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オリジナル・バトルロワイアル  作者: 八緒藤凛
一日目
51/54

47 最悪の再会

1


 夜の住宅街の中を歩く。正直怖い。当たり前だ、状況が状況なのだから。

 それでも今は、あの家にいるより居心地の良さを感じている。


 穂高凛(ほだか・りん)は空を見上げた。月が、ちょうど雲に隠れようとしている。まるで今の自分の心境のようだ。心に陰り、一つの迷いがある。否、迷いよりも心配といったほうが適切かもしれない。


 突き付けられた桜の死。拭いきれない不信感。

 いくつかの要因が、凛に単独行動をさせている。


「おぉ……?」


 突如、どこからか声が聞こえた気がした。思わず身の毛がよだつ。


「え、何よ……?」


 慌てて辺りを見回したが、暗闇のせいでよく見えない。月は今隠れたばかりで、一番近くの街灯は故障しているのか何故か光が点いていない。


「アヒャ、運がいいなぁ……!」

「――!」


 今度は確かに聞こえた。聞き覚えのある声だ。


「また会ったなぁ……、お嬢ちゃんよぉ……」

「げ……」


 名前は知らない。昼過ぎ頃に繁華街で出くわしたというただそれだけだが、凛にとっては出会いたくない人物であることに変わりない。


「今度こそ、俺のモンになってくれよぉ!」


 暗闇から現れた奇抜な髪型の男は、あの時と同じようにその手にモーニングスターを顕現させる。


 凛がまだ室島斬也(むろしま・きりや)と出会う前、与那城朱美(よなしろ・あけみ)とも出会う前。言うなればこの会場で初めて出会った人間、【拷問機会】新田豪生(にった・ごうき)がそこにいた。


 ……逃げなければ。あの男は、明らかに頭のネジが飛んでいる。

 初見の時に抱いたその感想は今も変わらない。


 突如放り込まれたこの会場で、右も左も分からない状態で追い回された記憶が蘇る。

 あの時は逃げ切れて本当に幸運だった。



2


 ――ああ、自分はなんて幸運なのだろうか。

 モーニングスターを握りしめたまま、新田豪生は喜びを噛みしめる。


 つい先程の小学校襲撃で蒼空(そら)と呼ばれた少年を殺し、来栖慎一郎(くるす・しんいちろう)の絶望を見た。腹の底から高揚した。


 だがまだ足りない。

 “女性を拷問すること”こそが、新田豪生の真の目的。

 その材料が今目の前にある。


 この時の凛の行動は素早かった。

 凛からすれば、あの時と同じ手段で逃げれば良いだけ。何も迷う必要はない。だから早い。


「氷結の要塞の女神よ、凍てつく吐息で我を守りたもう……アイスシールド」

「あぁ!?」


 豪生には、今のセリフに聞き覚えが有った。

 昼頃に繁華街でこの女を追っている時に唱えられた一節。

 それで追う事を諦めさせられたのだ。

 

 あの時は確か、巨大は氷壁が目の前に――。


「ちいっ」


 氷壁の出現を警戒して、思わず距離を取る。豪生の能力の一つである「ファラリスの雄牛」の炎上能力を使えば突破できない事もないが、先程の戦闘の消耗を考えるとあまり得策ではない。


