【第20話】
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彼女は既に、この世にはいなかった。
六日前に見たあの笑顔はもう存在しない・・・・
全てが幻のように消えて無くなっていた。
人の死は、こんなにも簡単に訪れるのか・・・・・
よく、大切な人や、気持ちの通じ合う人がこの世を去る時、虫の知らせがあったり、枕元に立たれたり、皿が不吉に割れたりする話を聞いたことがある。
僕はそんな話を少しだけ信じていた。
それなのに、現実は違っていた。
大切な人は、呆気なく自分の知らぬ間にこの世を去っていた。
その瞬間も僕は、学校で友達とくだらない話で盛り上がり、笑い転げていたのだ。
彼女の死の瞬間に、僕は、涙を流せなかったのだ。
彼女は未だ16歳だった。普通の人が仮に80歳まで生きるとしても、その5分の1しか生きる事が出来なかった。
外へ出て駐輪場まで行き、バイクに跨った僕は、ヘルメットを被ったままその場から動く事が出来なかった。
止め処なく溢れ出る涙で、この世の全ての景色が歪んでいた。
その時、僕の心の時間が止まったような気がした。
* * * * * * * * * *
12月5日に初雪が降った。
例年の初雪は、申し訳程度に降るものだが、今年は違っていて、いきなりの本降りだった。
二学期の期末試験が始まった日でもあった。
中間試験の最終日以来、僕の心は蝉の抜け殻のように空っぽで何も無く、体はドス黒い鉛のように重く沈んで、全ての気力を奪い去った。
このまま地球の奥底まで深く沈んで消えてしまいたかった。
岡本や晃一、坂木に正広、友人達はみな僕を元気付けてくれた。近くの女子商業高校との合同コンパにも呼んでくれた。
青臭く、若い心は柔軟で強いのか・・・・・・
僕は少しずつ元気を取り戻す自分に、怨嗟の声が聞こえる思いだった。
初日の試験も終わり、校門前に続く直線の通りを歩いていると、一人の女の子が歩道に佇んでいるのが見えた。
「あれ、女子高の制服じゃない」
僕の斜め後を歩いていた岡本が言った。
県立女子高の制服だ。
綾香の学校の制服・・・・・
バーバリーチェックのマフラーを首に巻き、お揃いの模様の傘を片手に、一人佇む女子高生を、工業高校の男子生徒達が振り返る。
傘に白く積もった雪の量が、彼女の佇んだ時間を示している。
僕も、思わずその制服を見つめた・・・ 綾香もこの制服を着ていたのだ。
「皆川さん」
僕が側を通った時、彼女は僕の名前を呼んだ。
「はっ、はい。そうだけど・・・・」
僕は、訳が判らず立ち止まったが、よく見ると、以前一度だけ会った事のある、綾香の友達のゆかりだった。
「あ、ゆかりちゃん・・・・」
彼女は、髪型が以前と違っていた。
かなり長かったはずの黒髪は、ショートカットへと変っていた。
「お久しぶりです」
垂直に持っていた傘を、軽く右肩にかけて彼女が笑った。
僕は、何を言葉にすればよいのか解らなかった。
どうしてこんな所にいるのか訊こうとしても、言葉が出ない。
彼女は、学生カバンとは別に持っていた、布製のトートバックから小さな箱を取り出した。
白地に緑のギンガムチェックの包装紙に包まれて、ワインレッドのリボンが掛けられている。
「アヤからです」
そう言って、彼女は手に持った包みを差し出した。
「・・・・・」
最初は、彼女の言っている言葉の意味すら理解不能だった。
「アヤ」とは綾香の事だと気が付くのに何秒かかったのか・・・
「なに・・・・?」
僕は、彼女に尋ねた。
「誕生日プレゼントです」
彼女の小さな唇には少しの笑みも無い。
「本当に、綾香から・・・」
僕の頭の中は、降り注ぐ雪に汚染されたかのように真っ白で、思考能力を失っているようだった。
「彼女が買ったものです。もし、何かあった時は・・・そう頼まれていました」
ゆかりの大きな目には、今にも涙が零れそうで、震えた唇が少しだけ微笑んだ。
そう、もう一つ・・・・ 今日12月5日は僕の18才の誕生日だった。
次回【第21話】最終回です。




