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後宮入りを迫られたので、暴君を孕ませました

作者: 熾星
掲載日:2026/07/07



 皇帝は私の容姿を気に入り、私を後宮に入れようとした。

 やんわり断ると、彼は私の家族を皆殺しにしたうえで、改めて私に尋ねた。

 それでも後宮入りを拒むのか、と。

 私はその場で笑いながら、彼の腕の中へ身を預けた。

 誰も知らない。

 私は千年を生きる石の妖で、生まれつき、どんな生き物にも子を宿らせる異能を持っている。

 入宮してから、私は毎日、彼に「滋養の薬湯」を飲ませた。

 彼は吐き気に苦しみ、魚や肉の匂いを嗅いだだけで顔色を変えるようになった。

 かつて人を殺すことに眉ひとつ動かさなかった暴君の腹は、日に日に丸みを帯びていく。

 やがて彼は、私が選んだ薄桃色の衣をまとい、床に膝をついて崩れ落ちた。


「月、頼む……私は産みたくない……」


 私は彼の耳元で、そっと笑った。


「陛下。もう胎の音は、ずっと私の耳に響いておりますよ」


 皇帝は私が怯えると思っていたのだろう。

 けれど私は、満面の笑みで彼の懐へ入った。

 彼は知らない。

 私は断崖の下で天地に育まれた石の妖で、生まれつき気まぐれな性分だ。

 子を宿させ、産ませる力を持っている。

 残虐で人殺しを好む皇帝に、私の子を産ませる。

 それほどふさわしい罰は、ほかにない。



 1

 私が後宮へ入った日、宮中はたいして騒がなかった。

 今の皇帝は女好きで、微服で外へ出るたびに新しい女を連れ帰ってくる。両手の指では数え切れないほどだ。

 先月入宮したばかりの虞美人などは、哀れむような目で私を見て、またひとり可哀想な人が増えたと小さく息をついた。

 けれど私が一か月続けて寵愛を受け、月常在から月嬪へ昇ったころ、宮中の女たちは黙っていられなくなった。

 最初に我慢できなくなったのは、貴妃派の常美人だった。

 常美人は柳の枝のように細くしなやかな女で、手には金細工を施した芭蕉扇を持っていた。扇に埋め込まれた紅玉が、いやにきらきらと光っている。


「月嬪は本当に運がよろしいのね。羨ましいわ」


「ただ、少し気になっただけなの。どうやって陛下をそんなに長く引き留めていらっしゃるのかしら」


 常美人は芭蕉扇をゆっくり動かしていた。

 その目の底にある嫉妬は、隠しようもなかった。

 私は何も知らないふりをして首を傾げた。


「特別なことなど、何もしておりません。陛下が一時の気まぐれで、私のところへお越しになっているだけです」


 常美人はさらに探ろうとしたが、私はそのたびにのらりくらりとかわした。

 結局、彼女は不機嫌そうに去っていくしかなかった。

 私の寝殿にいる小石の妖たちを見つけられるわけにはいかない。

 あれは私の退屈しのぎに欠かせない、可愛い玩具なのだから。

 常美人が帰った直後、宮中にふたつの噂が流れた。

 ひとつは、皇帝が再び微服で外へ出るらしいという噂。

 もうひとつは、私がまもなく寵を失うという噂だった。

 果たして翌日、皇帝はまた庶民の服に着替えた。

 もっとも、内側に見える明黄色は、あまりにも目立っていたけれど。

 数日もしないうちに、皇帝は慌ただしく戻ってきた。

 戻ったときには機嫌が悪く、ついでにひとつの村を滅ぼしていた。

 今回は美人を連れ帰ることもなく、そのまま私の寝殿へ来た。

 一夜が明けると、皇后までもが動き出した。


「月嬪。陛下には御子が少ないのです」


「一時の嫉妬で、ほかの妃嬪たちが陛下の子を授かる機会まで妨げてはなりませんよ」


 皇后は上座に腰掛け、穏やかな口調のまま、はっきりと私を牽制した。

 子を増やすこと。

 それなら簡単だ。

 私は柔らかく微笑んだ。


「肝に銘じます」


 その夜、私は皇帝の腕の中に寄り添い、少しだけ顔を上げた。

 目元には、いつものように従順な色を浮かべておく。


「陛下。私たちにも、子が欲しゅうございます」


 皇帝の顔が一瞬で曇った。

 手元の玉杯が床に叩きつけられ、砕け散った破片が私の頬をかすめる。


「自分の身の程をわきまえろ、月嬪」


 皇帝はその一言を残して出ていった。

 侍女の春華が、皇帝は貴妃のところへ向かったと教えてくれた。

 私は頬の血をそっと拭い、ほっとしたように笑った。

 ようやく行ってくれた。

 この一か月あまり、私は小石の妖たちとまともに牌遊びもできていない。

 ちょうど手がむずむずしていたところだった。

 その夜、貴妃の寝殿と私の寝殿は、どちらも灯りが消えなかった。

 翌朝の挨拶で、貴妃は遅れてやって来た。

 しかも身に着けていたのは、皇后の正装を思わせる鮮やかな紅の衣だった。


「皇后さま、遅くなってしまいました。お咎めにはなりませんよね?」


 貴妃の言葉には、皇后へ向けた得意げな棘があった。

 皇后は喜怒を顔に出さず、端正な態度のまま微笑んだ。


「貴妃は昨夜お疲れだったのでしょう。本宮が責めるはずもありません」


 皇后が淡々としているせいで、貴妃は興をそがれたらしい。

 彼女はすぐに、脇で菓子を食べていた私へ目を向けた。


「月嬪の寝殿も、昨夜は一晩中灯りがついていたと聞いたわ。陛下が私のところへいらしたのが、そんなに悔しかったの?」


 私に対しては、貴妃は少しも遠慮しなかった。