 ここは大人しく引くのが吉か、と考えたのだが。


「え……?」

「あぁ?」


 だが、目の前で起きた現象に対し、両者共に驚きを隠せなかった。

 豪生にとっては幸運で、凛にとっては絶望を孕んだもの。


 何故なら形成された氷壁は、昼過ぎのように道を塞ぐほど大きなものではなく、凛一人分程度の大きさしかない何とも心許ない出来だった。


「アヒャ、成程なぁ……!」


 能力は無限ではない。

 それは豪生が常々思っていたことだ。

 「昼過ぎに使った氷壁能力」が未だに回復しきっていないというそれだけのこと。


 だが単純明快なそのメカニズムが、凛の迷いを加速させていく。



3


 豪生にとって、後は簡単な作業だ。

 頼みの綱の能力が不発に終わり、絶望に打ちひしがれる目の前の少女にゆっくりと近づくだけ。そのまま何かしらの能力で拘束、後はお楽しみの時間だ。


 一方で凛は葛藤していた。


 今はこの男から逃げなければいけない理由があるのに。

 戦ってはいけない理由があるのに。


「アヒャ、戦意喪失かぁ!? だよなぁ、ソレが無いと、どうしようもねぇもんなぁ?」


 下品な声が脳に響く。少しずつ声が近づいてくる。

 小さな氷壁を挟んだ向こう側から、不愉快と下劣を体現した男が近づいてくる。


 二度目の邂逅、凛にとってはとても「おあつらえ向き」なのだ、この男は。

 迷いが決意へと変わっていく。凛は自分の口角が釣り上がるのを感じた。



 この場において、新田豪生は間違いなく幸運だった。

 この場において、穂高凛は間違いなく不運だった。


 もしも氷壁が正しく逃走に使える出来だったならば、凛は「こんな決断」をしなくて済んだのに。


「あーあ」

「あん?」

「どうなっても知らないから」


 凛の髪がふわりと浮き上がる。


 豪生は見た。不敵な笑みを浮かべてこちらを見据える、烈火の如きその姿を。


「紅蓮の神殿の精霊達よ、その身に宿りし灼熱を今ここに吐き出せ……火炎旋風っ!」

「なにぃ!?」


 凛の背後から襲いかかる赤い灼熱。日常生活でおよそ見ることがない「炎波」の群れが、新田豪生めがけて襲いかかった。


「氷壁だけじゃあなかったってのかよぉ!?」


 燃え盛る炎の中から、驚嘆の声が聞こえてきた。



4


 暑い。熱い。

 背後から次々と目の前の男に襲いかかる炎とは対照的に、凛の心は急速に冷えていった。


 今、敵性人物に出会ったら躊躇なく殺せると思っていた。殺してしまうと思っていた。

 だから、誰にも出会いたくはなかったのに。だから、迷っていたのに。最後の理性の一線を超えてしまった。……本当に不運だ。


 もはや自分でも自分の心が分からない。自分は一体どうしたいのだろう。

 根底にあった「死にたくない」の感情すら揺らぎ始めている。


「アヒャ、アヒャヒャヒャヒャ!!」

「――!」


 思考が現実に引き戻される。燃え盛る炎の中から、下品な声が響いた。


「おぉい、待ってろよぉ?」

「……嘘でしょ?」


 その声は徐々に近づいてくる。誰がどう見たって焼死してもおかしくないレベルの炎の群れだ。なのに、声と気配が少しずつにじり寄ってくる。


「よくもやってくれたなぁ!? それ相応の覚悟はあるんだろうなぁ!?」

「なっ……!」


 前方で振り上げられるモーニングスター。鎖の先についた鉄球が凛めがけて飛来する。避けれる速度ではない。



5


 豪生の手に、何かが割れる感触が伝わってきた。

 炎の中なのでよく見えないが、頭蓋骨か、肋骨か。


「アヒャ……あぁ?」


 戦果を確認すべく踏み出した一歩。突如炎が消え、視界が開けた。


 見てみれば粉砕したのは氷壁だった。

 炎で溶けかかっていたそれが、最後の一撃で瓦解したのだ。


「命拾いしたなぁ?」


 凛は思わず息を呑む。

 この炎の中を歩いてくるなど正気ではない。不可解、不愉快。


 それとも、あの炎波は見た目程威力の高いものではなかったのか。炎による連撃は時間切れのせいかもう途切れている。あれ程燃え盛っていた焔も、何事もなかったかのように消え去った。

