表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナザーワールド  作者: りんどう
一部 黄金郷の金緑石
43/113

一条の虹

いつもありがとうございます。それではごゆっくりお楽しみください。

 その真実を初めて聞かされたのは、母が亡くなって数年が経った時だった。

 最初、母が処刑された理由は、ラグナルの外務局にその存在を知られ、外交的な圧力をかけられたからだと先代オーラムに聞かされていた。

 その、見せかけの事実が。形だけの夢物語が、崩れたのだ。


「アウレリア。今日は、突然呼び出して悪かったな。どうだ、最近家に帰れてないが、ダーちゃんとは上手くやれてるか?」


 はい、勿論です。彼女は私の大事な妹ですから。

 あの時の会話は一字一句覚えている。私は、そのように返答した。

 眼の前には、長年の煙草の愛用と無理なスケジューリングが祟って、思えば病がちになっていた男の姿があった。

 先代オーラム。或いは、アウグスト=デ=サンクティス。

 エスメラルダの父。ジェムストーンマフィアの先先代ボス。

 私と母の、恩人。


「そうか。それなら安心だ。悪い、近い内に帰ろうとは思ってるんだが、何分仕事と体調がな……ゴホッゴホッ」


 彼は、咳き込みながらそう口にする。

 傍に置いてある黄土色の液体は、最近医者に勧められたという薬用酒だろうか。


「ッグ……ふぅ。さて、今日呼び出したのはな。俺の、決心がついたんだ。それに、お前は数日前に16になったろ?もう、分別のつく年齢だ」

「決心?」

「お前の、母ちゃんに関する話だよ」


 その瞬間、晴々としていた心に、微かな靄が立ち込めた。

 これまではすっきりとしていた視界が、段々とぼやけていく。

 それは、私自身までも包み込んで、輪郭に微睡を与えていた。


「なぜ、彼女は処刑されなければならなかったのか。そして、今、お前が目指しているジェムストーンマフィアの上層部が、どれだけ腐敗しているのか。それを、今日お前に教える」

「……何を仰っているのか、私にはよく分かりません」

「それでいい。それでいいんだ。ゆっくり、噛み砕くように俺の話を聞いてくれ。ただ、これだけは約束だ」


 今から話すことは、絶対に誰にも教えちゃダメだ。

 もし漏れた場合、お前の命も危険に晒されかねない。

 そうして、深すぎるくらいに釘を刺されながら、私は処刑の裏側を知った。

 スピネルとダイヤモンドの暗躍。

 廃坑を利用して利益を貪っていること。

 2人のバックにはラグナル王国の外務局がついており、下手な手出しはラグナルの外交的圧力の端緒になりかねないということ。

 母は、私を守る為に命を捧げたということ。

 無論、先代オーラムは、そのように恩着せがましい言い方などしなかった。

 だが、母の人となりを誰よりも理解していた私は、すぐに勘づいた。

 母はきっと、私の存在をひた隠しにし、怪しまれない為に進んで名乗り出たのだろうと。


「……どうして、今、私にそのことを」


 何分も、何十分も、何時間もかけて感情を飲み込んで。

 やっとの思いで捻り出した言葉は、そんな陳腐なものだった。

 そんなこと、最初の最初に言っていたじゃないか。

 彼の決心がついたから。そして、私の年齢が大人と言えるまでに達したから。

 笑えてくる。

 先代オーラム程、場数を踏んだ人間でさえ、数年かけなければ真実を口にするまでに至らないというのに。

 たった十数年そこら生きただけの私に、何ができる?

