【第8話】藤島綾香編・1
【藤島綾香編】はブログ掲載時に加筆挿入したもので、本編より?好評だった為、そのままの構成で掲載いたします。
(藤島綾香編・1)
「どういう事なの?」
普段穏やかな綾香が声を荒げるなど、滅多に無い事だ。
「いや、俺も高校行って、いろいろあるんだ」
慎二はそう言って、頭をかいた。
木村慎二は中学の三年生の時から付き合っている、綾香の彼氏だった。しかし、別々の高校へ進んだ二人は、次第に会う時間が少なくなり、先週の日曜日、彼が他の女の子とデートをしているのを綾香が見てしまったのだ。
珍しく部活が早く終わった土曜日の夕方、綾香は慎二を呼び出した。
「高校へ入って、まだ二ヶ月よ」
「俺たちにとって、二ヶ月は大きいよ」
慎二は綾香の目を見なかった。会ってからずっと、少し俯いたままだ。
そう、彼の言う通りかもしれない。
学生生活にとっての二ヶ月は、沢山のエピソードを作るには十分過ぎる時間だった。
吹奏楽部に所属している綾香にとっては、あっと言う間の二ヶ月だった。
中3で最上級だった部活での待遇も、高校に入れば一気に一番下っ端に逆戻り。
練習前に椅子を並べたり、先輩の楽器を揃えたり、そして、部活が終われば、全ての後片付けがある。
練習は毎日、6時まであり、土日もほとんど練習がある。
慎二が他の女性に手を出した言い訳には十分だった。
綾香も、適当な理由で部活を休み、慎二と会う時間を作る事は可能だったかもしれない。
現に、家の事情などを理由に、時折休む娘も少なくない。
しかし、綾香はそう言う性格ではなかったのだ。
真面目に取り組んでいる部員も多い。
常にレギュラーメンバーともなれば、少々の熱でも部活に出て来る。
綾香は、そっちへ行きたかったのだ。
中途半端はいやだ。別に音楽家を目指しているわけでもないが、やるからには、スペシャリストになりたい。
二人の間には沈黙する時間だけが流れた。
周りの、女子高生や若いカップルの楽しげな話ばかりが、やたらと耳に入ってくる。
こう言う話は、静かな喫茶店でするべきだ。
綾香はそう思って後悔した。
「こめんな、俺、お前を待てそうにないんだ」
慎二はそれだけ言うと立ち上がり、先にハンバーガーショップを出て行った。
綾香は両手の拳を握り締めた。
みんなが見ている、堪えなければ・・・ 堪えるのよ。
テーブルのトレーの上に乗っていたナプキンに、ぽたりと透明な雫が一つ、滴り落ちた。
【藤島綾香編】の後半でヒロトとのエピソードに合流する形になっています。