 何にせよ、凛は次の一手を考える必要がある。時間が要る。


「ねえ、あんたはさ……」

「あぁ?」

「なんで人を殺せるわけ?」


 ……時間稼ぎとはいえ、我ながら馬鹿な質問だと思う。「今お前がしたことはなんなんだ」と問い返されたら、答えられない。「別にいいか」という理由だけで、一人の命を奪う気だった。


「欲望がよぉ……」

「は?」

「疼いて止まらねえからに決まってんだろぉ? せっかくの“機会”ってやつなんだからよぉ?」


 凛はその返答を聞いて面食らった。


 ああ。自分はこいつよりはマシだったかな。……いや、きっと同じだろう。

 倫理的に正常であろうとしただけで。

 人殺しはいけない、だなんて一般論を鵜呑みにしただけで。


 自分に素直なこいつの方が、いくらかまともな生き方をしているのかもしれない。

 ねえ? どう思う? 桜(さくら)。


 次の一手は思いつかなかった。一歩ずつ後ずさりするしかなかった。詠唱呪文を今から唱えるのは距離的に無理だ。

 それでも、下品な笑みと共に近づいてくる相手の顔に、殴打の一発でも加えてやりたい。だが無理だろう。この男は意外と隙がない。


 気づけば後ろは壁だった。最後にひとつだけ聞いておこうか。


「炎、熱くなかったわけ?」

「あぁ? 今からお前が味わう苦痛に比べればなぁ? 大したことねぇんだよぉ!」


 モーニングスターが振り下ろされる。



6


 コンクリートの地面が割れる。なんて怪力だ。

 だが、意外にも凛は生きていた。


 てっきり、あれで頭蓋ごと粉砕されるのかと思っていたのに。


「何のつもりよ?」

「あひゃ……」


 豪生の顔が醜悪に歪む。

 凛は、ここへきて初めて恐怖を実感した。


 殺される事に対しては、何も怖くなかった。

 桜の死という現実が、凛から現実味を奪っていた。


 だが今、これから何をされるのかを直感的に察してしまった。


「嫌ッ……!」

「おおっとぉ、今更往生際が悪いぜぇ!?」


 【拷問機会】の能力によって豪生の手に生成された手錠が、凛の両手の自由を奪う。


「紅蓮の神殿のせむぐっ」

「させねぇぜぇ?」


 ダメ元で唱えかけた呪文も、口を塞がれたらどうにもならない。


「逃さねえように足でも焼いとくかぁ? 火が出せんのはお前だけじゃないんだぜぇ?」


 豪生が、凛に見せつけるように空中に向かって火を吹く。凛のそれとは比べ物にならないほど挟範囲だが、食らえば無事では済まないだろう。


 両手は手錠で塞がれて、口は片手に塞がれて、壁に押し付けられている。

 生身の筋力差は明らか、逃げ出す術がない。頭の中で必死に呪文を並べて立てても、口にしなければ意味がない。


「綺麗な足だよなぁ……どこの制服だぁ? アヒャ」


 舐めずり回すような視線が心底気持ち悪い。


 凛は繋がれた両手で豪生を殴ろうとするが、豪生はそれを片手で受け止め、そのままねじり上げた。


「いっ……!!!」

「無駄な抵抗はやめなよぉ……頭から焼いてやろうかぁ?」


 ……そろそろ潮時だろう。

 みっともない抵抗はやめておこう。


 何故か頭に浮かんだのは、忌々しいあいつの顔だった。



7


 頭に浮かんだだけではない。

 おぼろげな視界にも、確かに存在した。

 とうとう幻影でも見えだしたか。


「あぁ?」


 だが、凛を縛り上げている豪生も同じように驚いていた。

 視線は凛の見ている方向と同じ、凛にとっては右側で、豪生にとっては左側。


 雲から姿を表した月の明かりが、その第三者の姿を照らしていた。


「なんだぁ? 言っておくが邪魔はすんなよぉ? おこぼれに預かりたいのなら別だがなぁ?」

「そうですね……まあ、私の趣味ではないので……」

