【第9話】藤島綾香編・2
(藤島綾香編・2)
「おはよう」
藤島綾香に声を掛けて来たのは、入学当初から直ぐに仲良くなった大崎ゆかりだった。
「おはよう」
綾香も笑顔で返して
「今日は自転車なんだね」
「うん。まあね。たまにはカロリー使わないと」
そう言ってゆかりは笑った。
綾香は自転車通学だが、ゆかりは面倒臭いと言っては、しばしば電車で来る。
大通りの歩道を大勢の学生達が行き交う朝の風景。
制服はそれぞれ違うが、だいたい学校の登校時間は何処も同じようなものだから、信号待ちの横断歩道などは、この時間帯に限って、まるで都会の横断歩道並に混雑する。
国道の大きな横断歩道を渡ると、それぞれの学校へ向う為、途端に学生達は散りジリになる。
運河に掛かる橋を渡って、その河に沿ってしばらく走り、途中から住宅街を抜けて、その女子高は在った。
市内では一番、県内でも1、2を争う進学校だ。
昔は高等女学校と言う名前で、戦前から在る由緒ある学校の割には特に厳しい所はない。
昔はかなり厳しい校則に縛られていたらしいが、時代の流れと言うものだろう。
スカートが短いからと注意される事も無い。
藤島綾香は今年高校へ入学した15歳。3月生まれの彼女は、来年の春にならないと16歳にはならない。
綾香の家庭は、極々、普通で、特に説明するほどでもない。ただ、自営業を営む父と母は、サラリーマン家庭に比べれば、年中忙しいかもしれない。
春の暖かい風が教室の窓から吹き込んで心地いい。
校舎の三階の窓からは、遮る建物が無い為、工業港が遥か遠くに見える。
お昼休み、綾香はベランダの手すりに頬杖をついて、遠くを眺めていた。
パルプ工場のプラントが無ければ、水平線とそこに浮かぶタンカーが見えるかもしれない。
天気予報は梅雨入りを宣言していたが、今日も空は晴れ渡っていた。
「どうしたの?」
ゆかりが隣に来て声を掛けて来た。
綾香は考え事をしていた。土曜日の出来事が頭を離れなかった。
もう忘れよう。そうは思っても、悲しい事ほどなかなか忘れる事が出来ないのが人間だ。
「そっか、今日のアヤ、どうりで笑顔に陰りがあると思った」
事情を聞いたゆかりが言った。
入学当初、彼女も綾香の彼氏には会ったことがある。
「けっこう、いい奴っぽかったけど・・・あ、だから意外ともてるのかも」
ゆかりが、そう続けて言うと、遠くを見ていた綾香がちらりとゆかりを見た。
「あ〜あ、やっぱり、全てを投げ捨てて、男一筋な女がいいのかなぁ」
綾香は、空を見上げて呟いた。
「綾香なら、すぐにいい人見つかるって」
ゆかりは、ポンッと綾香の背中を叩いた。