 彼女は見下すように目を細める。


「けれどね、月嬪。後宮で一番大切なのは、自分の分を知ることよ」


「欲張りすぎると、身も心も砕け散って、二度と戻れなくなるわ」


 最後の言葉を、貴妃はことさら重く言った。

 私は何の反応も返さず、食べかけの菓子を手にしたまま、ぼんやり彼女を見つめた。

 貴妃は知らない。

 私たち石の妖は、天に昇ろうと地に潜ろうと、刀の山だろうと火の海だろうと、恐れるものがない。

 たとえ星屑ほどに砕け散っても、また身を作り直せる。

 私は少し不思議になって、貴妃を見上げた。


「私は、そういうものは怖くありません」


「貴妃さまは怖いのですか?」


 心から尋ねただけなのに、貴妃は胸を押さえて激しく息を乱した。

 そして、私とは今後一切相容れないと、強い口調で言い放った。



 2

 貴妃の脅しは、ただの言葉では終わらなかった。

 挨拶が終わったその日の午後、私の寝殿に死んだ猫が置かれていた。

 床の上に横たわる真っ白な猫は全身を血に染め、腹の内側をすっかりえぐられていた。残っているのは、皮と骨だけだった。

 春華が汚れた寝具を片づけようとする。

 私はその猫を抱え、小石の妖たちの前にしゃがみ込んだ。

 そして、空っぽになった猫の腹へ入るよう命じた。

 それ以来、月華宮には一匹の真っ白な猫が増えた。

 腹に残る傷痕は、見る者の目を奪うほど痛々しい。

 私はその子たちに、夏煙という名をつけた。

 翌日の挨拶で、私が夏煙を抱いて皇后宮へ現れると、最後にやって来た貴妃は寝殿の入口で腰を抜かした。

 いつもは艶やかで美しい顔が、恐怖で歪み、真っ白になっている。


「どうしてそれがここにいるの!」


 貴妃は震える指でこちらを指した。

 彼女が言っているのは私なのか、夏煙なのか。

 あるいは、その両方なのかもしれない。


「にゃあ」


 夏煙の碧い目が、瞬きもせず貴妃を見つめた。

 その爪がわずかに持ち上がり、腹を貫く傷痕が露わになる。

 それは余すところなく、貴妃の目に焼きついた。


「きゃあああ!」


 悲鳴のあと、貴妃は寝殿の入口で気を失った。

 足元からは、鼻を突く臭いが広がっていた。

 貴妃は恐怖で失禁したのだ。

 挨拶に来た妃嬪たちは皆、その醜態を目にした。

 この一件は、宮中で長く語られる笑い話となった。

 ただひとり、皇后だけは、その日ずいぶん長く私を見つめていた。

 それからしばらく、貴妃の宮からは何の動きもなかった。

 醜態をさらしたため、宮にこもっているのだという者もいた。

 肝を潰してしまい、昼も夜も寝殿でうわ言をつぶやいているのだという者もいた。

 貴妃がようやく姿を見せたのは、皇后の生辰の宴だった。

 皇帝と皇后は高座に並び、その下には後宮の妃嬪と、朝廷重臣の家族が順に席を連ねている。

 嬪位を得た私にも、この宴へ出る資格があった。

 宴が半ばに差しかかったころ、貴妃が突然立ち上がり、私が彼女を害そうとしたと訴えた。


「陛下、月嬪が私を害そうとしたかどうかは、月華宮を調べればすぐに分かります」


 私はすぐに察した。

 貴妃は私の宮に何か仕込んだのだ。

 皇帝は顔を曇らせ、捜索を命じた。

 結果は当然、何も出てこなかった。

 時間と手間だけを浪費させられた皇帝は、貴妃に弄ばれたと感じたらしい。

 彼は激しく怒り、その場で貴妃に三か月の禁足を命じた。

 貴妃には、どうしても理解できなかっただろう。

 万にひとつの隙もないはずの策が、なぜ私には通じなかったのか。

 彼女は知らない。

 私の寝殿には、上から下まで小石の妖たちがいる。

 貴妃の八字を刺した呪詛人形は、とっくに粉々になり、跡形もなく消えていた。

 私はただ、小石の妖に私の身体から剥がした石をひとつ、貴妃のもとへ投げ入れさせただけだ。

 石の妖の身体から取れた石は、生まれつきひどく強欲で、人の運を吸い取る。

 運を吸い尽くすころ、その石は割れて血を流し、運を奪われた者は突然死する。

 貴妃が呪詛を好むのなら、私は呪詛よりもずっと強い贈り物をしてあげよう。

 貴妃が寵を失うと、宮中の妃嬪たちはそわそわし始めた。

 けれど皇帝は、何日も続けて私の宮に滞在した。

 私が失寵すると信じていた者たちは、皆、驚きを隠せなかった。

 皇后は毎朝の挨拶のたびに、子を増やすことの大切さを口にした。

 分かっている。

 ちゃんと分かっている。

 だから私は、また皇帝に子の話をした。

 今度の皇帝は怒らなかった。

 ただ、しばらく黙って私を見つめていた。


「月。おまえは身分が低く、血筋も正しくない」


「子のことは、もう口にするな」


「私たちは普通の夫婦のように過ごせばいい。そうだろう?」


 皇帝は口づけで私の唇をふさいだ。

 彼は私の細い腰と、清らかに見える顔を好んでいる。

 だから、従順な私にはまだいくらかの忍耐を見せていた。

 それ以上のものは、何もない。

 皇帝は子の話はもう終わったと思っていた。

 けれど私は知っている。

 私は最初から、彼の意見を聞いているのではない。

 ただ、知らせているだけだ。

 夜半、私は皇帝の腕の中で横になり、静かに彼の寝顔を眺めていた。

 片手を伸ばし、彼の下腹をそっと撫でる。

 くすぐったかったのか、皇帝は私の手を握り、甘やかすような声で、いたずらをするなと言った。

 私は穏やかに笑った。

 血筋が正しくない?

