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わたしの方が好きでした  作者: 帆々
ブーケ

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 その知らせは目に飛び込んできた。


 いつもの乗合馬車。誰かが広げた新聞の社交欄にそれはあった。


『テリア・ゼニファー男爵とカレン・ジャレッド嬢ご婚約を発表。婚礼は両家の縁のある……』


 驚きに目を瞬き他人の新聞に見入った。見間違えではない。


(テリアとカレンが……)


 馬車を降り、工房への道を歩きながらも新聞の記事が頭の中でくるくると回っていた。カレンと会ったのは三度。最初はテリアとの夜会で。次はホテルでの朗読会だった。彼は彼女を幼なじみで縁の切れない「頑固な」女性だと言っていた。


 最後のテリアの実家でのガーデン・パーティーでは出くわした彼女をテリアが送って行き、リゼは長く放って置かれた。結局、終いまで彼が側に戻ってくることはなかった。


 テリアの興味は自分にはない。とそこで気づくことができた。恋をしている、しかけている女性を放って頑固な幼なじみを優先する男性はいないだろう。その後のフォローは弟に任せっきりで、本人が詫びを入れに現れたのは随分と時間の経った後だった。


 リゼではなく、彼が優先したのはカレンだ。


 その彼女がありながら、なぜ思わせぶりな態度をリゼに取り続けていたのか。


(二人の間で迷っていた?)


 それがリゼに思いつく答えだった。振り子のように揺れたテリアの心は結局カレンに行きつき、記事が知らせるような顛末になった……。


 エルが言った「信用にならない」は言い過ぎとして、


(紳士的な振る舞いではない)


 とは思う。しかし、男性だって結婚を間違えたくはない。試すだけ試したい気持ちもわからなくはないかも……。ふと、テリアの思いを忖度していた。


 驚きは驚きだったが、自分でも意外なことに心が傷ついていない。それは彼に恋をしていないということだ。一時はときめいた。華やいだ気持ちにもなった。それらには離婚後の傷を癒す作用も確かにあった。


(でもそれだけ)


 浮ついただけの感情はいつの間にか心から消えてしまう。テリアもきっとそうではないか。


(お互い様ね)


 工房の扉を開けた時には、リゼの気持ちはすっかり切り替わっていた。




 リゼが帰宅して間もなくメイドが来客を告げた。名を聞くと、


「ゼニファー様でございます」


 と返る。ちょっと笑みが浮かんだ。今朝の新聞報道についての弁解に違いない。リゼは頷いて居間に通してほしいと頼んだ。


 現れたテリアは彼女に挨拶すると、ぎごちなさそうに微笑んだ。リゼもつられて微笑み、


「もっと笑顔になるといいのに。お幸せなのでしょう?」


 と返した。テリアは横を向いて笑った。リゼに向けた頬に照れた様子がある。


「あなたは言葉と行動が伴わない僕を軽蔑しているでしょうね。紳士らしくなく、申し開きもできない」


「一番ではない人にはそれが自然ではないかしら」


「……リゼ、あなたにはすっかり見通されてしまっているようだ」


「さあ、どうかしら」


 リゼは彼に椅子を勧めた。そこで改めて婚約を祝う言葉を贈る。テリアはそれを受け幸福そうな表情を見せた。心が満ちているのがわかる自信ののぞく明るい笑顔だった。リゼかカレンか。二択の僅差に迷ったとはとても思えない。圧倒的な差をつけての決断だったのは明らかだ。


「僕とカレンは二人きりで婚約していました。二年前のことです。この秘密のせいでずっと苦しんだ。もう隠し立てすることもない。気持ちが軽くなりました」


 テリアの言葉は目の前で手を打たれたような驚きだった。思いがけないところから失くしたものが現れたような。つながりようのないものが見事に組み合わさったような……。


 しかし、その前提があればカレンの態度も納得がいくものに見えてくる。夜会でリゼとテリアに向けた強い視線も、朗読会のリゼへのすげない振る舞いも。ガーデン・パーティーでの取り乱し方など、今ではなぜ気づかなかったと思うほどだ。


(わたしへの嫉妬)


 しかし、なぜテリアは婚約者に他の女性を同伴する姿を見せたのか。わざとリゼと親しげにして見せ、カレンの嫉妬を煽っていたかのようだ。


「どうして彼女の前でわたしと一緒の姿を見せたの?」


「カレンを追い詰めたかった。それだけです。あなたを利用した形になったのは、お詫びのしようもありません。ですが、誰でも良かったわけでは決してない。あなたを魅力的に思ったのは事実です。美しいご婦人でないと彼女も妬いてくれない」


 こうもきっぱりと告げられると毒気を抜かれてしまう。当て馬にされていた不快さよりも彼の行動の理由に興味が湧く。


「カレンがお気の毒ではない? なぜ?」


「彼女が僕との婚約にためらいを見せ始めたから……」


 テリアは婚約を秘密にした理由から説明した。カレンの家も彼と同じく領主の家柄で領地とその身分への意識が強い。令嬢を嫁がせるのは領主か次期領主以外は許されない。しかし、テリアは領主の実家を出て男爵家を継ぐことが定められていた。


「カレンの家は僕を彼女の夫に相応しいと見てくれなかった。領地と領民と領主館がそろわない僕は不適格だった。彼女を妻とするには秘密でないといけない。そして、彼女に家を捨ててもらわないと……」


 思いを確かめ合い婚約をしたが、カレンにも怯えが兆し始めた。それに気づいた彼は彼女の心を揺さぶる行動をとり始めた。それがリゼを伴い、これみよがしにその姿を見せつけることだったという。


 リゼはため息をついた。


「わたし、カレンにきつくにらまれたわ。あなたを誘惑する嫌な女に見えたのでしょうね」


「申し訳ない。でもそのおかげでやっと彼女は決心してくれた。その父親の説得は骨が折れたが、価値はあった」


「彼女にちゃんと説明なさった? 誤解させたままではお気の毒よ」


「もちろん経緯を彼女には説明して理解してもらっている。自分にもあなたにもひどいやり口だと叱られた。他にやりようを思いつかなかったが、今となっては反省している」


「カレンを追い詰めるため」とテリアは言ったが、彼女を失いかけた彼だって追い詰められていたはず。そのぎりぎりの中、彼は彼女の心を取り戻すためにあがいた。誰かを傷つけかねない行為でも、それほどの思いを捧げられるカレンを女として羨ましく思った。


 辞去を告げたテリアを送りに居間を出た。廊下を玄関に進んだところでドアが叩かれる音がした。メイドが奥から顔を出したが、リゼはそれを断った。


「わたしが出るから大丈夫よ」


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