 ……。

 あぁ、そうだ。仮に私が、「何ができる」と単に途方に暮れるだけの人間なら、世界は平和だった。

 私はその時、誰よりも思考がクリアだった。


「そう。それなら……」


 彼の部屋を出て、自分の家に……まぁそれは彼の家でもあるのだが、取り敢えずオーラム邸に戻る道程で、私はふと思いついた。


「私が、彼らに罰を与えれば良いんですね」


 飛ぶ鳥に手を出せないというのならば、私は使い捨ての弾丸になろう。

 泳ぐ魚が捕まらないというのであれば、私は沈むだけの大網になろう。

 走る馬を追いかけるというのであれば、私は知能のない猟犬になろう。

 ただ、それだけだ。

 私が炎を燃やす薪となれば、この都市はきっと焦土と化す。

 誰かが、それを収集しなければならないだろう。


「……」


 しかしきっと。

 今のように毒の染み込んだ土壌をそのままにするよりも。

 燃え滓に満ちた荒野から、瑞々しく美しい植物が再び萌芽するのを待つ方が、ずっと良い。

 私はその日から、スピネルとダイヤモンドのお気に入りとなるべく、あらゆるごますりと接待を進んで担当するようになった。

 幸か不幸か、体面が非常に良く、ある程度有能な政治家として好まれていた彼らに取り入るのは容易ではなかった。

 ただ、少なくとも私に勝るおもねりの才能を持つ人間は、この都市に居なかったらしい。


「ゴホッ、ゴホッ。アウレリア。今日は……突然呼び出して、悪かったな」


 そして、再び数年が経ち。

 アタシは、同様に彼に。先代オーラムに呼び出された。

 ただ、この時は前と違って、同日、アタシも彼に用事があった。

 アタシの右ポケットには、ある試験管と錠剤が入っている。


「何の風の吹き回しっすか?明日は、久しぶりにダーちゃんと会うんすよね?なのにそんな、まだ机に向かって……」

「フッ。まぁ、お前も最近は会えてないんだろ?話を聞く限り、馬車馬のように働いてるみたいだしな」

「……そうっすね。悪いとは思ってるっす」


 これは、本心だった。


「それは……俺も同じ思いだ」


 そう言うと、彼は椅子から立ち上がり、後ろを振り向いて大窓から外を眺めた。

 モンテドーロの夜景。

 灯りはそこまで多くないが、少し前に導入された世界連合製の街灯が優美に広大な都市全体の輪郭を描き出している。


「俺はきっと、明日娘に会えない。ダーちゃんと最後に交わした会話は何だったか……そうだ、確か、お前に関することだったはずだ」

「……」

「最近、顔が見れなくて寂しいってさ。ハッ、父と最後に交わす会話がそれかよ?ま、子供にとって親ってのは当たり前に居る存在で、元気な内はどれだけぞんざいに扱っても気にならないんだろうな。何分、俺もそうだった。血は争えないもんだ」


 そう言うと、男は振り返った。

 その表情は、多分出会って初めて見る……それくらい、複雑だ。

 悲哀と、希望を胸に抱えている。


「お前、俺を殺しに来たんだろ?きっと……薬か何かで」

「何を言ってるんすか?」


 いつも。いつも、そうだ。

 彼は、アタシの予想を越えていく。


「アタシは、父上に呼ばれてここまで来たんすよ?」

「敢えて呼んだんだよ。俺は褒められた人生なんて送ってこなかった。きっと、死後は幸せになれないだろう。だから、幸せな現世を去る時間と場所くらい、選びたいのさ」


 どこまで本気で、どこまで冗談なのか、アタシには分からない。


「そうだな。誰にお願いされたかまで当ててやろうか?ダイヤモンドは……いや、違うな。アイツは慎重派で、何かと腰が重い。少なくとも、お前のようなど素人に暗殺なんてさせないはずだ。やるとすれば、感情的になり易いスピネルの方だ」