 そんな心配はいらない。

 あなた自身の身体から生まれる肉より、純粋な血筋がほかにありますか。

 陛下。

 あなたの胎の音は、もう私の耳に響いております。



 3


 近ごろ、陛下は体調を崩していた。

 時折ひどい吐き気を覚え、魚の匂いを少し嗅いだだけでも顔を背けるようになった。

 侍医長にも原因は分からず、ただ疲労だとしか言えなかった。

 そんなとき、私は自ら煎じた薬湯を持って勤政殿へ向かい、ひと口ずつ皇帝に飲ませた。

 宮中の妃嬪たちもそれを真似したが、私以外の湯は匂いを嗅いだだけで皇帝が吐きそうになる。

 やがて皇帝は、勤政殿への出入りを私ひとりにしか許さなくなった。

 貴妃は寝殿で歯ぎしりしていたそうだ。

 けれどまだ禁足中であるため、自分で動くことはできない。

 彼女は配下の者に手を回させた。

 面白いことに、今回使われたのも、あの柳のように細い常美人だった。

 常美人は嫉妬深いわりに頭が回らない。

 私の薬湯に薬を盛るなど、あまりにも分かりやすいことをした。

 しかも毒だ。

 死にはしないが、全身が耐えがたい痒みに襲われるものだった。

 それはいけない。

 皇帝の皮が厚いのは構わない。

 けれど皇帝の腹の中にいる子に、そんな苦しみを味わわせるわけにはいかない。

 私はすぐに小石の妖たちへ命じ、その薬湯を貴妃の小厨房へ運ばせた。

 ついでに貴妃の食事の献立を書き換え、私の十全大補湯も加えておいた。

 まもなく、貴妃が林妃へ降格されたという知らせが届いた。

 皇帝はその日、ふと貴妃を思い出し、彼女の宮で少し食事でもしようとしたらしい。

 ところが中へ入った途端、衣の乱れた貴妃が目に入り、その首筋には掻きむしった赤い痕がいくつも残っていた。

 皇帝が来たとき、貴妃はまだ身体を掻いていたという。

 私はそれを聞いて、愉快でたまらなかった。

 その後、常美人は貴妃――いえ、林妃に御花園で一日一夜跪かされた。

 気を失ってようやく終わったそうだ。

 この一件のあと、皇帝は林妃を見舞う気も失ったらしい。

 毎日、私のところへ食事に来るようになった。

 そして私は月嬪から月妃へ昇り、一時的に林妃と同じ位に並ぶことになった。

 宮中の妃嬪たちは慌てた。

 皇帝は確かに女好きだ。

 けれど宮外から連れて来た女は、多くても嬪止まりだった。

 例外は私だけ。

 規則を何より重んじるこの皇宮で、例外を好む者はいない。

 皇后も同じだった。

 ただし、彼女は皇后である。

 貴妃のようにあからさまに私を狙うことはせず、実家の者を使って朝廷に「月妃は妖妃だ」という噂を流させた。

 私の寵愛は厚すぎ、昇進は早すぎた。

 そのため、妖妃という噂を信じる者は多かった。

 臣下たちは次々と上奏し、皇帝を諫めた。


「陛下、美色に溺れ、天下国家を誤ってはなりませぬ」


 皇后の父である丞相は、腰を低く折り、いかにも忠臣らしい姿を作っていた。


「陛下、どうかご再考を」


「どうかご再考を」


 殿内に朝臣たちの声が響いた。

 皇帝の顔は、目に見えて険しくなっていく。

 近ごろの皇帝は食欲がなく、眠りも浅い。

 ちょうど苛立ちやすい時期だった。


「それで、おまえたちはどうしろと言うのだ」


 皇帝の声は冷え切っていた。

 丞相が真っ先に進み出る。


「陛下、どうかご再考を」


「皇室の血を広げることは何より重要です。ひとりの妃だけに溺れてはなりませぬ」


 皇后は丞相に、くれぐれも皇帝を怒らせてはならないと伝えていた。

 彼女は前朝から圧力をかけ、皇帝に私を殺させようとしたわけではない。

 もっと穏やかな言い回しを選んだつもりだったのだろう。

 けれど枕を並べる妻である彼女でさえ、最近の皇帝の変化に気づいていなかった。

 妊娠初期の男は、気分が不安定になりやすい。

 まして皇帝は、もともと気まぐれで残忍な君主だ。

 皇帝は低く笑った。


「丞相がそこまで朕を思ってくれるとは、実に喜ばしい」


「ならば、丞相に死を賜る」


 丞相は死んだ。

 ただし皇后の叔父が、すぐに父の代わりとして丞相の地位に就いた。

 皇帝の言葉は雷鳴のように前朝を打ち、私を妖妃と呼ぶ噂は消えた。

 けれど私は知っている。

 妖妃という印象は、もう彼らの心に深く刻み込まれた。

 皇后はこの一件で完全に静かになり、少しの小細工もしなくなった。

 一方、林妃は皇后が出だしでつまずく芝居を見て、ひどく楽しんだらしい。

 毎日、寝殿で侍女たちと酒を酌み交わし、実に楽しげに過ごしていた。

 今や宮中の誰もが知っている。

 この月妃は、皇帝の心の中で非常に重い存在なのだと。

 けれど、彼らは間違っている。

 皇帝が私を好いているのは、私の皮だけだ。

 彼が毎日私のそばにいるのは、寵愛のためではない。

 腹の子が日に日に育ち、妊娠の症状がひどくなっているからだ。

 私のそばにいると、それだけが少し和らぐ。

 あるとき、皇帝は吐いたあと、迷子のような目で私を見た。


