2013/ 4/ 10 (3)
3/27
静寂。
この日、僕の心に一切の雑念はなかった。
というより、雑念など考える余裕がなかった。
散らかった部屋の中で、
ただただ、天井を眺めることが、心地よく感じられた。
もしかしたら僕は、孤独から解放されたのかもしれない。
感情とは所詮、時間と共にすり減っていく消耗品なのだと知った。
虚無感は依然として僕の中心に居座った。
しかし、慣れてしまったせいか、それを不快に思うことは無くなっていた。
独りも案外、悪くないのかもしれない。
友人と遊ぶ時間がなくなれば、その分自分に時間を使うことができる。
前々からよく思っていたことだ。
この世には娯楽が多すぎて、とてもじゃないが時間が足りない、と。
しかし不思議なもので、いざ時間が増えたとてそれを行う気力はなかった。
天井を見て暇を潰す以外の唯一の手段が、勉強だった。
なぜかわからないが勉強だけは、していいと思えた。
それに、一人でしても何らおかしくないのだから、周囲の目を気にせずに済んだ。
別に長い時間勉強していたわけではないのだが、
それでも、いつもは最後の最後までやらない課題を、
余裕を持って終わらせることができた。
ここまでは別に悪くない一日だった。
感情の波をやり過ごし、穏やかに終えるはずの一日。
こうして日記を書き終え、あとは寝るだけ...
そんなときだった。
迂闊にもアプリを開いてしまった。
これが失敗だった。
画面には、僕を除いた皆が、満面の笑みで焼肉を囲んでいる光景が広がっていた。
孤独
胸が苦しくて、うずくまる。
天井を見上げることができない。
3/28
昨晩を踏まえ、連絡手段となるアプリをすべて削除した。
少し胸が軽くなった気がする。
悪くない気分だった。
一人でいるよりも、皆と過ごしているときのほうが、僕は確かによく笑っていた。
友人といると楽しいから友人を必要とする、と考えたことはなかったが、潜在的にはそうなのかもしれない。
前まではちょくちょくきていたが、最近めっきり連絡が途絶えた。やはり僕の友人関係とは軽薄な上っ面の関係なのかもと感じた。
これは彼らにとって僕が、連絡を取る必要のない存在となったことを示している。それもたった5日程度で。
もともとそうであったのか、それともこれを始めてからそうなったのかは僕には理解できないが、とても淋しいことだ。
しかしこの事実を僕は、何の抵抗もなく受け入れることができた。
最近、感情をどうやって受容し発信すればいいのかわからない。
どうやって怒り、どうやって笑い、どうやって悲しむのか、
自分自身でコントロールできなくなってしまった。
わからないことばかりだ。
さっき、歯を磨く時、ふと鏡に映った自分の顔を見た。
そこにあった見知らぬ表情に、なぜか笑ってしまった。
確かに笑ったはずなのに、
鏡の中の自分は、微動だにしなかった。
3/29
今日は散々だった。
小さいことの積み重ね。どんどん自信がなくなっていく。
僕は自身を過大評価しているのかも知れない。
一通の不採用通知。
まぁ不採用になったのはいいとして、それを他人に共有できないことが痛い。
これを見た時、真っ先にある人物が浮かんだ。
これは僕が感情を共有したいがため、
と思っていたがどうやら違うのかもしれない。
きっと僕は、彼が僕と同じように不採用になったのではないかと期待したのだろう。
僕が落ちたのだから、彼も落ちているに違いないと。
頭では理解している。
おそらく彼は落ちることはないだろう。
すごい人物なのだから。
しかし、どうしても認められない。
他人にとって喜ばしいことを素直に喜ぶことができない。それは僕の短所である。
また一つ贖罪をしよう。僕は昨晩関係を絶っていた一人の友人と復縁をした。
なぜかわからない。
おそらく僕の心が本能的に人を求めたのであろう。
(この人物とは私のことだ。)
彼女を復縁相手に選んだのは、何ら影響のない人物であると判断したからである。
彼女は僕に対して影響を与えようとはせず、
ただ単に意見を聞き、てきとうに助長し、
言葉を引き出し、学びを得ようとする。
そんな関係が、心地よく思えたのだ。
