【第19話】〜藤島綾香編・完結
秋晴れの日が続いていた。
日中は学ランを脱いで、みんなTシャツなどで授業を受けている。
「しかしお前ら、だらしない格好してんな」
などと言う先生も、別にダメだとは言わない。
中間考査の試験が始まる頃、僕は綾香に会いに行く時間が取れなくなっていた。
今回の試験はどうしても良い点数を取る必要があった。
一学期に赤点を取ってしまった科目を、二学期に挽回すると担当教師に約束して、前回の追試や補習を全て無くしてもらった為だ。そんな事がなければ、高校の中間試験日くらいで、彼女に会いに行かないわけが無い。
そして、こんな事なら夏の試験休みに補習を受けていれば良かったと後悔した。
(十月二十三日)
ようやく中間試験が終了した日、僕は六日ぶりに綾香に会いに病院へ行った。
六日ぶりに彼女に会えると思うと、薄暗い古びた玄関も、板張りの軋む渡り廊下も軽やかに歩いた。
エレベーターなど待つ時間が惜しい。
三階までの階段を一段飛ばしで一気に駆け上がった。
いさみ立つ気持ちを押さえて彼女の病室を覗くと、何時もの窓際のベッドは空きになっていた。
シーツは取り去られ、薄いベージュ色の上掛け布団がきれいに三つ折りにたたんである。
僕は、思わず病室の部屋番号を確認したが、部屋は間違っていない。
しかし、病室の入り口にある名前のプレートにも、彼女の名前は無かった。
もしかして、退院したのだろうか。
最近の彼女の、明るい様子の一面しか見ていなかった僕は、そんな能天気な考えしか思い浮かばなかった。
内科病棟のナースステーションに行き、近くにいた看護婦さんに尋ねた。
「どういったご関係の方ですか?」
その看護婦の表情は硬かった。
「いや、友達ですけど・・・・」
僕は、ボソリと言った。
すると、後ろにいた、見覚えのある看護婦が、立ち上がって
「あなた、いつも彼女のお見舞いに来ていた子ね・・・・まだ、聞いてなかったの・・・・・」
よく見ると、ナースキャップの角に紺色の二本線。婦長だ。
しかし、彼女の表情も硬い。
少しだけ優しい笑顔が、僕に不安を過ぎらせた。
点滴の容器を吊り下げたスタンドを押しながら歩く老人が、僕の後ろを通り過ぎて行った。
こうして話している間にも、数人の看護士がステーションを慌ただしく出入りしている。
僕は、不安に後押しされるように言葉を発した。
「あの・・・藤島綾香さんは・・・・」
(藤島綾香編)完結
その日、ゆかりは走っていた。
うろこ雲が天高く浮かぶような、爽やかな秋晴れの日だった。
普段、あまり運動と言うものをしない彼女は、去年の一年分は走ったかもしれない。
病院に着いて、古い階段を駆け上がるとき、息が苦しくて心臓が悲鳴を上げていた。
それでもゆかりは止まるわけにはいかなかった。
「あ、廊下は走らないで」
すれ違った看護士の声など耳に入らなかった。
当然、エレベーターなんて待っている気分じゃない。
しかし階段を上る足が異常に重い。まるで自分の足じゃないようだった。
この病院は、こんなに大きかっただろうか・・・・
この階段は、こんなに長かった?・・・・
三階に到達した最後の段で、ゆかりは躓いてしまい、転びそうになって前のめりに膝を着いた。
「痛っ」
スカートだった為、擦りむいた膝から血が滲んでいたが、ゆかりは直ぐに立ち上がって再び走った。
ナースステーションに隣接するICU(集中治療室)の前に彼女が辿り着いた時、そのベッドに横たわる少女の身体には、白い布だけが掛けられていた。
その少女の身体は、やたらと小さく見えた。
ゆかりは大きく肩で息をしなが、らその光景を見つめていた。
酸欠気味の彼女の脳細胞は、視覚から入った情報を現実なのか幻覚なのか判断するのに時間がかかった。
一度は取り付けたであろう人工呼吸器は取り去られ、バイタルサインを示す機器類の電源は、全て落とされていた。
ベッドサイドにいる綾香の両親の姿は、しばらくの間、ゆかりの目には入らなかった。
(藤島綾香編END・本編につづく・・・)




