(28)些細な反発
カイルが動員できる手勢の殆どを引き連れて、トルファン城を出立した翌日。執務室では通常と同じように、ダレンやシーラが執務をこなしていた。
休憩の頃合いにお茶を運んできてくれたリーンに礼を述べ、ダレンとシーラはゆっくりとした動作でカップを口に運ぶ。そして一口味わったところで、口を開いた。
「静かだな」
「静かですね」
「まあ、長くは続かないでしょうが」
しみじみとした口調で合いの手を入れたリーンに、シーラが苦笑の表情を向ける。
「さすがに城内が、色々ざわついているかしら?」
「決定的な内部崩壊の予兆ではないですよ」
「ある程度の不穏分子は織り込み済みだ」
淡々とダレンが応じてから、何事も無かったように再びカップを持ち上げる。シーラも笑みを浮かべたまま休憩を続けたが、ここでリーンが何かに反応した。
「うん?」
何やら窓の向こうに向き直った彼を、ダレンとシーラは平然とお茶を飲みながら観察する。すると二人の方に向き直ったリーンが、淡々と報告した。
「正門に伝令が到着しました。例の件ですね」
それを聞いたシーラは、静かにカップをソーサーに戻した。そして鼻で笑いながら立ち上がる。
「カイル様が出立した翌日に、早速動き出すとは。余程待ちきれなかったと見えますね」
「それではシーラ、打ち合わせ通りに」
「はい。すぐに出ます。定期連絡は欠かさないようにしますが、丸一日連絡が無かったら門を閉じて徹底抗戦を。カイル様が戻るまで堪えれば、こちら側としては勝ちです」
「分かっている。よろしく頼む」
ダレンと最終確認を済ませたシーラは、リーンに向き直った。
「リーン、行きましょうか。すぐに他の人員にも声をかけて」
「ああ。すぐ出られるように準備はしてある」
そこで二人は、勢いよく執務室を出て廊下を駆け出していく。
「予想通りと言えば予想通りだが……、腹立たしい事この上ないな」
二人を見送ったダレンは、渋面になりながら冷めてしまったお茶を飲み干した。
※※※
最低限の備品だけを背負って騎乗したシーラは、少しの時間も無駄にせず、並んで馬を走らせている騎士に尋ねた。
「連中が集まっているのは、領境である森の向こう側で間違いないのね?」
その問いに、選抜した騎士達を纏めているケネスが、硬い表情で答える。
「ああ。ヴォール男爵領側の、シミオン村に接した場所だな。街道沿いにある程度開けた場所があって、目の前の森を抜ければフェロール伯爵領に入る場所だ」
「何カ所か候補は絞っておいたけど、一番有力な所に布陣してくれるとはね。そこにある程度の戦力を揃えておいて、明日にでも一気にトルファン城まで攻め入って占拠するつもりかしら。因みに確認できたおおよその戦力は?」
「ざっと五百。だが少し前の偵察報告では増援を待っている様子だったし、現時点では確実にそれ以上にはなっているはずだ。付近の村から、人員や物資を補充しているようだしな」
「なるほど。トルファン城から出て行く騎士の規模を確認して、大して残っていないと見当をつけたまでは良かったわね」
相変わらず進行方向に目を向けながら、シーラは独り言のように口にした。そんな彼女に向かって、詳細を全く聞かされないまま同行してきたケネスが、些か不満そうに尋ねる。
「それで? 具体的な対処方法は? まさか俺達だけで、その中に奇襲をかけるわけではあるまい?」
そこで彼に視線を向けたシーラは、真顔で言葉を返した。
「ケネス隊長。幾ら何でも、そんな無茶ぶりはしません。取りあえず私達が現場に到着するまでの警護と、万が一の為の伝令をして欲しいだけです」
「この期に及んで、まだ詳細を聞かせて貰えないとはな」
「申し訳ないけど、聞かない方が良い類いの話だから」
「話は後だ。次の村で馬を変えるぞ」
「分かったわ」
総勢八人の少人数、かつ予め中継地に変え馬を準備しておいたことで、シーラ達は驚異的な早さでその日の夕刻までに問題の領境に到達した。彼女達は一端馬を下りて周囲を警戒しつつ、徐々に薄暗闇が広がっていく眼前の森を眺める。
「何とか日が暮れる前に、ここまで来られて良かったわ。この森の向こうがヴォール男爵領か」
「それでは今のうちにここで野営の準備をして、少しでもお腹に入れておきましょうか」
シーラとリーンが落ち着き払って言葉を交わしているのを見て、ケネス達がその顔に困惑の色を浮かべる。
「……おい、そんな呑気な事で良いのか?」
「呑気じゃないわ。一戦前の腹ごしらえは重要でしょう?」
「それはそうだがな……」
納得しかねる顔つきながらも、ケネス達は手早く近くの木に馬を繋ぎ、枯れ木を集めて火を起こした。その焚き火を囲みながら、持参した保存食と飲み物を摂りつつ、改めてケネスが確認を入れる。
「それで? 俺達の最終的な役目は?」
それにシーラは落ち着き払って答えた。
「私とリーンが森に入るので、明け方になっても戻らなかったらここを即刻引き払って、トルファン城に帰還。ダレンさんに事の次第を伝えて、カイル様が戻るまで防衛戦になります」
「おい、ふざけるなよ?」
「申し訳ありませんが、本気で言っています」
「ここまで来て、素人二人に任せて指をくわえて見てろって言うのか!?」
ケネスはここで、怒りを露わにしながら詰め寄ろうとした。しかしここでリーンが困ったように口を挟んでくる。
「慣れていないと、本当に危険なんですよ。私も今では平気なのですが」
「は? 何が?」
「リーン」
「…………」
意味が分からなかったケネスが、当惑しながらリーンに顔を向けた。その直後シーラがリーンを睨み付け、その場に沈黙が満ちる。そのままケネスはシーラとリーンを凝視したが、依然として口を割ろうとしない二人の態度に匙を投げた。
「分かった。お前達の好きにしろ。どうなっても俺は知らんぞ」
「はい、それで結構です」
そこで話は終わり、少ししてからシーラとリーンが立ち上がる。そして徒歩で、慎重に森の中に入って行った。