「月。私はいったい、どうなっているのだ」


 侍医長は二か月経っても病を見つけられなかった。

 皇帝は侍医を何人も殺した。

 ある侍医は死ぬ前、皇帝の症状が女の妊娠に似ていると口ごもった。

 皇帝はその場で激怒し、そばの侍衛から剣を奪って、侍医の首を刎ねた。

 侍医長は仕方なく、民間の名医をひそかに探し始めた。

 もちろん、すべては内密に行われている。

 妊娠した女には独特の母性が宿るという。

 男も同じらしい。

 もともと人殺しを好む残忍な皇帝の鋭い眉目も、どこか柔らかくなっていた。

 今の迷い子のような姿には、かすかな脆ささえあった。

 私は甲斐甲斐しく彼の背を撫で、蜜漬けの菓子を口元へ運んだ。

 目には、さらに深い柔情を浮かべる。


「陛下、どうかお休みください。月がそばにおりますから」


 皇帝は私の手を取り、自分の頬へ押し当てた。

 私の身体から漂う独特の香りが、彼の荒れた心を少しずつ鎮めていく。

 長い沈黙のあと、皇帝は私の手を強く握った。


「月。おまえこそが、朕の良薬だ」


 私は優しく皇帝を見つめた。

 もう片方の手は、何気ないふりをして彼の下腹に置く。

 わずかに膨らんだ曲線は、皇帝の硬い筋肉の下に隠れていた。

 本人でさえ、まだ気づいていない。

 皇帝の腹は、もう目立ち始めていた。



 4


 私の付き添いが効いたのか。

 それとも、このところ彼も私にいくらか情を移したのか。

 皇帝は私の父母と妹の位牌を作らせ、さらに祠まで建てて供えるよう命じた。

 彼は心から嬉しそうに私を抱き、祠へ連れていった。


「月。気に入ったか?」


 私は甘く笑って、彼の首に腕を回し、頬へ口づけた。

 まるで、彼がかつて侍衛に命じて私の両親を殺し、妹を首吊りに追い込んだ過去など、すべて帳消しになったかのように。

 夏煙は私の足元にいた。

 碧い目が、じっと位牌を見つめている。

 皇帝はさらに気分の起伏が激しくなった。

 ある朝議では、進言した大臣をその場で刺し殺した。

 群臣は恐れおののき、前朝も後宮も張り詰めた空気に包まれる。

 ただ私だけは、西域から早馬で届けられた葡萄を味わい、悠々と過ごしていた。

 そこへ突然、林妃が私の寝殿へ飛び込んできた。

 彼女は、私が入宮したばかりのころとは別人のようだった。

 かつて明るく艶やかだった顔からは血色が失われ、黒々としていた髪は枯れ草のようになっている。

 身体は骨と皮ばかりに痩せ、青い血管がはっきり浮かんでいた。

 林妃は私につかみかかろうとしたが、春華に遮られた。

 今の痩せ細った身体では、もう思うままに動くこともできない。

 数歩も進まないうちに、彼女は床へ倒れた。


「この女狐! 私に何をしたの!」


 歪んだ顔が私の目の前まで迫った。

 けれどすぐに、春華が丁重に外へ「お連れ」した。


「おまえだ……絶対におまえだ!」


「この妖物め!」


 私は少し驚いた。

 まさか林妃は、私が石の妖だと知ったのだろうか。

 けれどその感情は一瞬で消えた。

 あの様子なら、林妃はそう遠くないうちに死ぬ。

 案の定、その夜、林妃の訃報が届いた。

 後宮中に白い布が掛けられた。

 すべて、私の身体から剥がしたあの石のおかげだ。

 妖は因果を重んじる。

 私を害そうとした時点で、林妃の死は決まっていた。


「可哀想な林妃。こんなに早く逝ってしまうなんて……」


「本当に、惜しいことです……」


 皇后は手巾で涙を拭っていた。

 その口元には、隠し切れない笑みが浮かびかけていたが、彼女は上手に手巾の下へ隠していた。

 妃嬪たちは皆、泣き声を上げた。

 もっとも、そのほとんどは林妃から痛い目を見せられたことがある者たちだ。

 いちばん激しく泣いた常美人などは、そのまま泣き崩れて気を失い、早々に侍女たちへ寝殿へ運ばれていった。

 私もそれらしく、乾いた目元を拭ってみせた。

 林妃の死を、誰もが事故だと思った。

 いいえ、事故だと思うしかなかった。

 弔いが終わると、それぞれ自分の宮へ戻ろうとした。

 そのとき、皇后が私を呼び止めた。


「月妃、少し残ってください」


 皇后は御花園の奥にある、人目につきにくい亭へ私を誘った。


「あなたの仕業でしょう」


 単刀直入な言葉に、私は少しだけ目を瞬かせた。

 いつも喜怒を顔に出さないこの女が、今は冷たい顔で完全に私と敵対している。


「あなたが後宮に入ってから、宮中は一日も静かではありません」


「いったい何を狙っているのです。貴妃の位? 皇貴妃?」


 皇后の目は氷のようだった。


「それとも、この皇后の座ですか」


 最後の一言は、ほとんど断定だった。

 私は首を傾げる。


「皇后さまの中で答えが出ているのなら、どうして私にお尋ねになるのですか」


 私にとっては素直な言葉だった。

 けれど皇后には挑発に聞こえたらしい。

 彼女が何かしようとした瞬間、私は一歩先にその手を押さえた。


「皇后さま、どうかお気をつけて」


 私は微笑んだ。


