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第四話 いただきます

私は台所にいた。

袋から出され、水で洗われる。

冷たい水が身体を流れていく。

暗闇の中にいた頃には知らなかった感覚だった。

初めて見るものばかりだった。

蛇口から流れる水。

窓から差し込む光。

遠くに見える青い空。

私は思わず見入ってしまう。

世界は思っていたより広かった。

もっと早く知りたかった。

もっとたくさん見てみたかった。

やがて私は鍋に入れられる。

湯気が立ち上る。

身体が少しずつ柔らかくなっていく。

終わりが近づいていることを感じた。

怖くないと言えば嘘になる。

だって私は、まだ世界を知らない。

光を見たのも、ついさっきだ。

風の匂いも。

空の色も。

人間たちの暮らしも。

何もかも、これからだったはずなのに。


食卓に並べられる。

人間たちが席につく。

誰かが今日の出来事を話している。

誰かが笑う。

誰かが頷く。

何気ない夜だった。

特別な日ではない。

けれど温かかった。

そして、一人が言った。

「いただきます。」

私はその言葉を初めて聞いた。

意味は分からない。

けれど、その声には何か大切なものが含まれている気がした。

やがて私は食べられる。

少しずつ、自分という形が失われていく。

その中で私は考えていた。

私の人生は何だったのだろう。

暗闇の中で伸び続けた日々。

見たこともない光を信じた時間。

あれには意味があったのだろうか。

答えは分からない。

ただ、一つだけ分かることがあった。

私は確かに生きていた。

暗闇の中で迷いながら。

信じたり疑ったりしながら。

それでも上を目指していた。

その時間は誰のものでもない。

私自身の時間だった。


ああ。

光の下で育つということを知ってみたかったな。

私はまだ、この世界をほとんど知らない。

だから本当は、もう少し生きていたかった。

もっと見たかった。

もっと知りたかった。

もっと確かめたかった。


人間が言う。

「ごちそうさま。」

その言葉を聞いたのを最後に、

私の世界は静かに終わった。

光が何だったのか。

生きる意味が何だったのか。

結局、最後まで分からなかった。

けれど。

暗闇の中で上を目指した日々だけは、

確かに私のものだった。


おわり

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