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海色の瞳  作者: 徳次郎
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【第17話】藤島綾香編・10

(藤島綾香編・10)


 夏休みも終わりを告げ、9月に入ったにも関わらず、夕暮れの裏山では、蜩の鳴き声が響き渡り喧騒に満ちている。

 裏山から吹く夕方の風は、大分涼しくなっていた。

 蝉は寒くないのかな?などと、綾香は思ったりした。

 自分はパジャマの上にカーデガンを羽織っていたからだ。

 彼女は、一階の渡り廊下から見える、緑の木々を眺めながら、降りしきるセミ時雨に呑み込まれるように、ギシギシと軋む床を踏みしめてゆっくりと歩いていた。

 歩く場合は、出来るだけゆっくり、そして、少し散歩などをする場合は頻繁に腰掛けて休憩するようにと、担当医師から言われていた。


 向かい側から車椅子を押した男性が来た。

 右足にギブスを着けている為、重さが釣り合わないのか、右に左にギクシャクと蛇行している。

 それとも入院して間もないのだろうか。

 一階の渡り廊下は狭い為、綾香は一度立ち止まって隅へ避けようとしたが、車椅子が蛇行している為、どちらに避けようか戸惑ってしまう。

 何とか上手く避けると、車椅子の男が一礼して

「蝉、うるさいね」

 と、微笑んだ。

 綾香も微笑んで

「そうですね」

 車椅子が自分を通り過ぎてから、彼女は再び歩き出した。


 本館の階段前の踊り場に出ると、幾つかの自動販売機が在る。

 外来の待合ロビー近くには、もっと色々な自販機があるが、ここが彼女の病室から一番近いのだ。

 綾香は持って来た小銭入れからお金を取り出すと、自販機に入れて、ボタンを押した。

 ガコッと小さな音はしたものの、ジュースが落下した感じはしなかった。

 少し、怪訝に思いながら取り出し口に手を入れると・・・

 やっぱり何もない。

「はぁ・・・・ついてないなぁ・・・・」

 綾香は肩を落として溜息をつくと、少し考え込んで、自販機を叩いた。

 重い自販機は、綾香の非力な力で叩いても揺すっても、びくともしない。

「もう・・・・また、お金取りに戻らなくちゃ・・・」

 中味を確かめずに持って来た小銭入れには、1円と5円玉を足しても185円しか入ってなかったのだ。

「神様って不公平だな。何も、今のあたしにこんな事しなくても・・・・」

 さすがの綾香もつい独り、愚痴が出てしまう。

 タイミングよくゆかりでも来ないかな、などと辺りを見回しても、そう都合よくは行かない。

 無駄な努力と判っていても、彼女は再び自販機を叩く。

 やはり、仁王立ちした自販機はびくともしない・・・・

 それでも、どうにか、ちょっとくらい揺れないかと、次第に夢中になる。

日曜日の病院内は、薄暗く閑散として、小さな窓から差し込む西日だけが少し眩しかった。

「どうしたの?」

 綾香はいきなり死角から声を掛けられて、ビックリしたのだった。


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