「……」

「どうだ?俺の推察力も、笑えたもんじゃないだろう?」

「……ハハッ」


 アタシは、何故そこで笑ったのだろうか。

 それは、自然と漏れ出た諦め……いや、降参の笑みだった。


「負け、負けっす。これが証拠っすよ」

「ほらな?やっぱり毒薬だ。願わくば、苦しまないようなものが良いんだが……ま、望みすぎか」


 そう言いながら、彼は薬の入った試験管を引き寄せる。

 そして、徐に蓋を開けると、薬剤をコーヒーの中に流し込んだ。

 湯気は立っておらず、冷め切った黒々とした液体に僅かばかりの濁りが生まれる。


「な、何を……!?」

「おい、どうしてお前がびっくりしてるんだよ。俺を殺すんだろ?」

「……」

「まぁ、ただそれで終わるようなタマじゃないよな。そっから先は、スピネルもダイヤモンドも知らねぇオリジナルチャートってわけだ」


 先代オーラムは、コーヒーカップを揺らしながら続けた。


「アーちゃんは、スピネルとダイヤモンドを巻き込んで自爆するつもりなんだろ?そうすれば、浄化された組織を愛する妹に引き渡せるし、お前は復讐を完遂できる。ラグナル王国の侵犯も咎められて、一石二鳥どころか三鳥だ」

「……そこまで、お見通しっすか」

「その反応じゃ、当たりか。じゃあ、俺は今、お前の考え全てを見透かしてるよ。その上で、提案がある」


 腰を下ろし、彼はペンを持つ。


「俺に、遺書を書く時間をくれ。そうでないと、お前の望む秩序は訪れないからだ」

「……対価は」

「素直に、自ら薬を飲もう。それに、お前を次代のオーラムに指名してやる」

「えっ……は!?」


 この男は、正気なのか?

 アタシは、久しぶりに眼を見開いて驚愕した。

 今まさに、自分を殺そうとした危険因子を、次代に任命だと?


「安心しろ、ダーちゃんの席も既に確保済みだ。少し前、アレキサンドライトが天寿を全うしたろ?娘はそこに据える。それに、実はその方がお前にとって都合がいいはずだ」

「……」

「オーラムなら、何にも縛られずに不正を働ける。勿論、奴らを巻き込んで、だ。アレキサンドライトは、マフィアの財政担当でもあるし……後は、分かるな?」


 アタシは、言葉もなかった。

 心の底から、末恐ろしい男だと思った。

 ただ、疑念は絶えない。


「俺はお前の意見に賛成している。きっと、誰かが命を賭さなければ、この都市の腐敗は除去できない。できることなら俺が代わってやりたいが……奴らの信用を勝ち取るには、これまでにちと反目し過ぎた。それに、お前の復讐心は満たしてやれない」

「……義娘に託すには、あまりにも残酷なお願いっすよ」

「分かってる。俺も、こんなもの託すつもりなんてなかった。だが、お前は本気なんだろ?ここにある毒薬がそれを証明してる」


 彼は、試験管を片手に、灯りへかざした。


「お前が策を練って、誰にもバレないような計画を立てれば、俺の暗殺なんて簡単だろう。俺だって、防ぎようがない。だから、こうして呼び立ててお前の賛同者になってやろうって算段なわけだ」

「あなたは……政治家として生き、政治家として死ぬんすね」

「んあ?政治家として?」


 くしゃりと皺を寄せて、男は笑う。


「ま、そうかもな。俺は、人間失格さ。友を置き去り、娘を手放し、義娘に重責を押し付けて楽になるんだからな。ただ……もし良ければ、俺の意思を継いで、彼女を、娘を支えてやってくれ。それが、遺書には書けない、俺の本当の遺言さ」


