無職になろう
僕は晴れて無職になった。
高校を卒業し、地元の工場に勤めた。上司や同僚との仲もさほど悪くなく、仕事終わりにご飯へ行くこともあれば、休日に遊びへ誘われることもあった。振り返ってみれば、いい環境だったと思っている。
しかし辞めた。
仕事の内容に不満があったわけでもなく、人間関係のもつれもなく、給料が極端に低かったわけでもない。何か大きな出来事があったわけでもない。
「ほんとに辞めるの? 何かあったなら相談に乗るよ?」
そう言ってくれた直属の上司には頭が上がらない。最後まで僕のことを気にかけてくれていた。
けれど、自分にはたいそうな理由があったわけでもなかったから、曖昧に笑ってごまかすことしかできなかった。
送別会も開いてくれた。職場の大半の人が僕のために集まって催しをしてくれたことにも感謝はしている。
「次は何の仕事するの?」
「やりたいことのために仕事を辞める決断ができるってすげー」
「応援してるからな」
同僚や上司から振られる話を、のらりくらりとかわしながら、終始楽しく終えることができたと思う。
みんなは、僕が何か目標を見つけて、そのために前へ進む人間だと思っていたようだ。
ただ、勘違いを訂正することもはなく、最後まで笑ってその場を過ごした。
じゃあ、なんで辞めたのかって?
ただ何もしないでいい時間が欲しかった。
幼稚園、小学校、中学校、高校、社会人。
こんなふうに人生を歩いてきて、一番長く休んだのは、おそらく小中どちらかの夏休みだ。長くて一ヶ月。
もちろん、それには部活や宿題、友達との交友関係など、合間合間にやるべきことがあった。
本当に何も考えず、そして何も考えなくていい時間が、人生の中でどれだけあっただろうか。
次の予定を気にして、明日の準備をして、将来のことを考えて、生きてきた。
おそらくこのまま働き続ければ、定年して退職するまで、あと四十年近くそんな時間は訪れない。
そんな人生で果たしていいのか。
ただ働くために生きているような、今の生活でいいのか。
そう考えて、考えて、考えて。
辞めるに至った。
やめようと思ってから辞めるまでにかかった時間は、およそ半年。
僕のやっている仕事を後輩に任せるための教育と、退職届などの書類の作成。不思議なことに、それまで面倒だと思っていた仕事も苦ではなくなった。
終わりが見えているというだけで、人はこんなにも気持ちが軽くなるのかと、自分でも驚いたくらいだ。
正直、あの時期の仕事はとても楽しかった。
親には言っていない。
僕は一人暮らしで、ほとんど実家に帰ることはない。
それに、とても過保護だったから、辞めると言ったら間違いなく止めに入るだろう。
心配してくれていることはわかる。
ただ今の自分にとって、その優しさは少しだけ窮屈だった。だから何も言わずに辞めた。
やりたいことも、行きたい場所もない。
叶えたい夢も、目標もない。
だけど、きっとこれからの数年で見つけられる。
見つからなくても、その時間ごと楽しめれば、それでいい。
そんな根拠のない期待だけを胸に抱いて。
僕は晴れて無職になった。




