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chap.6 リバース&リバース

 薄暗いマンションの一室。床にはゴミが散乱し、テーブルの上には発泡酒の空き缶がうず高く積まれている。

 かろうじて顔を出した大きめのテレビは、話題となっているゾンビ事件について大した内容もない理屈と推論を垂れ流す。


 男は歪んだ笑顔を顔に貼り付けた。

 決して幸せではない。それでも、今はこの結果に満足するしかない。理想とかけ離れた現実を、彼はただただ享受した。


「はは、これであのクソ共も手を引くだろう。他のクソ共にも自分が何を踏みにじったかわからせてやる……いい気味だ」


 男は立ち上がり、棚の上の伏せられた写真立てを見る。


「今日も仕事だ。行ってくるよ」


 返事をする者は誰一人おらず、部屋に残酷なまでの静寂が戻る。

 男は使い古した鞄を手に取り、部屋を出ていった。



  †



 リサとナギが向かった先は、事件の起こった第7区画:宗教区域にある墓地である。EOWに関与するあらゆる宗教団体が必要とする施設を設置した区画であり、美しい建築物や自然、彫刻が織りなす穏やかな雰囲気を感じられる場所であることから、訪れる者は多い。

 加害者であり被害者であるゾンビと呼ばれた元軍人の男性はEOWでも規模の大きな宗教の信者であり、墓も広大な敷地の中にあった。

 しかし人だかりをつくっていたため、二人はすぐに現場を見つけることができた。

 ただ誤算だったのは、カノンが勝手に後からついてきてしまったことである。本人曰く、「ぞんびを見てみたい」とのこと。


「ボスは行っていいとは言ってないだろ」

「待機をしていろと命令はされていないし、マスターの命令以外聞く気はないから」


 屁理屈染みた理由を返答した彼女は、ほぼ無表情の仏頂面であるもののどことなくドヤ顔をしているように見える。


「だってさマスターさん。こーんな可愛い女の子が言うこと聞いてくれるって」

「含みのある言い方すんな紛らわしい」

「マスターの言うことだって聞く気はあんまりないよ?」

「だってよリサ。変なことさせる気なんて毛頭ないからな?」

「ちぇー、つかそれでいいのか管理者」


 リサは面白くなさそうに口を尖らせる。

 ナギは「どうしようもねーだろ」と言いかけた言葉を飲み下すと、面倒臭そうに目を細め視線をカノンに移した。


「あと今更だがそのマスターってのやめてくれないか。なんか気持ち悪い」

「承認。じつは私もそう思考してた」

「初めて意見が合った」

「なんて呼べばいいの?」

「普通にナギでいい。あとボスの命令は聞け。いいな?」

「承認。ボス=ノウェムを最優先命令権限者に設定。あねさんのいうことはぜったいだ」

「あ、姐さん……?」


 そんな話をしているうちに、彼らは目的の墓の前に到達していた。今朝発見されたばかりなので、警察の(いかめ)しい顔をした男たちが陣地でも張るかのように死体二つの周りにたむろしている。

 死体は墓穴の中にあったが、深い穴の中にあってはどうにもならないことから穴の外に引き上げられていた。

 この組織のなんたるかを知っているのはリサだけであるため、彼女は先頭を切るように陣地に入った。

 細身で短髪の背広を着た刑事らしき中年の男が、彼女に反応する。


「お嬢ちゃん、悪いが撮影禁止でね。 『いいね!』が欲しいなら俺とのツーショットでも載せてくれ」

「残念、ボスのおつかい」


 リサはスマートデバイスの画面に身分証を表示し、刑事に見せる。刑事の視界ではデバイスに向けてスキャンラインが走り、彼のCBが身分証の確かさを青い枠で証明した。

 それと同時に、男は辟易とした表情になる。


「げぇ、Aegisか」

「げぇとは何、げぇとは」

「頼むからここは消し飛ばさんでくれ」

「なに言ってんの、そんなことするわけないでしょ」


 つい先日高速道路に大穴を開けたリサであるが、「そんなことは覚えてねぇ」と言わんばかりに本心からそう述べている。

 刑事とナギの間に、全く意味のない奇妙な連帯感が生まれた。


 見れば、死体は仰向けでブルーシートの上に並べられている。加害者と被害者がこう並べられるケースはそうそう無いだろう。墓荒らしの男の首は締め上げられ、そのまま潰され原型を留めていない。