「一度種を蒔いた因果は、簡単には止まりませんから」


 皇后は間違えている。

 けれど、彼女は自分が間違えているとは知らない。

 私が狙っているものは、彼女が挙げたどれでもなかった。


「月妃。ときには、命より名のほうが重いのです」


 皇后は冷たく笑い、私の手を振り払った。

 そしてそのまま、湖へ身を投げた。

 季節は秋。

 湖の水はすでに冷えており、皇后は水に入った瞬間、大きく身を震わせた。

 すぐに、あらかじめ皇后が用意していた者たちが現れた。


「月妃さま、皇后さまを害そうとなさるとは!」


 侍女が大声で叫んだ。


「林妃さまが亡くなったばかりだというのに、今度は皇后さままで殺すおつもりですか!」


 皇后の策はよく考えられていた。

 一石二鳥。

 すべての汚名を、まとめて私に着せるつもりだったのだ。

 侍女の声はすぐに多くの人を呼び寄せた。

 皇后も、手配していた者に救い上げられた。

 その間、私はただ湖のほとりに立ち、皇后が用意した芝居を最初から最後まで静かに眺めていた。

 皇帝はほどなくしてやって来た。

 今回は、彼は私の側に立たなかった。

 皇后の手を取り、冷淡な表情で言い渡した。

 そこに、かつての柔情はひとかけらもなかった。


「月妃を冷宮へ送れ」



 5


 皇后が自分の身を傷つけてまで私を陥れたなど、誰も信じなかった。

 皇帝も信じなかった。

 いや、皇帝にとっては、どちらでもよかったのだ。

 冷宮へ移される日、皇后が私の前に現れた。


「月妃。あなたの負けです」


 彼女の態度は相変わらず端正だった。

 けれどその目には、勝者の色が浮かんでいた。

 私は笑うだけで、何も言わなかった。

 冷宮に住むようになってから、私は外のことを気にしなくなった。

 夏煙という小さな猫と遊びながら、日々を過ごした。

 春華はときどき、外の面白い話を聞かせてくれる。

 誰それが位を上げられたとか。

 前朝でまた皇帝が人を斬ったとか。

 いちばん多かったのは、皇帝の気性がいよいよ悪くなったという話だった。

 もともと皇帝は、政務においてはそこそこ勤勉だった。

 私生活では女好きで節度がなく、しょっちゅう人を殺したり斬ったりしていたが、国家の大事で大きな過ちがなければ、朝臣たちもわざわざ彼の怒りに触れようとはしなかった。

 けれど私が冷宮へ移ってから、皇帝には彼をなだめるものがなくなった。

 腹の子は一刻も休まず、彼を苦しめ続ける。

 皇帝は御膳房に、私の十全大補湯を再現するよう命じた。

 しかし作られたものは、どれも私の味ではなかった。

 飲めばさらにひどく吐くか、全身が痛み、頭が割れそうになるばかりだった。

 そんな苦しみの中で、皇帝は政務に身が入らなくなった。

 後宮の妃嬪たちを寵愛することもなくなり、ただ自分の身体が昔に戻ることだけを願った。

 だが彼は気づかなかった。

 自分の腹がわずかに膨らみ、すでに丸みを帯び始めていることに。

 あの硬い筋肉でも、下腹の柔らかさは隠しきれなくなっていた。

 彼がようやく気づいたとき、腹の膨らみはもう明らかだった。

 皇帝は侍医長を呼んだ。

 侍医長は震えながら脈を取り、いつまでも病名を言えなかった。

 皇帝が剣を抜き、侍医長の喉元へ押し当てて、ようやく彼は口を開いた。


「陛下、臣は浅学で、医術も未熟でございます」


「臣が取った脈は……これは……滑脈にございます」


 侍医長の声は蚊の鳴くように細かった。

 けれど皇帝の耳には、はっきり届いた。

 滑脈。

 女が妊娠したときに現れる脈だ。

 皇帝は長い長い沈黙に落ちた。

 そして顔を上げたとき、その目にはついに恐怖が宿っていた。

 侍医長の首は落とされた。

 それでも、皇帝の胸に生まれた恐怖は消えなかった。

 彼はようやく私を思い出した。

 自ら良薬だと認めた、私のことを。

 その日のうちに、私は盛大に冷宮から迎え出された。

 位も戻され、再び月妃となった。

 皇帝は待ちきれない様子で私の手のひらに顔を寄せ、少しでも安心を得ようとした。


「月。あの気の狂った役立たずどもが、朕を滑脈だなどと言うのだ」


「馬鹿げている……まったく、あり得ぬことを……」


 皇帝は低い声で繰り返した。

 その声には、自分でも気づかない震えが混じっていた。

 三十数年、強い者として生きてきた皇帝が、ついにこの瞬間、身体の芯から弱くなった。

 私は笑みを含んだ目で、皇帝の顔に近づいた。


「陛下。私の父母と妹に会いに行きましょう」


「あなたが私の子を宿したと知れば、きっと喜んでくれます」


 皇帝は呆然としていた。

 母性の光をまとったせいで、その姿は妙に柔らかく、可愛らしくさえ見えた。



 6


 冷たい刃が、私の首筋に当てられた。

 皮膚に細い血痕が走る。


「月妃。朕を嘲っているのか」


 皇帝は顔をこわばらせていた。

 強烈な自尊心が、今すぐ私を殺したがっている。

 けれど私は、ただ手を伸ばしてその刃を握った。

