表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしの方が好きでした  作者: 帆々
ブーケ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/47

45

 

 帰りの馬車の中でショパン婦人はアグネスとの話し合いについて教えてくれた。


「よほどわたしに会うのがばつが悪かったようね。貝みたいに口を閉ざして固まっていたわ。なぜ嘘をついたのかを聞くと、そんなつもりではなかっただの、よく覚えていないだの、弁解を始めたのよ。挙句に、エルと二人で話をさせて欲しいと言い出すから呆れてしまって。男性相手なら悲劇の作り話と涙で切り抜けられると考えたのでしょうね」


 婦人は閉じた扇子で手のひらを打った。


「それで、兄から届いた手紙をエルに読ませたの。手紙には金銭の授受の際にアグネスと兄側で交わした誓約書も手元にあると書かれていたわ」


「誓約書?」


「これはわたしも初耳なの。アグネスが家を出たのは恋人のためだそうよ。兄の屋敷にはフィルの友人もあの子を偲んでちらほら訪れていたの。その中の一人とアグネスは深い仲にあったというわ。二人が玉突き部屋で密会していたのを義姉が見ているのよ」


「でも、彼女が大金を要求したというのは?」


 実家に戻るのでもなく再婚のために家を出るのであれば、エルの両親が要求をのんでやる義理はないはずだ。そこが合点がいかない。


「恋人の方が知恵をつけたようね。二人の交際はフィルの死後だけれど、その以前からだと世間に噂されれば、ブーケの出自に大きな傷がつく。父親がいずれかわからないだなんてとんでもない醜聞になるわ。それを他言されたくないのなら、というのがアグネス側の要求だったの」


「そんな……、それならアグネスの名誉も汚されるわ」


「卑怯な方便だけれども、兄たちは醜聞を恐れて要求をのむのだし、アグネスの名誉も守られたわけね。男がひどいけれども、断ち切れなかったアグネスも駄目ね。……その誓約の話をすると泣き出したわ。エルは紳士だけれど、手紙を読んだ後ではさすがにハンカチも出さなかった。「お引き取り願いたい」と告げて使用人に表に送らせたわ」


「エルもさぞ不快だったでしょうね。お兄様思いの方だもの」


「それでも知るべきだったわ。そうでないとブーケも家も守れない」


「アグネスが現れた目的は、本当のところ何だったのかしら?」


「誓約書には今後一切ビングリー家に接触しない、という約定もあるの。当時の恋人と今も上手くやっているのなら、母親を名乗り出ることもなかったでしょうね。わたし、アグネスの目的はエルだったと思うのよ」


「え」


「エルはフィルの事業を引き継いでいるわ。王都のビングリーの家にブーケと住んでいる。兄か弟かの違いだけで、かつてアグネスが持っていた全てがあるの。時を経て今、取り戻したくなってもおかしくないわ」


 婦人の言葉にリゼは息をのんだ。


(時を経て今)


 ずっと不可思議だったアグネスについての謎がするりと解けた気がした。彼女が今エルの妻の座を求めているのなら、今ブーケに母親と名乗り出るのは自然なことだ。全てが彼女の今の欲望が起点だった……。


「ブーケに取り入ることができたら、エルも容易いと踏んだのではないかしら。そそのかして結婚さえしてしまえば、兄たちがどう文句をつけようと、彼女はビングリーの女主人の座に舞い戻れるのよ。もう一度別れない限りね」


 婦人の話は納得のいく想像だった。


(自分で捨てておいて)


 リゼの胸の奥が怒りが燃えるのがわかる。エルへの後ろめたさは残るが、婦人に打ち明けたことに後悔はなかった。他家の問題と遠慮して逡巡していたら、今夜の晩餐では親密さを増したエルとアグネスの姿をミス・クローバーの隣で眺めていたかもしれないのだから。


 この晩餐から数日経って、リゼは再びブーケの元を訪れた。少女の内心は知れないが、いたって平静な様子だ。


「ミス・ゼノンの話題はこの家では禁忌になったの。お父様がびっくりするほど不機嫌になるのだもの。リゼも気をつけて」


 もちろんブーケにはアグネスの過去は知らされていない。ビングリー家を出る際の事情を偽ったことが彼の心証を甚だ害したと信じている。


 晩餐に急な帰宅をして以降、アグネスは連絡を絶ったままだという。そのことにも恬淡として見えた。知らなかった母とは親しくなる以前で、そのまま消息が途絶えてしまえば、存在すら儚くなるのかもしれない。


 リゼにブーケの心を詮索するつもりもなかった。元気であればそれでいい。エルとの父娘関係もきれいに元通りとはいかないだろうが、二人が積み重ねた日々は嘘をつかない。そこにリゼは信頼を置いていた。


 アグネスの一件以来、ミス・クローバーは努めて身を律しているようだ。旧友の話にほだされたことで得難い職場を失いかけている。


「旦那様からアグネスの件でお叱りがありました。今後、ブーケに人を紹介する際は必ず許可を得てほしい、と。もちろん、絶対にそういたしますとも。……こうおっしゃるということは、わたしの次の家庭教師をお考えではないということ……、ですわよね?」


 と、リゼからもエルの考えを探ろうとする。彼女にとっては一大事ではあるが、浅はかな行為だったために同情もできない。


「今回のことで、エルが信用を裏切られたとお考えになっても仕方がないわ。あなたの態度からお決めになるのではないかしら」


「それはそうですわよね。わかりますわ、もちろん深く反省しております。今更言うのも何ですが……、わたしも彼女には裏切られた感じもありますの。最初こそはひどく遠慮がちな素振りでしたのに、ブーケと引き合わせてからは態度が横柄になって驚きました。旦那様と二人でお話しした後ではまるで奥方気取りで呆れました。「あなたと違ってわたしはビングリーの家族だから」と……」


 ミス・クローバーは悔しそうにぼやく。アグネスを知るショパン婦人の読みは、いい線をついていたようだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