【第7話】
海岸線沿いに続く道路をゆっくりと流して、大きな駐車場にバイクを停めた。
「こんなに長い海岸線が在ったのね」
彼女が、ヘルメットを脱ぎながら言った。
「俺達は、いつもバイクで遊び回ってるから、少しだけ行動範囲が広いんだよ」
「ふふふ、工業高校の人達って、放課後はみんなバイクに乗ってるよね」
綾香は笑ってそう言いながら、防波堤の階段から砂浜に降りようとしていた。
「みんな、学校には内緒で免許を取ってるけどね」
僕は階段の横から直接砂浜に飛び降りて、階段を歩く彼女の白い手を取った。
少しの間、二人で砂浜を歩いた。
彼女が疲れないように、ゆっくり、ほんとうにゆっくりと・・・・
その世界には、うみネコと僕達しか存在しなかった。
この時、綾香とは初めてまともに手を繋いだ。
白く細長い彼女の指が、僕の指と絡み合った。
華奢で少しひんやりとした手は、何故かとても新鮮で、まるで仔兎を抱いているような気持ちになる。
海から吹く潮風が、片手でかきあげた彼女の黒い髪を大きく揺らしている。
大きく打ち寄せる波しぶきが、風に乗って微かに二人の頬に触れる。
防波堤に腰掛けて、流れる時間を二人で感じた。
「ねぇ、ヒロは誕生日に、何が欲しい」
「え、まだずいぶん先だよ」
「判ってるけど、訊いておきたかったの」
「う〜ん。今は何も浮かばない・・・・綾香がいるから、それでいいや」
僕は、今思ったことを素直に言葉にした。
「そう・・・・」
彼女は少しだけ寂しそうに笑った。
「じゃぁ綾香は?クリスマス、何が欲しい?」
「う〜ん。まだ先だし・・・あたしも、ヒロがいるから・・・でも、何か一つ願いが叶うとしたら、元気な体が欲しいな。そして、ヒロと旅行に行きたい」
彼女は笑っていたが、その水平線を見つめる深い海色のような瞳には、寂しさが映り込んでいる。
底知れぬ深い海のように、寂しく澄んだ彼女の瞳は、瑠璃色ではなく、海色だ。
「じゃ、退院したらまずは、旅行だね」
僕は、彼女に向かって精一杯明るく言った。
「泊まりがいい」
綾香が海を見つめたまま言った。
「泊まり?」
「あ、ヒロ今、やらしい事考えたでしょ」
「そ、そんな事ないよ」
彼女の笑顔が何時もの明るさを取り戻したように見えた。
塩辛い風に吹かれながら、キスをした。
彼女の唇は、少しだけ乾いていたが、僕の唾液で潤いを取り戻した。たぶん僕の唇も乾いていただろう。それは彼女の唾液によって、潤った。
この夢のような時間が永遠に続けばいい。
このまま時間が止まって全てが無くなっても、こうして彼女と一緒の時間を二人で過ごせるなら、僕は何も惜しくは無い。