 それ以後、彼が長々と語ることはなかった。

 手際よく遺書をしたため、判を捺し、アタシが怪しまれないよう守衛の巡回を調整した旨を伝えてから。

 アタシの眼の前で、コーヒーを飲み干したのだ。



 彼女の物語は端的だった。

 エスメラルダはその間、眼を閉じて語りに耳を傾けている。

 仮にアウレリアが刀を握って斬りかかろうと、避けようとしなかっただろう。


「……久々に、長々と喋り過ぎましたね」

「そうかな?私にとっては一瞬だったよ」

「驚いている、わけではないみたいですね。予想通りだったのですか?」

「まさか!こんなの予想できるわけないでしょ。でもね……」


 内容は確かに衝撃的なものだった。

 父と義姉の共謀、暗殺の真相、横領事件の目的。

 エスメラルダにとって、それらは彼女の知る世界を大きく変容させるに足るものばかりだ。

 しかし、不思議とそれらの言葉は、彼女の心にすんなりと染み渡っていく。

 そんな自分の姿は、意外でもなかった。


「そうやって教えてくれたのが、何よりも嬉しいから」


 何年、待ち望んだか。何年、探し求めたか。

 他でもない、アウレリアの口からその言葉が聞きたいと、願い続けた。

 それが叶っただけで、彼女にとってその一時は至福のひと言でしかなかった。


「……そうですか。ダーちゃん。あなたの欲しいものは得られたんですね」

「うん。でも、1つだけ大事なことを忘れてるよ」


 彼女は再び、岩の中から煌めく剣を抜き出した。


「どうして、あなたは“紅き血潮の天輪アクワルタ・クワルナフ”を簒奪したの?今もこうして戴冠を終える時を待ち望んでいるのはなぜ?復讐は既に終わったはずだよね」

「それは……」


 言葉は、続くかと思われた。

 しかし、再びその手には真紅の長刀が握られている。

 刀を持つ者と、剣を持つ者が向かい合っている。

 ただ、その事実だけが連なってそこに現れていた。


「自力で私から聞き出してみなさい」


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 脊髄を揺らす緊張感が両者を襲う。

 エスメラルダは分かっていた。

 きっと、これ以上は教えてもらえないだろうと。

 充分だった。

 彼女の怒りと悩みは最早、歩みを止めぬ為の燃料と化している。

 なれば、アウレリアが同様に自らを薪と化したように、自らもまたモンテドーロの礎として炎の守人となろう。

 そして、その為には。


「分かった。それなら、もう一回痛い目にあってもらうよ?」


 この、灰から生まれた亡霊を打ち倒さなくてはならない。

 瞬間、両者の影が消え、床には僅かな亀裂だけが残った。

 2つの三日月が、競り上がるように残影を残す。

 そして、舞い上がる砂埃と共に、閃きが無数の血管糸を引き裂いた。。


「私の仕掛けに対して真っ向から力勝負だなんて……」


 エスメラルダの膂力を利用して、アウレリアは刃を滑らせる。


「結果は変わりませんよ?」


 鋒が鼻を掠め、血の華を散らした。

 浮遊する光弾が、紅色の怒りを纏っている。


「それはどうか……な!!!」


 しかし、震えの大きさはずっと、エスメラルダのものの方が上だ。

 瞬間、床が波打つ。

 うねるように持ち上がった巌は、無数の柱を立ち上げた。


「足場の悪い中で打ち合えば、私に勝てるということですか?」


 柱から柱へと飛び移りながら、剣と刀が衝突する。


「浅い考えですよ!」


 一撃、手の甲が裂け。

 二撃、爪が割れ。

 三撃、髪に火花が纏わりつく。

 何度、筋肉が悲鳴を上げようと、思考を切らしてはならない。

 

「ぐッ……」


 エスメラルダの視界を、額から飛び散った血が塞いだ。

 しかし、不思議と眼が潰れたようには思えなかった。

 輝きは、依然として七色の感情を炸裂させ、沸き立つ神経の歌だけが彼女らの戦いに賛美を送っている。

 情動が竜巻のように荒ぶる中、一体何が見えないというのだろうか?