しかし、この関係が僕の心を楽にしていることは事実である。
そのため、僕は彼女と話してしまったことを、逃げ、あるいは罪だと認識する。。
今後は、こうしたことがないようにしよう。
これを初めてから気づいた変化がいくつかあったので、ここに記しておく。
独り言が多くなったような気がする。
将棋をよく指すようになった。
ご飯を食べるのが早くなった。
時間に余裕ができた
3/30
今日プロジェクトにおける最後の転換期が訪れる。
友人二人が僕の部屋にきて
様子を見にきてくれたのである。
この時、自分の行ったことについて洗いざらい素直に話した。
例え彼らがきた理由が僕でなくとも、わざわざ時間を浪して僕に会いにきてくれたこの事実に少し浮かれていたのかも知れない。
とにかく、自身の行ったことのほとんどを、
一切の虚偽なく彼らに伝えた。
彼らは僕を叱咤した。
そりゃそうだ。
この作戦は非人道的なものであり、
また、傲慢を体現するものでもある。
自分のために他者を犠牲にするような行動は、
悪でしかない。
そんなことは自分が1番理解しているつもりだった。
彼らは、今すぐにでも謝るべきだと言った。
もう遅いかも知れないが、
それでも僕に心というものがあるなら、これ以上彼女たちに迷惑をかけるべきではない、と
もっともな正論だし、僕もそうすべきだと感じた。
しかし、どうしてももったいないという思いが胸を離れなかった
後たった一週間。一週間を耐えるだけで、
実験は完了するのに、ここで止めてしまうのは。
そんなふうに思うきっと、
僕という人間が根本的にだめだからなのだろう。
僕は苦悩する。
まだ、自分の友人関係に対する結論が見えていない。
そんな中で、2週間と決めた自分の制約を、破るなんてことをしてもいいのだろうかと。
彼らは言葉を重ねる。
この一週間で出した答えは、あと一週間で変わることはない
何を悩むことがあるのか、と
答えなど何もでていない。
と反論したかったが、
ここまでして何も得られていないなどとは、とても恥ずかしくて口にできなかった。
あるいは、それは単なる見栄だったのかもしれないが。
それに、彼らの言葉に少なからず納得していた節もある。
この一週間で明確な答えを何ひとつ得られなかった以上、さらに一週間を重ねたところで、何かが得られるとは思えない。
ここから彼らとの対話はしばらく続いた。
約2時間の間、僕に向き合ってくれた。
これに関しては非常にありがたい限りである。
以下は僕が彼らとの対話の中で記したメモだ。
本当に申し訳ないが、僕は文章に起こさずにその時に書いたメモを、ここにそのままコピーすることにする。
これだけは、これだけはどうしても読むことができない。
読むのが怖くてたまらないんだ。
なんて情けない。
これに関しては別に読まなくても構わない。
読み飛ばしたって、内容に何ら語弊が生じることはない。
大して意味が通ってないことも多いし、きっとよくわからないだろう。
だが、もし君がこれを読むのだとしたら、心から詫びよう。本当にすまない、と。
僕は根本的に、自己評価が低い。
ありのままの感情をさらけ出しても認められないと本能的に思っているのだろう。
- 親しき中にも礼儀ある
- 一旦の感情で動いてしまう。
○ 何事も実現可能なら突き進んでしまう。
- 感情で他の人を巻き込むな
- 逃げてはいけない。
- 向き合うことへの恐怖
- 怖い
- 焦り
- 罪の意識
- それは、人が向き合わなければならない。
- 確かに誰かに謝ると言うことを、心の底から行ったことは今の人生において一度もしていなかったのかもしれない。
- 生き悩む
- 怖くなる
- 逃げちゃいけない
- 辛い事に向き合わなければならない。
- それは、生きる上で
- 「人生ってのは小説ではない。」
- 「理屈をこねて時間を稼いでいるようにしか見えない。」
彼らとの話し合いの結論として、たった今から僕は関係を断った人々のできるだけを集めて、それに謝罪することにした。
そういうことになってしまった。
恐怖で手が震える。
逃げ出したくてたまらない。




