの束で頭をポンと叩かれた。
「行ってきま~す」
「ちゃんと時間には帰るのよ~」
華がベランダから声を掛ける。
「はーい」
走る奏の背中を見守る華。
スマホを耳にあて話し始めた。
『あ、華ちゃんどうかした?』
奏がショッピングセンターに着くと、琴子ともう一人待っていた。
同じクラスの希穂ちゃんだ。
「おまたせ~」
奏が二人に声を掛ける。
「私たちも今来たとこだよ」
ショッピングセンターのフリースペースにあるテーブルで宿題をすることになった。
奏は絵を描く。
「奏ちゃん上手だねそれ何?鳥?」
希穂が奏に話しかけてきた。
「そう、そこの天井くらいの大きさでね」
「こんな翼なの」
サラサラと描く奏。
まるで見ているかのように細かい羽の動きまで描いている。
「名前なんていうの?」
「リクポフィッツ鳥だって」
「だって?」
「あ~お話に出てくるおじさんが説明してくれるの」
奏は少しヒヤリとする。
「なるほどね」
「おもしろい!」
二人の会話を見ている琴子。
「ねぇ!」
「ドーナツ食べようよ!」
二人の会話に琴子が唐突に割り込んでくる。
「ね?希穂ちゃん食べるでしょ?」
「あ、うん……」
希穂は勢いに押される。
「奏ちゃんも!」
「ダメだよ学校で禁止されてるし……」
奏は俯いて静かに返事をする。
「じゃあいいよ!希穂ちゃん行こう」
二人はフードコートにドーナツを買いに行く。
賑やかなショッピングセンターに静かな時間が流れる。
宿題を終えた二人に合わせて奏もノートをしまう。
「また見せてね」
希穂が奏に笑顔で話す。
「いいよ!」
奏が笑顔になった。
「ねぇ!プリクラ撮らない?」
琴子の提案で三人がゲームコーナーにあるプリクラに入る。
一回四百円の文字が目にとまる。
「じゃあ、奏ちゃん二百円出して」
琴子の平坦な声が飛んでくる。
「え?あ、いいよ……」
(さっき食べてないしな……)
残りを琴子と希穂が出して機械に投入する。
撮り終えて出てきたプリクラシールをハサミで切る琴子。
「はい」
奏が手渡されたのは小さい部分三枚と有料でダウンロードできるURL。
大きい方を琴子と希穂が分けた。
希穂が目を合わせてくれなくなった。
気まずい雰囲気が二人の間に流れる。
「希穂ちゃんあれ見に行こうよ!」
希穂をのぞき込んだ琴子が、その手を引いてショッピングセンターの三階へ連れて行く。
ファンシーショップには琴子たちのお気に入りのキャラクターやアイドルグッズが並んでいる。
「あ~かわいい~」
琴子がお気に入りのキャラクターを手に取って眺めている。
「いいねぇそれ」
希穂が奏に背を向ける。
奏が二人をそばで眺めている。
「ねぇこれ買って?」
琴子が希穂の前に、自分の好きなキャラクターグッズを差し出す。
「え?」
琴子の一言に希穂がためらっている。
「え?……」
奏も思わず声が出た。
「私が買ってあげる」
奏は困っている希穂を放っておけなかった。
「いいの!?」
琴子が奏に飛びついてくる。
会計を済ませると琴子が無造作に商品をポケットにしまう。
「あの、私そろそろ……帰らないと……またね!」
希穂は奏の顔を申し訳なさそうに見て、足早にその場を後にした。
「またね……」
奏が手を軽く振る。
「希穂ちゃん、また明日ね!」
琴子は嬉しそうに手を振っている。
「ねぇ、あそこのガチャガチャ見に行こうよ!」
琴子が奏の手を握る。
カプセルトイの並ぶコーナーだ。
「あ、私これ欲しかったんだよね」
琴子が財布を開いた。
「え~おかしいなぁ~足りない」
三百円のカプセルトイの前で琴子が百円を取り出す。
「奏ちゃん二百円貸してくれない?」
琴子が奏の方を向く。
「あ、でも私も大きいのしかなくて」
財布の中を見せてしまう奏。
小銭入れに五百円玉が見える。
「これ、くずしてくるから貸してね」
おもむろに奏の財布に手を伸ばし五百円を取り両替をする琴子。
奏はあまりの出来事に混乱して動けない。
「はい」
琴子が悪びれず三百円を返す。
時間になり、琴子と帰る奏。
「また明日ね!」
エレベーターの扉が閉じる。
さよならを言ったかどうかもわからない。
奏は何も言えなかった。
帰宅後、部屋にこもる奏。
「奏!」
「ちょっとおいで!」
華に呼ばれリビングに入る奏。
華の手には奏の財布が握られている。
「お金減ってるじゃない」
「ちゃんとお小遣い帳つけなさい」
奏が頷いて帳面を持ってくる。
「何買ったの?」
華が問いかける。
「プリクラして……ガチャガチャして」
「プリクラ何円?」
細かく聞く華。
「四百円で二百円出した……」
「……二人で?」
更に問いかけが続く。
「三人……」
部屋の空気が一段下がる。
「何があった?」
「ちょっとそこに座りなさい」
華が今日の出来事を全て話させた。
このことは学校にも伝わり、子供だけでショッピングセンターへ行かないこと、買い食いをしないことが改めて周知された。
先生の助けを借りて、奏は琴子と話をすることになった。
「琴子ちゃん、私は嫌だったよ……」
言葉に出来なかった思いを、足りない言葉をつなぎ合わせて、一生懸命に伝える。
琴子がうなずく。