「はぁッ!」

「……」


 刃が初めて、アウレリアの頬を捉えた。

 紅色の天輪と流体化した黄金が棘となって降り注ぐ。

 彼女の皮膚を、無数の刃が切り裂いた。

 今日、綺麗だったはずのこの身体に、どれだけの数の傷がついたのだろう。

 柄にもなく、剣を握って。

 思いを曝け出しながら、かつての想い人と矛を交えている。


「……アウレリアさん」


 その呟きに、彼女は返事を必要としていなかった。


「私は、本当に不安だったんです」

「……どうしてですか?」


 だが、反応せざるを得ない。

 なぜなら、アウレリアにとってエスメラルダとは妹だから。

 それも、この世で一人しかいない。

 血の繋がっていないだけの、かけがえのない家族なのだ。

 殺し合っている。

 もし、彼女が動きを止めれば、アウレリアの刀は即座にエスメラルダの首を刎ねるだろう。

 ただ、それとこれとは別の話だった。


「もし、あなたが本当に私利私欲の為に罪を犯していたら。もし、あなたが本当にこの都市のことをなんとも思っていなかったとしたら」

「……」

「私がこれまで原動力としていた……いつか、あなたが帰ってきても幸せで居られるような場所を作りたいという願いが、無為に帰してしまう」


 マーブル模様の閃光が両者の肌を焼く。


「でも、そうではなかった。少なくとも、それだけじゃなかった。私がかつて憧れたあなたの姿が、そこにあったんです」


 柱の上で、2人は踊る。

 アウレリアの刀を握る指に力が籠もった。


「本当ですか?」

「……」


 黄金の瞳の奥に、赤の影。

 美しい。本当に、心の底から美しい。


「私は、復讐の為に公的地位を利用したんですよ?そして、今もこうして上位者の力を利用して……」

「うん、分かってる」


 分かってる?

 いや、あなたは何も分かってない。

 私の罪の重大さを、恐ろしさを。

 多くの人を巻き込んで、利用した事実の重さを。


「ダーちゃん」


 ふと、刀に亀裂が入り、破片が飛び散った。

 無数の衝突の果て、亀裂は広がっていく。

 私の穢れを、あなたに背負わせるわけにはいかないから。


「私は、この都市を愛してなんかいません」

「うん」

「私は、この都市なんか……黄金郷として持て囃されるこの都市なんて……」


 急激に沸騰する感情に呼応して、半分に割れた外角が胎動を始める。

 マグマが揺れ、砂塵が降り注いだ。


「愛せるわけないんですよ!!!」


 一際重い一撃。

 エスメラルダの剣が弾き飛ばされ、虚空に消える。

 しかし、瞬きした次の瞬間、彼女の手には新たな剣が握られていた。

 そうだ。


「いいえ、あなたは」


 彼女は、この場に全てを賭して立っている。

 天輪を手にして行く末を見守る気でいたアタシとは、何もかもが違うのだ。


「モンテドーロを、愛していますよ」

「ッ……!」

「もし、この都市を憎んでいるのなら、もっと他に方法があるはずです。きっと、私が思いつかないような方法を、あなたなら思いつける。そうでしょう?今も、脳裏に浮かんでいるはずです」


 スピネルとダイヤモンドを利用して、腐敗を助長させた挙句無惨に使い捨てる。

 ラグナルの侵犯を拡大させる。

 後継者となる人間を全員殺す。

 例えば、私とか。


「もし、そうでないとしても」


 彼女の足元から、ふと虹色の光が滲み出した。


「私の元に帰ってきて欲しいな、アウレリアちゃん」


 何が起きている?

 ここに来て初めて、アウレリアはこめかみを流れ下る汗を認識した。

 天秤は、常に彼女の方へと傾いているはずだ。

 しかしこれは。

 まるで、“紅き血潮の天輪アクワルタ・クワルナフ”が恐怖に震えているかのよう。

 胎盤を通じて、彼女にまで一種の恐れが伝わってきていた。

 エスメラルダは……ダーちゃんは、何をしようとしているのだろうか?


「あなたのお陰で、私はまた一段と前へと進むことができた」


 気がつけば、隆起し続けていた柱の雨は止み。

 ただ、アウレリアの元へと、ゆっくり少女が歩み寄っている。

 斬りかかろうか?

