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わたしの方が好きでした  作者: 帆々
テリア

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30

 

 ガーデンパーティーから数日は後味の悪い思いを引きずったが、リゼは気持ちを切り替えるようにして過ごした。


 あの日着たガウンもしまい込まず、普段から羽織るようにした。クローゼットの奥に片づけてしまえば忌々しくなり、もう二度と袖を通すことがなくなりそうだったから。


 だからショパン婦人つながりで招かれたビングリー家の晩餐にも着て行った。エルとブーケ、家庭教師のミス・クローバー。そこにショパン婦人とリゼだ。


 話題はショパン婦人が行った行楽地のことからブーケの通い始めた『ハーパー・スクール』に流れた。


「お友だちもできたわ。すごく上流な人はいないみたい。上級生も親切よ。お姉様方はお洒落だけれども、わたしと同じ年くらいの子たちは子供っぽいわ。どこそこで何を食べたとか美味しかったとか、そんな話ばっかり」


「でも聞いてきた店に行きたいとねだったじゃないか」


「お父様は女同士の機微がわからないの。おつき合いよ、関係を円滑にするための。高慢な女は嫌われるのよ、ある程度はその場に合わせなくっちゃ。自分を曲げ過ぎないように」


 エルは娘の大人びた反論に頬を緩めた。リゼもこまっしゃくれた様子がおかしいが、内容は正鵠を得ているので感心もする。頭のいい子なのだと思った。


「リゼのガウン素敵ね。とても似合っているわ。前に一緒に買ったものかしら?」


「ええ、そう。忘れていたのを届けていただいて、助かりました」


 エルに改めて礼を言う。彼は軽く頷いただけだ。キッドの来訪やそれに取り乱したことなどを思い出して、やや気まずくなる。


「日曜の男爵のガーデン・パーティーはどうだったの? 知りたいわ。トネリコだったでしょ」


 ブーケの問いに人々の視線がリゼに集まった。リゼは口の中の料理を飲み込んでから答えた。


「……お庭もお邸も素敵だったわ」


「それだけ? ねえ、ロマンチックな出来事は?」」


「まさか。あるわけないわ」


 リゼは笑顔で応じたが、言い切った口調は硬かった。夢見がちなブーケの問いかけはあまりに現実とかけ離れていた。ほんのわずかでも周囲からテリアとの将来を描かれるのは堪らない。それは滑稽な勘違いだ。


 彼女の頑なさにショパン婦人はやはり気づいた。


「何か会の途中で問題でも起きたの? お酒を過ごした紳士方がたまにハメを外すことはあるから」


「いいえ、盛会でした。何も……」


 リゼは微笑んで首を振る。問題があったのはテリアだけ。しばし沈黙が流れた。その後でエルが言った。


「……昼下がりからトネリコは、ひどい雨ではなかったかな。向かっていた知人が途中で王都に引き返したと言っていたから」


「ええ、すごい振りでした。家の農場が近いので、帰りは領主館からそこまで馬車を借りました。暗くて寒さもあったし、いっそ泊まりたかったわ。でも、我が家には猫のピッピがいるから放って置けないでしょう」


「リゼのお家には猫がいるの? いいな、見たいわ」


「いつでもどうぞ。可愛いわよ」


「どうして農場に? そんなひどい天候に仕事もないでしょう」


 訝しげにエルが問う。リゼはブーケから彼へ視線を向けた。


「仕事ではないわ。王都の自宅まで馬車をお借りするのは申し訳なくて、それで農場までお願いしたのです。そこからは自分の馬車を使えるから」


「遠方まで招いておいて、帰りは自分で都合を付けろとは随分な流儀だな。あんな足元の悪い中を」


 エルは眉根を寄せ不快げな表情を見せた。あの場では確かに困った。しかしテリアの弟がすぐに馬車を手配してくれ、結果何とかなった。面白くもなく疲れはあったが、腹立ちはない。


 父親に同調するようにブーケまでが難しい顔を作った。


「ミス・クローバーが地方にお里帰りする場合も、お父様は決して乗り合い馬車にお乗せすることはないわ」


 少女の言葉にミス・クローバーは深く頷いた。


「テリアはどうしたの? 一緒に帰らなかったの?」


 ショパン婦人が不思議そうだ。それに答えようとしてリゼは口ごもった。当初はその予定だった。少なくとも彼女は。


「大学が休暇に入るから、ご実家に滞在するつもりなのではないかしら」


「わたしもエルの意見に頷くわ。あんな日にあなたを一人で放り出すなんて、褒められた行いではないわね。領主館の方々は誰も気づかなかったのかしら」


 婦人は意図せず「放り出す」と言う言葉を使ったはずだ。しかし、それは真実にとても近い。


「テリアは雨にひどくぬれて着替えに下がって……。でも、後は代わりに弟さんがよくして下さったの」


「ぬれたのなら着替えれば済む。リゼを弟に任せる意味がわからない」


 さすがにカレンの存在までは口にする意思もない。問われたから話したまでで、つまらなかった休暇について共感してほしいのでもない。リゼを抜いた四人がむっつりと押し黙っている。せっかくの晩餐が台無しになってしまったようで、それが惜しい。


 リゼは「さあ」と微笑んでごまかした。場の空気を変えたくて、次に供された皿に驚いてみせた。


「美味しいお魚ね。こんな料理法は知らないわ」


「これはお祖父様のところのレシピよ。そこの料理人の得意の品なの。教わっておいたからうちでも作らせてみたわ」


 女主人さながらのブーケの口調にショパン婦人が口元を緩めた。


「いい出来よ。兄のところの味と遜色ない」


 そこから話はエルの両親でショパン夫人の兄夫妻でありブーケの祖父母の話題に移った。


 食後は居間に移りブーケの希望でカード遊びをして楽しんだ。大人びていてもブーケは幼い。彼女があくびをもらし始めて散会になった。


 帰りの馬車で、ショパン婦人がため息をついた。


「ごめんなさいね、リゼ。テリアのことではわたしが変にけしかけるようなことを言ってしまって……」


「あら、おばさまが詫びられる必要は何もないわ」


「わたしから見て、彼はあなたの気を引こうと一生懸命だったわ。どうでもいい女性を実家のパーティーに伴うことはしないものよ。でも、あなたへの扱いを聞くと不誠実に思えてならない。嫌な気持ちよ」


「テリアは約束めいたことを口にして仄めかしもしなかった。わたしのことは単純にお友だちとして招いてくれただけなの。そういったことに深い意味を求めていたら、男性は気軽に女性と話もできなくなってしまうのではない?」


 リゼは努めて軽い口調で返した。引っかかりがないと言えば嘘になる。けれど、こだわっていても何の益もないとよくわかっていた。


 婦人はリゼの手を握り慰める。


「そうは言うけれど、不快な思いをしたでしょう。可哀そうに」


「あの場では言わなかったのだけれど、彼にお客があったようなの……、わたしの相手をできなくなったのはそのせいもあるみたい」


「お客」の性別を明かさなかったのは、言えばショパン婦人は憤ると思ったからだ。カレンのことはまだ幼なじみとしかわからない。その断片でもってテリアを糾弾する気にはなれなかった。明るい気性や気さくな振る舞い、何度も彼女に向けたさわやかな笑顔。それらを欺瞞だと切り捨てたくなかった。


 それに……、


(恋していたのでもない)


 と心を守れた自信はあったから。


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