 血が滴り落ちる。

 だがそれは宙で小石になり、床へ落ちて、澄んだ音を立てた。

 皇帝の瞳孔が大きく開いた。

 私の首には、もはや血痕などなかった。

 あるのは、うっすら色を帯びた石だけだ。


「陛下。月が、あなたの出産までずっとおそばにおります」


 私は自分の身体から小石をひとかけ剥がし、指先でこねて、皇帝の姿へ作り上げた。

 私の腕はいい。

 とてもよく似ている。

 そもそも腕が悪ければ、自分をこれほど美しく魅力的に作れるはずがない。

 皇帝は恐怖に満ちた目で私を見た。

 そこにはもう、かつての柔情も、高き者としての傲慢もなかった。

 彼は逃げようとした。

 両手両足を使い、ただ扉の外へ出ようとした。

 あと少し。

 本当に、あと一歩だった。

 私は彼の足首をつかみ、石で作った鎖をかけた。

 皇帝は狂ったようにもがき、爪を立てて鎖を削ろうとしたが、何の役にも立たなかった。

 私の手にかかれば、石は何よりも硬い。


「化け物め、朕を放せ! 朕はおまえを殺す!」


「あああああ!」


 皇帝は目を見開いたまま、小石の妖が石で作った偽の皇帝の身体へ入っていくのを見ていた。

 やがて、偽の皇帝の眼窩に碧い目が現れた。


「違う違う。緑ではありません」


 私は皇帝の片目をこじ開けた。

 皇帝の抵抗を無視し、小石の妖にじっくりと色を真似させる。

 最後に、小石の妖が入った偽の皇帝は、皇帝の衣と靴下を身に着け、玉冠を戴き、皇帝の歩き方を真似て扉の外へ出ていった。

 一方、私の部屋に残された本物の皇帝は、身に着けるものをすべて奪われ、完全に私の手の中のものとなった。

 初めて子の母になる私は、とても興奮していた。

 秋も深まり、だんだん冷えてきた。

 私は子を冷やしてはいけないと思い、皇帝のために美しい衣をたくさん用意した。

 最初、皇帝はどうしても着ようとしなかった。

 けれど彼が一度逆らうたび、私は彼の頬を一度打った。

 そうしているうちに、皇帝は折れた。

 今日の皇帝は、私が一番好きな青みがかった薄桃色の衣を着ている。

 透けるような薄絹がとても美しく、ところどころにきらきら光るものがついている。

 私は、皇帝の丸くなった腹が好きだった。

 そこには、私たちの子が宿っている。

 私はその腹を撫で、目いっぱいの優しさを浮かべた。

 皇帝は屈辱に耐えながら、身体を強張らせている。

 彼が動くたび、鎖がかすかな音を立てた。

 私は知っている。

 彼は待っているのだ。

 侍衛が偽皇帝の正体を見破るのを。

 朝臣たちが偽の皇帝を暴くのを。

 すべての真実が明るみに出れば、彼は再び高みに立つ君主に戻り、私を一太刀で斬り捨てられる。

 彼の目に宿る憎しみは、隠しようがない。

 けれど、憎しみに目を曇らせているせいで、彼は忘れていた。

 彼の暗衛は、どこへ行ったのか。

 もし偽皇帝が本当に見破られる程度のものなら、私が動いたとき、どうして暗衛たちは黙っていたのか。

 彼の暗衛たちは、とっくにひとり残らず死んでいる。

 私の愛しい皇帝。

 もう、あなたに逃げ道はありません。



 7


 このところ、多くの人々が皇帝を褒めたたえていた。

 浪子が改心し、邪道から正道へ戻ったのだと。

 以前のように、少し機嫌を損ねただけで人を殺す皇帝はいなくなった。

 代わりに現れたのは、穏やかで礼を知る皇帝だった。

 偽皇帝の中にいるのは、私の小石の妖だ。

 妖は生まれつき一魄が欠けており、善か悪かしか知らない。

 小石の妖は、純粋な善の妖である。

 民が災いに遭えば、偽皇帝は見捨てなかった。

 大いに金を出して救済し、自ら粥を振る舞い、民心を高めた。

 辺境に戦が起これば、偽皇帝は辺境の民の生死を放っておかなかった。

 第一報を受けるや否や兵を出し、民を守った。

 村を滅ぼすような、人命を草のように扱う行為など、偽皇帝はそもそもしない。

 朝臣たちはもう、いつ首を刎ねられるかと怯えずに済んだ。

 思う存分働き、国に尽くせるようになった。

 民たちはもう、いつ故郷を滅ぼされるかと不安に震える必要がなくなった。

 安らかに暮らし、仕事を楽しむ望みを持てるようになった。

 後宮の妃嬪たちも、偽皇帝の采配のもとで穏やかに過ごすようになった。

 すべてが、良い方向へ向かっていた。

 王朝は人殺しを好む皇帝を失い、政に励み、民を愛し、身を慎む良き皇帝を得た。

 誰も、皇帝が偽者だとは疑わない。

 たとえ誰かが違和感に気づいたとしても、片目をつぶるだけだろう。

 皇帝は最初、自信に満ちて期待していた。

 それがやがて不安に変わり、最後には虚ろな目で窓の外を眺めるようになった。

 窓の外では雪が舞っている。

 春華がわざわざ梅の枝を折ってきて、窓辺に生けてくれた。

 血のように赤い梅は、雪に映えてさらに鮮やかだった。

 皇帝はようやく、現実の一部を理解した。

 誰も助けに来ない。

 彼の傲慢さも強硬さも消え、まっすぐだった背筋は完全に折れた。

