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海色の瞳  作者: 徳次郎
20/21

【第20話】

 ・・・・・・・・・・・

 彼女は既に、この世にはいなかった。

 六日前に見たあの笑顔はもう存在しない・・・・

 全てが幻のように消えて無くなっていた。

 人の死は、こんなにも簡単に訪れるのか・・・・・

 よく、大切な人や、気持ちの通じ合う人がこの世を去る時、虫の知らせがあったり、枕元に立たれたり、皿が不吉に割れたりする話を聞いたことがある。

 僕はそんな話を少しだけ信じていた。

 それなのに、現実は違っていた。

 大切な人は、呆気なく自分の知らぬ間にこの世を去っていた。

 その瞬間も僕は、学校で友達とくだらない話で盛り上がり、笑い転げていたのだ。

 彼女の死の瞬間に、僕は、涙を流せなかったのだ。

 彼女は未だ16歳だった。普通の人が仮に80歳まで生きるとしても、その5分の1しか生きる事が出来なかった。

 外へ出て駐輪場まで行き、バイクに跨った僕は、ヘルメットを被ったままその場から動く事が出来なかった。

 止め処なく溢れ出る涙で、この世の全ての景色が歪んでいた。

 その時、僕の心の時間が止まったような気がした。




    * * * * * * * * * *



 12月5日に初雪が降った。

 例年の初雪は、申し訳程度に降るものだが、今年は違っていて、いきなりの本降りだった。

 二学期の期末試験が始まった日でもあった。

 中間試験の最終日以来、僕の心は蝉の抜け殻のように空っぽで何も無く、体はドス黒い鉛のように重く沈んで、全ての気力を奪い去った。

 このまま地球の奥底まで深く沈んで消えてしまいたかった。

 岡本や晃一、坂木に正広、友人達はみな僕を元気付けてくれた。近くの女子商業高校との合同コンパにも呼んでくれた。

 青臭く、若い心は柔軟で強いのか・・・・・・

 僕は少しずつ元気を取り戻す自分に、怨嗟の声が聞こえる思いだった。


 初日の試験も終わり、校門前に続く直線の通りを歩いていると、一人の女の子が歩道に佇んでいるのが見えた。

「あれ、女子高の制服じゃない」

 僕の斜め後を歩いていた岡本が言った。

 県立女子高の制服だ。

 綾香の学校の制服・・・・・

 バーバリーチェックのマフラーを首に巻き、お揃いの模様の傘を片手に、一人佇む女子高生を、工業高校の男子生徒達が振り返る。

 傘に白く積もった雪の量が、彼女の佇んだ時間を示している。

 僕も、思わずその制服を見つめた・・・ 綾香もこの制服を着ていたのだ。

「皆川さん」

 僕が側を通った時、彼女は僕の名前を呼んだ。

「はっ、はい。そうだけど・・・・」

 僕は、訳が判らず立ち止まったが、よく見ると、以前一度だけ会った事のある、綾香の友達のゆかりだった。

「あ、ゆかりちゃん・・・・」

 彼女は、髪型が以前と違っていた。

かなり長かったはずの黒髪は、ショートカットへと変っていた。

「お久しぶりです」

 垂直に持っていた傘を、軽く右肩にかけて彼女が笑った。

 僕は、何を言葉にすればよいのか解らなかった。

 どうしてこんな所にいるのか訊こうとしても、言葉が出ない。

 彼女は、学生カバンとは別に持っていた、布製のトートバックから小さな箱を取り出した。

 白地に緑のギンガムチェックの包装紙に包まれて、ワインレッドのリボンが掛けられている。

「アヤからです」

 そう言って、彼女は手に持った包みを差し出した。

「・・・・・」

 最初は、彼女の言っている言葉の意味すら理解不能だった。

「アヤ」とは綾香の事だと気が付くのに何秒かかったのか・・・

「なに・・・・?」

 僕は、彼女に尋ねた。

「誕生日プレゼントです」

 彼女の小さな唇には少しの笑みも無い。

「本当に、綾香から・・・」

 僕の頭の中は、降り注ぐ雪に汚染されたかのように真っ白で、思考能力を失っているようだった。

「彼女が買ったものです。もし、何かあった時は・・・そう頼まれていました」

 ゆかりの大きな目には、今にも涙が零れそうで、震えた唇が少しだけ微笑んだ。

 そう、もう一つ・・・・ 今日12月5日は僕の18才の誕生日だった。



次回【第21話】最終回です。

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