【第12話】藤島綾香編・5
(藤島綾香編・5)
初めてその症状が現れたのは、夏の合宿の時だった。
朝からがむしゃらに照りつける太陽は、あっという間に真夏日の気温へと大気を熱していた。
晴れ渡る空の彼方には、入道雲が背伸びをしている。
校舎の外れに、合宿や会合?の為の会館が在る。
シャワーやキッチン、布団も常備している為、寝泊りはそこで行うが、練習は音楽室と空き教室を使う。
春、秋ごろは屋上で練習する事もあるが、この炎天下では忽ち全員がダウンするだろう。
教室の窓を全開にしても、生温い風が吹き抜けるだけで、いっこうに涼しさは感じられない。
綾香は、この日、朝から体調が良くなかったが、初めての合宿の疲れだろうと思っていた。
暑いのはみんな同じ。自分だけ、休んで涼む訳にはいかない。
しかし、合宿の疲れにしては、彼女の血圧は下がりすぎていた。
この頃になると、合奏のパートも在る程度決められ、一年生も混ざって演奏をする曲がある。
肺活量を要して息を吐き続ける楽器の演奏は、綾香の体調を悪化させていた。
綾香は、目の前がグラグラと揺れるのを感じた。
おそらく、揺れているのは景色ではなく、綾香本人だったのだろう。
既に譜面は読み取れなかった。
視界が狭まり、目に映るものが白黒写真のように色を失った。
そして突然真っ暗な闇に包まれた。
ダンッ!
「きゃっ」ガラガラッ・・・
腰掛けていたにも関わらず、綾香は前のめりに倒れた。
彼女はフルートを担当していた為、持ち物は小さかったが、綾香が前のめりに倒れた時、前に座っていたトロンボーン奏者の娘もいっしょにひっくり返ったのだ。
声をあげたのは、トロンボーン奏者の娘だった。
演奏に夢中だったみんなは、何が起きたのか一瞬、判らなかった。
「アヤ!」
バタバタと保健室に駆け込んできたのは、ゆかりだった。
「ああ、ゆかり。学校、来てたの?」
綾香は保健室のベッドでおっとりと微笑んだ。
「うん。英文のレポート出しに来た所。アヤ、平気?」
ゆかりは、何時に無く、心配そうな顔だ。
「大丈夫。多分、貧血ね。この暑い中、そんなに走って、顔が汗だくよ」
綾香の笑顔は穏やかだった。
とりあえず、ゆかりは一息ついて、ハンカチで汗を拭った。
校舎の影に位置する保健室の窓からは、心地よいそよ風が流れ込んで、白いカーテンを揺らしていた。
綾香は、結局、合宿を途中で断念し、自宅へ帰る事になった。
そして、翌日になっても起き上がれなかった彼女は、母親の勧めで病院へ検査に行った。