 その死体を見たカノンは、サーッと血の気が引くように青ざめた。知識としてはあっても覚醒してまだ日が浅い彼女には、本物は刺激が強すぎたようだ。


「う……うぷ」

「そっちに茂みがあるからそこでな」


 と、刑事は慣れた口ぶりで言う。


「わか、う、んんんんんん」


 カノンは駆け足で茂みに入ると、人間で言う胃液にあたる分解液を口から嘔吐(リバース)した。そう汚いものではないのだが、分解しかけの朝食が混じっていたりとビジュアルは人間のそれと差異がほぼ無いため、見るに耐えないものであることに変わりはない。


「おろろろろろろろ」

「なんでお前まで吐いてんだ」


 その隣で、リサもまたマーライオンと化していた。ナギは慣れているため、この手の耐性は鋼といった様子である。


「なかなか慣れないんだよぉ。肉片になれば大丈夫なんだけど」

「それはそれで問題なんじゃないか?」


 茂みガールズを放置して、ナギは刑事と話し始めた。


「遺体は調べたの、ですか」


「ん、ああいや。本格的にはこの後署に運んでからまとめてやるつもりだ」

「他にも?」

「ああ。墓荒らしの性質上目立たない場所にあったりしてな。といっても数日前程度の期間だが」


 ナギは何か思いついたように加害者側、といってもどちらが加害者かわかったものではないが、首を締めた側の遺体に近づく。遺体の引き上げに使ったであろう手袋を装着すると、遺体の口に手を突っ込んだ。


「おいおいお前何して」

「ん、お、あった」


 ナギが取り出したのは、小指の爪ほどのサイズの、小さな薄く黒い箱状の物体であった。

 同時に、茂みからリサが戻ってきた。


「あんたよく平気ね……引くわぁ。で、それ何なの?」

「正式名称は知らねぇが、俺はケージって呼んでる。ナノマシンを信号一発で注入してくれる便利なやつだよ。戦場で意識が飛んだりパニックになったりしてもすぐにオートで回復したりな」

「ふぅん。え、それって標準搭載されてる機能なんじゃないの?」

「機能しないことがけっこうあるんだよ。脳がパニックを起こすとマシンが正常な動作をできなくなる可能性がな」

「なるほどねぇ。ってことはこいつが原因? うーん……あ、そうだ刑事さん。なんでこの人、こんな動けたの?」

「と言うと。ああ、ホトケさんな、不思議なことに死後硬直をしてないみてぇなんだ。筋組織が壊れてないみたいだって引き上げたヤツがな」


 通常、人は死ぬと筋源繊維タンパク質が結合し筋肉が硬直する。これを死後硬直と言うが、その後数日経つと緩解と言って筋肉組織が崩壊することで柔らかくなる。しかしそれは筋肉の運動機能の死を意味する。

 この男は機械化した部位も多いが、それだけでは人一人を殺せはしない。


「なーんか大体見えてきたね」

「ボスは正しかったようだな。いや、他の死体次第か。刑事さん、署に同行しても?」

「それはいいが、そこの嬢ちゃんはどうする」


 中身を出し切ったのか、カノンが目を回しながら「ふぇえぇ」と口から声を漏らしつつふらふらと寄ってくる。どう考えても、これ以上グロテスクな死体を見たとなればオーバーキルは確実だろう。

 本当に変なガイノイド――いや、オートマタだなぁ、とナギとリサは思い、小さく笑う。

 刑事に至っては、カノンが人間でないとは微塵も思っていない。それどころか、見た目や言動の幼さ故Aegisの一員であるとさえ思っていなかった。


「カノン、大丈夫か?」

「おうちかえるぅ」

「そうか。一人で大丈夫か?」

「それはかくしょーをもてない。うえぇ」

「だろうな。まったく何しに来たんだか」


 結局、簡単な報告がてらヴァルターに連絡を入れ車で迎えに来てもらう事となった。

 ヴァルターはカノンの状態を見て、「頼むから車の中で吐かないでネ」とかなり心配そうに釘を刺すのであった。

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