白紙
それからしばらく、彼のところには行かなかった
行っても何も分からないし、ただ本をあれこれ試してばかりいた
何もかも分かっていそうだから、私のことも何となく分かっているような気がした
ある日図書室へ行くと、1階に列が出来ている
私は、あぁその日かと列に並んだ
列が粛々と進むと、奥にテーブルがあり、スーツを着た人が紙を回収していく
私の番が来て、その人は紙を見ると、ほんとうにいいのか、と私に尋ねた
私は、はいと答えて白紙の紙を提出した
そのあと、ここには誰もいなくなった
けぶっていたパチンコ屋もガランとして、司書もバーテンダーの格好の人もいなくなっている
私はただ毎日、図書室に通った
彼には会っていない
でも全て分かっているんだろうと思った
そして何故か、彼はいるんだろうと思っていた
私はまた次の機会にでも帰ればいいやと、毎日、本をあれこれ取り替えて過ごしていた
それからどのくらい経ったのだろう
夜も来ないはずなのに、外が暗くなった気がして、私は本棚に凭れかかるようにして倒れた
大きな音がしたのだろうか?
彼が駆け下りてきたらしい
「どうして?」と驚いたように言って、私に触れた
それから熱がある、と慌てて私を背負い階段を登った
図書室の上には医務室があったらしい
彼が入ると、看護師らしき方が振り向いて、私はすぐにベッドに寝かせられた
彼が何だかんだと処置をしてくれているらしい
私は遠くなる意識の中で、この人は医者だったのかと思った
それからしばらくして、目が覚めると私は図書室のあの倒れたところにいた
彼がパンを持ってきてくれる
それを齧る私は黄色い小さなフェネック狐のようだった
彼の側にいた黒猫はもういない
追記です
白い服を着た私たちは死者で、街で働く人たちは監視のための天使
死者が還るときに一緒に還ります
彼は誤って残った人たちを還すための人
でも、残りたい人を還すことはできません
人々と天使が還ったあと、街には食(しょく、日食みたいな。街が一旦闇に呑まれる)が起きて、消されてしまいます
(医務室は天界なので大丈夫。長く徳を積んだ人は医務室の扉を開けて天使になるのかもしれません)
その食にやられて、“私”も倒れました
ただ、残りたかったわけでなく、彼がいるからもう少しいたかっただけなので、見つけられたし、人としての姿は保てなくても残っています
彼女は次のときには還るでしょう
彼はきちんと説明をすれば良かったのかもしれません
でも、説明したとしても彼女は信じずに残ったでしょう