光明
チェンミとの国境を閉鎖してから五年が経った。
僕は三十歳になり、結婚して子どもも生まれた。瘴気吸収機の功績で、男爵に列せられた。
チェンミがどうなっているかは、わからない。
伝書鳥が飛ばなくなり、郵便が届かなくなった。商人の行き来もなくなった。
チェンミの方角を見れば、空がどんよりしている。自然発生の雲ではなく、瘴気だろう。
高確率で、「空気清浄機」なるものがいくつか爆発して瘴気まみれの国になっていると思う。
母の墓も瘴気に汚染されていると考えると、少し切なくなる。
生存が気になるのは、魔術研究会の中の数人くらいだ。彼らには悪いと思うが、違法に複製を作った人たちを恨んでほしい。
――いや、むしろ、複製に加担していたかもしれない。
学生時代に研究に接していたので、協力しろと言われる姿が想像できる。それなら泥棒の共犯者だ。
安全装置に気付かなかったなら、研究者としての危機意識がなかったと――僕を恨まないでくれ。
晴れた日に子どもと散歩しながら、小高い丘に来た。
子どもはシロツメクサとアカツメクサで花冠を編み始めた。
僕はその側に座り国境の方角に向かって、手を合わせる。
間に山があるので、祖国チェンミの景色は見えないけれど。
ずるいことを考えないで、ちゃんと国同士で話し合おうとすれば良かったのに。そうしたら、危険性もちゃんと伝えられた。
こちらの提案を蹴って、現物を盗んで自分の手柄のように振る舞ったせいだ。自業自得だ……と言ったら、人道的に非難されるだろうか。
だけど研究成果を盗まれたことを、僕は許せない。
そして開発者に話を聞こうともせず、危険性を軽視して模倣品を作った人間も、売買した人たちも……。
来月になったら、反対側の山を挟んだ国から解決の糸口が来るかもしれない。
その国では、光魔法で瘴気の元を浄化しているそうだ。
その人が我が国にやってくる。
曰く、国中を旅する生活をやめたいと。各地に装置を設置してフィルターを浄化すればいいのなら、そうしたいそうだ。
人は瘴気を避けて定住するから、僻地で野宿ばかりの生活なのかもしれない。
ふいに、実家の使用人たちの顔が浮かんだ。そういえば、優しくしてくれた彼ら、彼女らはどうしているのだろう。
今まで思い出さなかったのが、不思議なくらいだ。
指が震えた。
上に立つ者が愚かだと、下の者たちが犠牲になる。金儲けのために装置を盗んだ奴はどうなってもいいが、被害は本人だけに留まらない。貴族は家族だけを守り、使用人を見捨てるだろう。状況がわからない平民たちは――
そんな事態に対して、権力のない研究者ができることはない。だから、事前に危険性を説明して安全対策を取る。
自分のせいではないと思いたい。だが、無関係だと言い張るのは、無理があるような気がする。
直接、加害したわけじゃない。冷たかった父や人でなしの継母に、仕返しをしようと意図したわけでもない。
僕は技術を盗まれた被害者なんだ。
そう考えようとしているのに、心臓が締め付けられるように苦しい。
父は愛情をくれなかったが、衣食住と教育のための金は出してくれた。
恨みが先に来て今まで感謝できなかった。利用しようとする態度に腹が立った。
けれど――
「ごめん」
そう呟いて、今度は心から手を合わせる。
子どもができたばかりの花冠を、僕の頭に乗せてきた。
「父さま、あげる。上手にできたでしょ?」
十二年前には草も生えていなかった丘に、爽やかな風が吹いた。