「そうかぁ? ならそこで大人しく……って、それ以上近づくんじゃねぇよぉ!」


 豪生の口から先程と同じように火が吹かれる。

 一点集中形状のその炎光線は、確かに第三者の顔に直撃した。


「これに懲りたら黙って見てなぁ……」


 豪生は再び凛の足に視線を落とす。

 だが視線移動の途中で視界に入った凛の眼は、不敵に笑っていた。


「何笑ってんだぁ?」


 思わず、豪生が凛の口から手をどける。


「かはっ……あーあ、汚い手を人の口に当てんじゃないわよ。滅菌消毒が必要じゃない」

「あぁ? どうしたってんだぁ」


 突如強気になった凛を、豪生は訝しげに見回した。

 何か新しい技を使う素振りもない。ただ強気な女というだけなら、大歓迎なのだが。何故なら、そんな女を拷問するとなれば、より一層の愉しみが――


「もういいですか?」

「あぁ!?」


 いつの間にか隣に誰かがいた。

 数秒前確かに顔面を焼き払ったはずの、グレーのスーツを着た男。


「無音移動術……何年ぶりでしょうか、いやはや、意外と身体が覚えているものですね」


 余裕の笑みを浮かべて豪生の隣に立つ男。

 凛にとっては忌々しい、だがどこかで認めていた男。


「来るの、遅いわよ」


 助けにきてくれるだなんて、微塵も思ってはいなかったが。


「おや? 期待していましたか?」

「はっ、全然!」


 第三者こと【マジックキャンセラー】室島斬也(むろしま・きりや)は、凛の手に触れる。それだけで、凛の両手を縛っていた手錠は跡形もなく消滅した。



8


 この男は、やばい。

 新田豪生の全細胞が告げている。


 明らかに尋常の人間ではない。どう見ても堅気の人間ではない。

 表情こそ笑顔を貼り付けてはいるが、それもただの作り物でしかないのだろう。


 一歩ずつ、後ずさる。二人が談笑している間に。

 だがそんな豪生の動きを斬也が見逃す筈もなく。


「ところで、貴方は一体誰です?」


 豪生の全身から吹き出る冷や汗。

 声をかけられただけ。だというのに足が震えて動きが鈍る。


「お、俺は……」

「出会い頭に人の顔に火を吹きかけるだなんて、私じゃなかったら死んでいましたよ?」


 なんとよく言う。逆に聞きたい。

 お前は今まで何人の人間を殺してきたんだと。


 だが、豪生にとって一つだけ救いがある。

 室島斬也は現時点で、新田豪生にさほど興味はないのだ。


「それは悪かったなぁ! だが俺は男に用事はなくてなぁ……だからここはお互い大人の対応ってことで……へへ……」

「あら、無事で逃げられると思ってるの? 案外楽観主義者なのね」


 穏便に済まそうとする豪生の言葉を凛が遮る。

 それもその筈、穂高凛には現時点で、新田豪生に殺意しかない。


「あれだけの事をしてくれたんだもんね。タダじゃあ返せないわよ」


 凛の手と口角があがる。先程の何倍も不敵な笑顔も見える。

 氷壁と炎波。その二つだけがあの女の能力だとは、豪生はもう思わない。

 きっと他にもバリエーションがあるのだろう。


 凛はこの時、無意識に勝利を確信していた。

 それほどまでに、室島斬也を信頼してしまっていた。


 これから起きる波乱の中心になるこの男を。



9


 妹が居た。無口な彼とは正反対に、無邪気で無鉄砲な可愛げのある妹。

 決して人には言えない一面を持つ彼にとって、かけがえのない存在。


 そんな妹が【ゲーム】に放り込まれると聞いた時、取るべき行動は決まっていた。


「んーと、じゃあキミには、促進剤になってもらおうかな。ははは、特例だよ?」


 肩まで垂らした桃色の髪を弄くりながら、ゲームマスターたる彼女はそう言った。そんな条件でいいならお安い御用だ。見ず知らずの四十人前後よりも、たった一人の妹の命の方が何千倍もの価値がある。


