【第14話】藤島綾香編・7
(藤島綾香編・7)
「木村慎二くん?」
「キミは・・・・」
「大崎ゆかりです。前に一度」
「ああ、綾香の友達の」
ゆかりは、以前の綾香の彼氏だった、慎二の学校の前に来ていた。
男子高の為、校門を出て来る生徒は、みんな彼女と慎二を視界に収めて行く。
それが、少し鬱陶しいように慎二は
「どうしたの?」
「アヤが、入院してるんです」
「あぁ・・・・噂で聞いた。春からずっとなんだって」
「一度くらい、お見舞いに行ってあげてください」
ゆかりは、慎二の目を真剣に見つめた。
「でも、俺、もう関係ないし・・・・別れて一年も経つんだぜ」
ゆかりの視線から慎二は目をそらした。
綾香が好きだった男。それが、今、こんな態度を見せる事が、ゆかりは悲しかった。
「そんな・・・中学からの付き合いだったんでしょ。お見舞いくらい」
ゆかりは、唇をかみ締めた。
「俺が行ったからって、どうにもならないんだろ」
慎二は俯き加減で言った。
「どうにもって、どう言う意味?」
ゆかりはキッと睨んだ。
「いや、とにかく・・・関わりたくないんだ。じゃぁ、俺、約束があるから」
慎二はそう言って、自転車のペダルを踏んで、ゆかりの前から消えて行った。
* * * * * * *
何もしない、何処にも行かない夏は足早に通り過ぎようとしていた。
それが、綾香にとって、長いのか、短いのか、それすら測る目安は無かった。
毎日同じ時間に起きて、決まった時間に3食の食事をとって、同じ時間に眠る。
検査の時間意外は、ほとんど自由だったが、出来るだけ立ち上がって動き回る事はせず、安静にするよう言われていた。
花火大会の日、空気を振るわせる打ち上げ花火の音だけが病室に聞こえてきて、余計に切ない気持ちになった。
「去年の夏は、ゆかりと浴衣を着て、花火を観に行ったっけ」
何となく、呟いた。
綾香は、静かに目を閉じて、ドンッ、ドンッと胸に響く音を聞きながら、些細な想い出に浸っていた。
「アヤ」
小さな声に呼ばれたが、最初、綾香は空耳だと思った。
就寝時間ではないが、隣のベッドのカーテンは閉められていて、綾香のベッドも、半分カーテンを引いていた。
「アヤ」
その小さな声は、気のせいではないようだ。
綾香はゆっくりと頭を持ち上げた。
ゆかりが立っていた。
「面会時間終わっちゃったよ」
綾香は言った。
「大丈夫でしょ、少しくらい」
ゆかりは、手に持っていた小さなビニール袋を見せて笑った。
「何?」
それは、縁日で取ってきた小さな金魚だった。
「今年はあたしも取れたよ」
ゆかりは子供のような笑みで言った。
綾香は、ゆっくりと起き上がると、ゆかりと一緒に近くの休憩ロビーまで歩いた。
「病室じゃ、金魚なんて飼えないよ」
「それぐらい判ってるよ」
「花火、観に行ったんじゃないの?」
「観たよ。途中まで」と、ゆかりは笑って
「アヤに金魚見せてやろうと思ってさ」
ゆかりは、彼氏を外に待たせて、お祭りの夜に一人でいる綾香に会いに来たのだった。
花火のラストを飾る、ナイアガラとスペシャルスターマインを観れずに、ゆかりの彼氏は少しだけ不機嫌になったが、ゆかりにとって、今は綾香の方が大切だった。
それに、彼氏自身も、そんな友達思いのゆかりが好きなのだ。
「今年は浴衣着なかったの?」
「一人で着てもつまんない」
ゆかりはそう言って「はい、差し入れ」
もう一方の手に持っていたコンビニの袋からハーゲンダッツのアイスを取り出して、綾香に渡した。
「なんか、溶けかけてる・・・」
二人で、アイスを食べながら笑った。
スペシャルスターマインの連続して打ち上げられる音が、窓の外に見える暗闇を震わせていた。
綾香は、ゆかりの持って来た金魚の入ったビニール袋を指で突いて
「ありがとう、ゆかり」
ゆかりは、スプーンを咥えたまま、少しだけ照れた笑いを浮かべた。
涙が込み上げて来たが、うまく堪える事ができた。




