【第6話】
(十月十日)
日の出と共に、彼女を病院へ迎えに行った。予備のヘルメットも岡本が貸してくれた。
僕は、自宅の近所迷惑にならないように、一つ目の角までバイクを押して行き、そこでエンジンに火を入れた。
キックスターターを軽く蹴飛ばすと、一発でエンジンは始動した。
小気味良くアイドリングするエンジンの音に、僕の心は程よい緊張に包まれた。
彼女はパジャマから外着に着替えてこっそり病室を抜け出し、一階の薄暗い喫煙室の前で待っていた。
その姿を見て、僕は一瞬立ち止まった。
「制服着ちゃった」
少し照れくさそうに笑う制服姿の綾香は、いつもの入院患者ではなく、女子高生だった。
「バイク、大丈夫?」
僕は、少し丈の短い紺色のスカートに視線を落として言った。
彼女は、スカートの裾を少しだけ掴んで
「自転車にも乗るんだから大丈夫でしょ」と笑った。
彼女の手を引いて病院の外へ出ると、さっきまで白み架った朝未来の空は、ほんのりと秋風が香る、みかん色の朝焼けに変わっていた。
「ヒロも学ラン着てくれば良かったのに」
バイクのシートに跨った綾香が言った。
「校則違反バレバレになるよ」
原付バイクの免許は、学校に届を出せば認められるが、自動二輪免許を認めている学校は県内に一校もない。
僕は、教習所で教官を後に乗せた時のように、ゆっくりと丁寧にバイクをスタートさせた。しかし教習の時とは違い、後ろには殆ど重量を感じなかった。
病院の前から伸びる短い直線道路から国道へ左折すると、精一杯クラッチ操作に気を配ってギヤチェンジをした。
2速―、3速―、4速―、5速―
「すごいスピード!」
「怖くない?」
「全然、平気」
彼女の声は高揚する気持ちを露わに、弾んでいた。
そんなにスピードは出していなかったが、身体全体で受けるバイク特有の風と、サイレンサーから発する音が、いっそうスピード感を醸し出したのだろう。
港町のこの辺りでは、海だけ眺めるならすぐ近くで十分だった。しかし僕は、綾香に砂浜を見せてやりたかった。
漁港ではなく、海岸線の続く海を。
産業道路を通り抜け、河口に架る大きな橋を渡って海浜公園を目指した。
橋の上り坂に備えて、六速から五速へ、アクセルを軽く煽りながらシフトダウンした。
重力に逆らって昇り勾配を一気に駆け上がる。
「海だよ、海!すっごい、イイ眺め!」
船の航路を確保する為に大きく山なりに架った橋の、地上高四〇メートルの頂上で、彼女は叫んだ。
少しだけバイクのスピードが上がると、綾香の細い腕が僕の身体を強く抱きしめた。
彼女の柔らかい身体の感触と高鳴る心臓の鼓動が、僕の背中に、あまりにもリアルに伝わる。
焼けたオイルの匂いを掻き分けて、彼女が発する生々しい女性の香を、ヘルメット越に感じた。
河口から広がる海面に際立つ波が、昇り切って間もない朝の太陽に照らされてキラキラと輝いていた。