 今、彼女は手に何も持っていない。

 ……いや。


「確かに、アーちゃんは沢山罪を犯したよ。きっと、これから死ぬまで清算し続けなくちゃいけない。でも、怖がることはないよ」


 最早、何もかも遅いのか。

 ふと、亀裂の入った刀を片手に、アウレリアは天輪を見上げた。

 そうか。これが、彼女の父が私と彼女に全てを託して行った理由。

 彼もまたオルガンの1人だったが故に、その可能性と未来を予測できていたのだ。


「私が——」


 2人の眼が合う。

 その間には、神々しい世界樹の視線が介在していた。

 怒りと、悲しみと、落胆の先に、星たる人の可能性が見える。

 全ての男女は星である。

 故に、あらゆる人々は思うがままに行動し、自らが全てを超越した自らにとっての神であることを自覚する。

 この瞬間、エスメラルダにとって、エスメラルダとは。


「あなたを支え続けるから」


 あらゆる願いを叶える万能の神でしかない。

 彼女は、弓をつがえるように腕を構えた。

 アウレリアは、最早その視線から逃れようとはしなかった。

 エスメラルダの放つ言葉が全て、増幅された重力のように両肩へのしかかる。

 

「まさか、あなたは……」

「トランプス、『錬成』!」


 そうか。

 彼女はアウレリアよりも先に乗り越えたのだ。

 圧迫感を伴って矢が番えられた。

 黄金を鍛えて火打ち金を作るのだ。

 さすれば。


「《技》とは、あらゆる真偽と正負を調整し、万物流転の物語を見守る者。大地の内部にて、我が大いなる技を見よ!!!」


 あらゆる希望は、その力によって叶えられるだろう。


「『大地より導かれし(レクティフィカンド・)一条の虹(ディアーナ)』!!!」


 彼女の胸元に収束した限りなく圧縮された万物の姿が、虹の姿を伴って矢を造る。

 そして、岩壁を抉るような衝撃波と共に、色彩は優美の中で炸裂した。

お疲れ様でした。

まず、大事なお知らせをば。

『アナザーワールド』のモンテドーロ編はあと2話で完結します!そこで、残り2日連続で更新と申し上げたいところなのですが……。

明日、概ねの物語に区切りがつく1話を更新し、それから4日後の来週の月曜日に後日談に当たる2話目を更新しようと考えています。

スケジュール的な問題がありまして……大変申し訳ないです。

どうかご理解いただければ幸いです。


さて、それでは内容について。

冒頭で明かされたのは先代オーラムとアウレリアさんの間に交わされた秘密の契約、暗殺事件と横領事件の真相。いかがでしたでしょうか。

まずもって言えることは、いかに彼が末恐ろしく、化け物じみた人間だったか、ということですね。

先代オーラムの中でも、現状をどうにか打破しなくてはならないという焦燥感があったのでしょうが、それにしても自らの命と義娘の人生を捧げて娘に未来を託すという決断ができてしまうのは異常でしかありません。

アウレリアさんも、これには困惑するしかありませんでした。

ただ、進んでこれに乗ってしまう彼女も彼女で、中々な大人物です……。

また、クライマックスを飾ったのはアレキサンドライトことエスメラルダさんのトランプス、『大地より導かれし(レクティフィカンド・)一条の虹(ディアーナ)』。ついにお披露目です。

彼女の強い意志、そして衝撃的な真実を前にしてなお毅然とした様子に、彼女のアテュが応えたのでしょう。

星たる男女が、人間たる哲学を抱えて前へと進む為に与えられた限りなき力。

クロウリーに言わせれば、トランプスとはそのようなもの。

まさに、彼女の内包する宇宙が、星としてのエスメラルダさんに呼応したわけですね。


最後になりますが、感想やレビューなどいただけると本当に嬉しいです。

執筆の励みになりますし、1つ1つじっくりと読まさせていただきます。

それでは、りんどうでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