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わたしの方が好きでした  作者: 帆々
相違

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 ブーケの通う『クーパー・スクール』の慈善劇が行われる。毎年某子爵邸で行われる大掛かりなもので、リゼも卒業生として寄付を欠かさない。今年からはブーケも端役ながら参加するので楽しみにしていた。


 劇の衣装は生徒が簡素なものを手作りする決まりだが、大抵は親が手を出して見栄えのするものになる。ブーケの場合もリゼもミス・クローバーも手伝いいい仕上がりになった。


 ブーケは背中に羽のついた妖精役の一人だ。非常に愛らしい姿で周囲の大人は褒めそやした。おませな彼女も鏡を前に満更ではないようで、ポーズをつけたりと嬉しげだ。


「すごくお稽古したの。子供っぽい退屈な劇だけれど、その分を加味して観て。満足してもらえると思うわ」


 父親のエルはミス・クローバを伴い観覧予定だ。もちろんリゼもショパン婦人と共に駆けつけるつもりでいる。


 当日は朝から雨が降ったが、子爵邸に着く頃には空は晴れ間が広がっていた。校長のミセス・クーパーによる挨拶の後に劇が始まった。会場の大広間は保護者を始め多くの来客が舞台を見守っている。


「エルはまだかしら? 劇を見逃すとブーケががっかりするのに」


 ショパン婦人が周囲を見回した。何度かそうやっていて、ようやく後ろの席に目当ての姿を見つけたようで、リゼに囁いた。


「あの子今着いたみたいよ。だいぶん後ろの席。ミス・クローバーも一緒よ」


 それにリゼも振り返った。人々の向こうに彼の姿がある。目が合い彼女は軽く手で合図をした。


 劇は歌もあり見せ場も多く楽しいものだった。妖精役のブーケたちは序盤から登場し、リゼもショパン婦人と密かに微笑み合った。「すごくお稽古した」との言葉通り、小さな失敗はあるものの上出来と言っていい舞台になった。


 全員が舞台上でお辞儀をする終幕には観客たちからの拍手で会場が沸いた。


「良かったわ。皆よかったけれど、ブーケが立派に務めていて目を引いたわ」


 贔屓目たっぷりの言葉だがリゼも同意だ。さぞエルは娘に大甘にご褒美にドレスを新調してやることだろうとも思う。


 劇の後は子供たちが配役の姿のまま観客を周り、寄付を募って歩く。人々は袋を差し出されるたびにコインを中に落としてやっている。


 エルたちと合流したところに、ブーケが袋を持ってやって来た。劇の興奮が残る表情だ。


「袖から見ていたの。大叔母様とリゼは見えたのに、お父様たちがいないのだもの、来ないのかと思った。間に合って良かった。見逃すときっと後悔するもの」


「道が混んで遅れたんだ。全部観られた。上手くやっていたじゃないか。目立っていたよ」


 隣のミス・クローバーもしきりに頷く。エルは胸から小切手を取り出しブーケの袋に落とし入れた。


「寄付は嬉しいけれど、個人的に満たされないわ。疲れが取れるような美味しいパイが食べたいわ」


「うちのレストランにリゼの工房のパイがある。それはどうだ?」


 ブーケは二つ返事で頷いた。エルの『オレアンダー・ホテル』のレストランに工房のパイを納めるのは今月の頭からだった。既に好評で品切れの日も多いと聞く。


 劇が終わると子供たちは着替えを済ませ帰宅する。ブーケは教師の合図に急いで控えの間にへ戻って行った。ショパン婦人もこの後エルたちと同行するようだ。


「あなたもどう?」


 エルの誘いにリゼは心引かれたが首を振った。仕事がある。工房が好調で人員を増やしたところだ。その件で秘書と話すことがあった。


「そう、しょうがない。では次の機会に……」


 大広間には子供たちを待つ保護者が多く残り、それぞれ歓談している。その間を校長が礼に回っていた。リゼたちが校長の挨拶を受けた後だ。流した視線の先に意外な人物を見つけた。


(テリア……)


 彼は先にリゼを見つけていて、目が合うと手を挙げて応じた。存在に驚いたが、先日彼とは街角で再会済みだった。その短い際に、深刻な話をしたくなくてこの劇の話題を出したのを思い出す。


「あら、テリアだわ。こんな場所に何の用かしら」


 ショパン婦人もその姿に気づいた。


 彼は一人で離れた場所からリゼを見つめている。彼女を待っているようだ。


「わたし、ここで失礼するわ」


 リゼはショパン婦人とエル。ミス・クローバーに辞儀をして離れた。自分を待つテリアの元へ急いだ。


 向き合うとテリアは彼女へ笑顔を向ける。以前より髪が短くなりすっきりとした印象だ。


「ここでお会いできると思った。僕の先代がこの劇の支援者だったそうです。その縁で今も案内状が届いていたのを思い出して」


 リゼは頷いた。王都には人があふれているが、思いがけず世間は狭い。彼女自身、ショパン婦人の甥の……、そんな関係を通してこの場にいる。


「先日はお詫びも弁明もできなかったから、どうしても話しておきたかった」


 数日前、帰宅途中に彼と街角で偶然に鉢合わせした。ご近所だから会う確率は高いのにリゼは驚いてひどく動揺した。彼はもっと長く実家に滞在すると考えていたから。挨拶とごく軽い雑談を交わしてすぐに別れた。


 彼を前にすると、トネリコでのガーデンパーティーの惨めさが込み上げた。彼はリゼを置いて幼なじみの女性を追って消えた。彼女は知り合いのいない彼の実家で長く放置された。その後も折り悪く大雨で、散々な思いで帰宅したものだ。


 彼への怒りはないが、何を弁明するのかという興味はあった。


「……あなたが追って行かれた女性、前にもお会いしたわ。夜会とその後、朗読会でも一度。弟さんが幼なじみだと教えて下さった」


「そうです。昔は仲が良かったが成長すると距離ができた。カレンは頑固な人だし。あの前に帰った時に喧嘩になってしまって……。あの界隈は互いに親戚みたいなもので、いつまでもこじれたままだと周囲もうるさいのです。とにかく僕が折れて謝ってきました」


 戻ってきたテリアはずぶぬれで余裕のない硬い表情をしていた。カレンとの仲直りはうまく運んだようには思えなかった。


「幼なじみさんのご機嫌は治った?」


「さあ。ご婦人の気持ちはよくわからない。泣き出すし怒り出すし……。とにかく彼女の婆やにまかせて戻りました。むしゃくしゃしたからその辺りをうろうろしていて、雨が降り出した」


「そう」


 リゼにも幼なじみは何人もいる。しかし歳を重ねるごとに互いの環境も変化し、親しく連絡を取り合う人は減っていく。人はずっと同じではないし、過去の関係を変わらずに押しつけられるのはしんどいものがあるだろう。


「たまに会うだけなのなら、ほどよい距離感が取れると心地いいのに。ご実家絡みなら縁を切るわけにはいかないものね」


「そう、それです。それを僕も望んでいるのにな」


 テリアは笑った。そんな表情は爽やかで明るく惹きつけられるものがある。彼とのことはガーデンパーティー以来時が止まってしまっていたが、今コチっと心の中で何かが動くのを感じた。


 そんな自分に照れながらリゼも笑みを返した。テリアとのことを急ぐつもりも焦りもない。ただ、以前と変わらない心地いい関係が戻ればいいと思う。


(お友だち)


 その感覚がしっくりとくるようだ。


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