【第4話】
【4】
「皆川、お前、あの病院に通ってるだろ」
岡本が、学校で声を掛けて来た。
「えっ、なんで・・・・」
僕は、シラを切ろうとしたが、すでに彼は目撃しているらしい。しかも岡本が入院中、看護婦に妙な事を訊かれたそうである。
「岡本くんの友達って、誰か他にもここに入院しているの?」
看護婦は点滴の針を彼の腕に刺しながら言った。
「はぁ、なんでですか?」
「ほら、よく来ているお友達が、別の病室にも出入りしてるから」
本来なら、こんな会話をしてはいけないはずだが、高校生の事だと思い、看護婦も油断して口が滑ったのだろう。
その時、岡本は身内でも入院したのかと思い、あまり突っ込んだ事を僕に訊かなかったのだ。
その後、退院した彼が外来通院した時に、たまたま僕を見かけて後をつけたら、内科の病室から綾香と一緒に出てきたと言う。
僕は仕方が無く、綾香と出会った経緯を彼に話した。もともと隠すような事でもない。岡本は、「俺のお陰で出会えたんだ」などと、冗談交じりで僕を冷かした。
「でも、彼女、そんな長い間入院してるなんて、何の病気なんだ」
「俺にもよくわからないよ」
岡本はそれ以上訊いてこなかった。僕よりも数段頭のいいアイツは、もしかして何かに気がついていたのかも知れない。
(九月三十日)
その日、綾香の病室へ入ると、窓際の、彼女のベッドの周りにカーテンが引いてあった。
僕は、何がどうなっているのか解らず、入り口付近で足を止めた。
「着替えてるみたいよ」
隣のベッドのオバサンが言った。
隣にいるおばさんは大原さんと言うらしいが、優しく親切だと綾香が前に言っていた。
夜這い発言の、あのオバサンである。
「お母さん?」
オバサンの声と、自分に用のある人の気配を感じたのだろう。綾香が、カーテンの向こうから声を出した。
「あ、俺。学校早く終わったんだ」
「えっ、ヒロ?ちょ、ちょっと待っててね」
彼女は、少し慌てた様子で言った。
彼女がもそもそと、中で動いている気配が伝わってくる。
「ああ。大丈夫だよ。俺、廊下にいるから」
カーテン越しに着替えをする彼女を、少しだけ想像した僕は、気を利かせて廊下に出ようとした。
僕が立ち去ろうとして向きを変えようと思った時、
「あっ」
彼女が声を出した。
閉じたカーテンの裾と床の隙間に何かが落ちてきたのが見えた。
雪のように白くて全体をレース模様が覆い、ひも状のものが着いている物体・・・・・
慌てて鷲づかみで拾い上げる、彼女の白い手が見えた。
「見えた?」
僕の気配がまだ在るのを感じた彼女が、声を掛けて来た。
「えっ、ちょっとだけ・・・」
僕は、つい、正直に言ってしまった。
「きゃー、はずかしい・・・・・」
彼女の声は、恥ずかしさのあまり笑っていた。
「一瞬だよ、ほんの一瞬」
僕は、殆ど見えなかったような言い訳をした。
「廊下にいるからね」僕は続けて言うと、すぐに病室を出た。
着替えと言うから、てっきりパジャマの着替えだと思っていたら、下着も着替えていたのだ。僕は一瞬だけ見えた彼女の雪のように白い下着を思い出して顔中が紅潮して熱くなった。
着替え終わった彼女が病室の外に出てきた。ベージュ色にピンクのチェック柄のパジャマを着て、その上にオレンジ色のカーデガンを羽織っていた。
さっきの事を思い出し、白い頬をピンク色に染めて「恥ずかしい、恥ずかしい」と何度も言っていた。
僕は、「白いモノ」しか見えなかったと、訳の解らない言い訳をした。
一階の病棟を繋ぐ渡り廊下の横から、非常階段へ繋がるコンクリートの通路脇に腰掛けて、裏庭から見える山の木々を眺めながら二人でアイスクリームを食べた。
「今日は制服なのね」
「ああ、今日は学校近くの駅までバイクで来て、そのまま病院に来たんだ。授業が早いの知ってたし、一度家に帰るのが面倒だから」
「もう、学ラン着てるの?」
「中は、半袖だけど」
僕は、学ランの中に来ているTシャツを見せた。
硬派系の連中は、学ランを好む。まだ残暑が尾を引く暑い日でも、Tシャツの上に、直に学ランを着るのだ。
そんな着方に驚いた彼女が
「シャツは?」と言った。
「そんなに着込んだら、暑いじゃん」
僕が笑いながら言うと、思わず彼女も笑っていた。
彼女は、僕のサージで出来た学生服を珍しそうに手で触れ、
「変った生地ね」
そう言って、学ランの裏がどうなっているのかしきりに捲ろうとしていた。