 かくして彼はゲームの参加者となった。

 身に課せられた発言制限、強制された殺戮行為。優勝辞退。数々の制約と引き換えに妹の参加は取り消された。後は戦うのみ、戦闘狂に身を落とすのみ。



 数日前の記憶を呼び起こしながら、彼は月に照らされた住宅街を歩く。

 角の向こうから数人の声が聞こえる。警戒は必要ない。

 そのまま姿を現す。戦意のあるものから倒していく、それだけだ。


 だが、近づくに連れて身が強張っていくのを感じた。

 何かが居る。集められたのは殆どが戦闘行為などとは程遠い一般人のはず、だがそこに何かが紛れ込んでいる。これがゲームマスターの言っていた「奴ら」だろうか。


 恐らく戦闘力だけで言えば自分と比肩する、いやそれ以上であろう何者かの存在。


 【剛腕】獅子島慎之介(ししじま・しんのすけ)は、それでも角へと近づいていく。


 たった一人の妹の為に、足が竦もうが脳が警鐘を鳴らそうが進まなければならない。



10


 【エレメンタリスト】穂高凛(ほだか・りん)の上がった手と明らかな敵意を見て、【拷問機会】新田豪生(にった・ごうき)も戦闘態勢に入った。豪生は、出来ることならこの場から穏便に立ち去りたい。凛を逃すのは惜しいが、自分の命の方が惜しい。それほどまでに、【マジックキャンセラー】室島斬也(むろしま・きりや)の存在が恐ろしい。こんなところで死ぬわけにはいかない。拷問がし足りない。


「面倒だぜぇ……」


 豪生は冷静に状況を見る。


 二対一なら確実に負ける。先程凛を追い詰めることが出来たのは、彼女の認識不足のおかげだ。氷壁の使用不可と、水責め想起による炎波の無効化が露見した今、もう一度あの状況に持っていくのは難しい。そもそも、凛の隣の斬也がそれをさせないだろうし、あの女には他にも攻撃手段があるのだろう。そして、室島斬也相手には、一対一でも歯が立たないと思う。


 やはり戦略的撤退しかない。どこかのタイミングで離脱。それだけを考えて戦うのが得策だろう。

 そして豪生は、ここでまたもや幸運を拾う。


「……凛さん」


 静かだが、微かに緊張を孕んだ声で斬也が口を開いた。


「何よ、今からいいとこだってのに」

「その件なんですが、決して無理はなさらないで。恐らく私はそちらに加勢出来ませんので」


 凛は一瞬狼狽える顔を見せたが、すぐに我に返った。


「はぁ? 加勢なんて、誰が頼んだのよそんなこと!」


 相も変わらず強気な口調。斬也はそれを苦笑いで受けながら、別方向の角を凝視する。


 何かが来る。少しづつ近づいてくる。


 斬也の脳裏に、今まで見かけた人物達の顔が浮かぶ。

 凛も、逢坂秀都(あいさか・しゅうと)も高坂星華(こうさか・せいか)も、繁華街ですれ違った生気のない溶解少年、連秀次(れん・しゅうじ)も、そして傍目からは異質に見える新田豪生ですらも、斬也にとっては常人の範疇だ。


 だが今、角の向こうからこの場に近づいてくる何者かは、明らかに常軌を逸している。控えめに言っても常人ではない。だから斬也は、凛に加勢することは出来ない。


「な、なんだぁ?」


 斬也から放たれ始めた圧倒的な威圧感を前に、豪生は萎縮する。だが、それが自分に向けて放たれているものではないを気付くと、心の底から安堵した。それほどまでに圧倒的な威圧感だった。