 身体も心も、すっかり柔らかくなっていた。

 彼は床に跪き、こんな扱いはやめてくれと私に懇願した。

 自分の顔を私の手のひらへ寄せようとする。

 私はその親しげな動きを拒んだ。

 皇帝は床に倒れ、全身から脆さをにじませた。


「月、頼む……私は産みたくない……」


 声には泣きの色が滲んでいた。

 一代の暴君が、ここまで卑屈になっている。

 けれど私は少しも憐れまなかった。

 ただそっと、皇帝の丸い腹へ耳を寄せる。


「陛下。私たちの子は、とても元気ですね」


 その言葉が皇帝を刺激したらしい。

 彼は狂ったように自分の腹を殴り始めた。

 力いっぱい、腹を突き破ろうとでもするかのように。

 けれど、どれだけ強く殴っても、もう子を落とすことはできない。

 石の妖の子は、形を成した時点で消せなくなる。

 たとえ皇帝が死んでも、子は養分を吸い続け、生まれるまで育つ。

 胎の音が芽吹いたその瞬間から、この子は二度と流れない。

 妊娠した皇帝の身体は、以前ほど強くはなかった。

 少し殴っただけで疲れ果て、床に力なく倒れ込む。

 涙が彼の目尻から流れ落ちた。

 私は身をかがめ、彼の呆けたような呟きを聞いた。


「なぜだ……どうして……」



 8


 寝殿の扉がゆっくり開いた。

 外の冷たい風が吹き込み、床に横たわる皇帝は思わず身を震わせた。

 私は不満げに来訪者を見た。

 父子を冷やしてはいけない。


「早く閉めてください。冷えてしまいます」


 皇后は申し訳なさそうに微笑んだ。


「私が悪かったわ」


 それまで麻痺したように床へ横たわっていた皇帝が、はっと皇后を見た。

 その目には、隠しきれない衝撃が浮かんでいる。

 皇后はその衝撃に気づくと、興味深そうにしゃがみ込んだ。

 そして皇帝の身にまとわされた薄い衣を指先でつつく。

 皇帝の身体がびくりと震えた。

 自分の皇后に、まるで男妾のような屈辱的な姿を見られた。

 皇帝の顔には羞恥が満ちていた。

 皇后の目に宿る快意には、まったく気づいていない。

 今の彼は、ただ一刻も早くここから逃げ出したかった。

 私と皇后が先ほどから慣れた調子で話していたことさえ、無意識に忘れた。


「皇后……私を助けろ……」


「あなたにも、こんな日が来たのね」


 皇后の、長年まとってきた柔らかで端正な笑みが崩れた。

 そこから現れたのは、満ち満ちた悪意だった。

 皇帝は、呆然と彼女を見つめた。


「ふふ……あはははは……」


 皇后は長いこと笑ってから、ようやく声を落とした。


「陛下。今度はあなたが、姉の味わった難産の痛みを知る番です」


 私は顔をしかめた。


「不吉なことを言わないでください。私の子は必ず生きて生まれます」


 皇帝がどうなるかは、私には関係ない。

 皇后の姉は、皇帝の最初の皇后だった。

 姉は皇帝を心から慕い、幼い娘のような憧れを抱いて後宮へ入った。

 けれど彼女は、子とともに死んだ。

 難産だった。

 そのとき皇帝は貴妃を寵愛しており、貴妃は血の匂いを嫌った。

 皇帝はこともあろうに、半ば生まれかけていた子を、皇后の腹へ無理やり押し戻すよう命じた。

 姉の死の真相を、丞相家はよく分かっていた。

 そのころの丞相は、まだ朝廷で一家独大の権力を持つ者ではなかった。

 丞相夫人は悲しみに狂い、皇帝と命を懸けて争おうとした。

 けれど丞相に止められた。

 そして、この一件を生涯口にしてはならないと脅された。

 最終的に、皇帝は丞相家に一家独大の権力を与えた。

 皇后の姉の死は、ふたりの男のあいだで交わされた権力取引の礎となった。

 皇帝は思いもしなかっただろう。

 自分の枕元にいた女。

 自分の皇后が、誰よりも彼の死を望んでいたことを。

 皇后は、準備を整えたある夜に皇帝を刺し殺すつもりだった。

 けれど私は、皇后に新しい選択肢を与えた。

 私は石の妖。

 天地に育まれ、生まれつき気まぐれな性分である。

 あるとき、私は自分のために小さな女の子の身体を作った。

 その結果、ある家族に拾われ、大切に育てられた。

 私の父母は、私をとても愛してくれた。

 ただの農民だったけれど、美味しいものや楽しいものがあれば、必ず私に持ってきてくれた。

 数年後には、妹も生まれた。

 妹は可愛く、活発で、私をとても慕ってくれた。

 私たち一家は、山奥で十数年、平凡で幸せな日々を送った。

 私は、父母と妹が寿命を全うするまでそばにいて、それから断崖の下へ戻り、また石の妖として過ごすつもりだった。

 けれど皇帝が私に目をつけ、私の家族を殺した。

 妖は生まれつき一魄が欠けており、善悪しか知らず、情愛を知らない。

 だから私は決めた。

 皇帝という悪人に、面白い罰を与えようと。

 後宮へ入ってから、皇后は非常に敏く、私の異質さに気づいた。

 私も彼女の魂を見抜いた。

 そうして何度か言葉を交わすうちに、私と皇后は同じ結論へ至った。

 私は皇后から、彼女の姉の話を聞いた。

 その瞬間、私は決めた。