 凍る空気の中で角から姿を表したのは、鋭い目をした巨漢だった。



11


「だ、誰よ」


 斬也に負けずとも劣らない威圧感を放つその男に、凛は辛うじて敵意を見せる。だが、男から一瞥を受けると黙ってしまった。そのまま沈黙が続く。


 豪生から見れば、自分に敵対しかけていた二人は今背を向けている。だが攻撃しようとは思わなかった。元々撤退するつもりだから、攻撃する意味はない。そしてそれ以上に、この場で最初に動くことの危険性を鑑みた。


 角から曲がってきた男、獅子島慎之介は、斬也の姿を見て懐かしそうに口を開いた。


「室島、斬也か」

「そういう貴方は、獅子島慎之介さんでしたか。まさかご存命とは驚きましたね」

「如何にも。はは、貴様の記憶に俺の名があったとは光栄だぞ」

「ええ、忘れる筈がありませんよ。逃亡生活は楽しみましたか?」


 この時点で、凛と豪生の感想は一致した。「この二人は一体何を言っているのか」と。

 そんな二人には目をくれず、後の二人は淡々と話す。


「はっ、痛い所を突いてくれる。俺は俺だ、その選択に後悔など有りはしない。貴様こそ子守はもういいのか?」

「何の話ですか。私は私の筈ですが、その記憶の齟齬は一体どこから」

「おっと、貴様の策には乗らんぞ。久方ぶりの再会だ、搦め手なんぞなし語り合おうではないか」


 どう贔屓目に見ても、会話を楽しんでいるとは思えない。

 両者共に隙を伺っている。言葉一つ、文節一つで相手の意識を自分から散らすことに執心している。


 凛も豪生も一瞬で理解した。心臓の鼓動が加速する。自分の命は、今この場では塵にも満たない存在であることを。どちらかがその気になれば、一瞬で刈り取られてしまうことを。斬也と慎之介がそれをしないのは、それで生じた一分の隙すらも命取りになるからだ。そう考えると、凛と豪生の命はある意味で百万の富にすら勝るのかもしれないが。


 豪生は夕方、獅子島慎之介と相対している。その時は互角だったはずだ。だが今ほどの威圧感も、睨まれただけで刺殺されたと錯覚してしまうような眼力もなかった。つまりあの時の奴は、全力ではなかったのだ。


 凛の意識の中に、豪生への同情と共感が混ざり始める。

 それほどまでに、この場を一刻も早く離脱したいと思った。


 斬也にも目的がある。慎之介がいう「子守」するべき相手を探しに行きたい。参加者の中にいないという確信か、この手で守れる環境が欲しい。この男との邂逅は、まさに最悪の再会だった。




No.12 獅子島慎之介(ししじま・しんのすけ)20歳

【能力名】剛腕

【能力】 素手による突きの威力が強化される。

【タイプ】パッシブ

【系列】 身体変化系


NO.23 新田豪生(にった・ごうき)22歳

【能力名】拷問機会

【能力】 自身の身体を拷問器具もしくは拷問方法に準じたものへと変化させる。

【タイプ】アクティブ

【系列】 身体変化系


No.30 穂高凛(ほだか・りん)18歳

【能力名】エレメンタリスト

【能力】 四大元素を基礎とした魔法を展開可能。詠唱を正しく唱えた場合のみ発動する。

【タイプ】アクティブ

【系列】 物質操作系


No.34 室島斬也(むろしま・きりや)23歳

【能力名】マジックキャンセラー

【能力】 自分とその周囲を対象としたアクティブスキルを無効化する能力。

【タイプ】アクティブ

【系列】 能力操作系



残り26/42人

前回登場話

獅子島慎之介(ししじま・しんのすけ)→33話 闇の素通り

新田豪生(にった・ごうき)  →45話 次の死亡者は

室島斬也(むろしま・きりや)  →46話 現実という病

穂高凛(ほだか・りん)   →46話 現実という病

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