 目には目を。

 歯には歯を。

 私は皇帝に、私の子を産ませる。

 皇后は胸の奥に溜めていた長年の憎しみを、少しも隠さず吐き出した。

 悪鬼のように、皇帝の耳元で低く囁く。

 そして皇帝の丸く膨らんだ腹を撫で、嘲るように彼を見下ろした。


「知っている? 大晋は、あなたがいなくなってからずっと良くなったの。大臣たちは皆、あの偽の皇帝の功徳を称えているわ。浪子回頭金不換だと、誰もが言っている。民たちも、あの偽の皇帝を名君と呼んでいるのよ」


「誰も、あなたに戻ってきてほしいなんて思っていない」


 9


 皇帝は完全に壊れた。

 皇后の登場と、彼女が口にした言葉が、この脆い妊夫を完全に打ち砕いたのだ。

 子の母として、私はとても責任感を持って毎日付き添った。

 多くの時間、私は皇帝の腹にぴたりと耳をつけ、嬉しそうに笑っていた。

 皇帝の腹はますます大きくなった。

 とはいえ、男の身体は耐久力が高い。

 この程度では、皇帝にとってまだ限界ではなかった。

 皇后もときどき見舞いに来た。

 憎しみの言葉は何度か吐き出すと、もう言わなくなった。

 代わりに、外で起きていることを私に話してくれるようになった。

 皇后は私と話すときだけ、少し生き生きとした表情を見せた。

 いつもの変わらない温和さでも、長く続いた苦痛でもない。

 やがて、冬が終わろうとするころ、皇帝は産気づいた。

 彼は苦しげに、自分の羊水が破れるのを見た。

 どうにもならないまま、分娩の痛みを受け入れるしかなかった。

 その過程は、彼のすべてを打ち砕いた。

 自尊心も。

 傲慢さも。

 彼が持っていた、すべてを。

 皇帝は一日一夜かけて、ようやく子を産んだ。

 子が生まれた直後、皇帝は苦しみの果てに息絶えた。

 その目には、解放されたような色があった。

 彼にとって、この悪夢はようやく終わったのだ。

 私と皇帝の子には、わずかに石の妖の特徴があった。

 けれど数日育てると、その特徴も見えなくなった。

 私はその子に、気に入っている名をつけた。

 秋然。

 皇帝の姓を取り、君秋然とした。

 秋然は白く清らかな顔立ちで、私に似ていた。

 もっとも、そう言うのは少し無理がある。

 なぜなら私は、胎の中にいるうちから、この子の顔を美しく作っておいたからだ。

 この子は、少し長く生きることを除けば、特別なところはない。

 私はその子を皇后に託した。


「小さな月。もう少しだけ残ってはいかないの?」


 皇后は秋然を抱き、不舍の色を目に浮かべた。

 私は首を横に振った。

 私は石の妖だ。

 やはり山の中で、自由気ままに過ごすほうが好きだった。

 私が去ったあと、皇后は嫡長子、君秋然を産んだと宣言した。

 偽皇帝はほどなく死を装い、小石の妖たちは私のもとへ戻ってきた。

 死を装う前に、小石の妖たちは譲位の詔を書き、位を君秋然へ譲った。

 皇后は垂簾聴政の太后となった。

 ふたりの皇子とひとりの公主は、それぞれの封地へ送られた。

 丞相家については、今や皇后の叔父である現丞相が主導していた。

 娘の死を使って出世を図った前丞相は、簡単に葬られ、そのまま忘れ去られた。

 君秋然が私から唯一受け継いだものは、善悪を見分ける妖の心だった。

 皇后の教えと、その心があれば、君秋然は民と国のために尽くす良き君主になるだろう。

 そして私は、あの断崖の下へ戻った。

 そこには花が一面に咲き乱れ、見渡すかぎり美しかった。

 陽の当たる場所に、三つの石碑を立てた。

 そのそばの花は、ひときわ綺麗に咲いている。

 私の父母と妹だ。

 私はそこで石を積み、小さな村を作った。

 小石の妖たちは、小さな男の子や女の子に化けたり、少年や少女に化けたりした。

 実にさまざまだった。

 私たちは断崖の下で、普通の暮らしを始めた。

 かつて父母と妹がしていたように。

 ときどき私は、三つの石碑のそばに静かに座り、空の彼方に浮かぶ月を眺めた。

 月光は柔らかく私の身体に降り注ぎ、家族の腕の中にいるようだった。

 そうして、長い長い年月が過ぎた。

 君秋然が北伐に勝利するほど長く。

 皇后が病でこの世を去るほど長く。

 君秋然もまた永い眠りにつくほど長く。

 大晋の王朝が入れ替わるほど長く。

 やがて、この断崖の下に馬蹄の音が響いた。

 馬上にいるのは、端正な顔立ちの若い男だった。

 その眉間には、どうしても消えない陰鬱な残虐さが宿っている。

 彼は蛇が獲物を見つけたような冷たい目で、私を見た。

 彼は私に、何者かと尋ねた。

 そして、私を気に入った、後宮へ入れると言った。

 私はやんわり断った。

 彼は小石の妖が化けた幼い男の子の首を、一刀で斬り落とした。

 その声には、遊び半分の響きがあった。

 それでも後宮入りを拒むのか、と。

 私は満面の笑みで、ゆったりと彼の腕の中へ身を預けた……。




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