(33)ただならぬ気配
アスラン達を見送り、時間が経過して日がかなり高い位置にまで登った頃。野営地から進軍し、ジェルトル村の全景とそこに布陣しているクレート伯爵麾下の兵達を見下ろす丘の上で待機していたカイルは、傍らのサーディンに視線を向けた。
「さて、そろそろ予定時刻になるかな……」
「そのようですね」
淡々と頷いて応じた彼に、カイルは硬い表情で指示を出す。
「サーディン。まずはお前に、先頭に立って奮闘して貰わないといけない。犠牲は出てしまうと思うが、できるだけ最小限に抑えて欲しい」
自分でも無茶なことを口にしている自覚があったカイルは、小さく歯噛みした。そんな主君を宥めるように、サーディンが頷いて応じる。
「その辺りはお任せください。引き際も心得ております。それよりも、合図が出ましたら、注意力を切らさないようよろしくお願いします」
「ああ、分かっている」
そこでサーディンは最終確認のためカイルの側を離れ、小隊の指揮官達と短く打ち合わせと意思統一をしてから、カイルがいる本陣に戻ってきた。そしてカイルの護衛を任せる者達の前にやってくる。
「お前達、良いか? 事態が動いたら、全力で伯爵の身辺に注意を払え。それでいざとなったら、伯爵を守ってトルファン城に撤退しろ。分かったな?」
「お任せください」
険しい表情で念を押してきたサーディンに、担当の騎士達は決意漲る表情で頷く。そこで隊長のジスベルは、声を潜めて確認を入れてきた。
「撤退に関して、伯爵様はご納得されておられるのでしょうか?」
少し離れた場所にいるカイルに一瞬視線を向けたサーディンは、先程の部下と同様に小声で言い聞かせてくる。
「その場合は、殴って気絶させた上での事だ」
「……了解しました。団長の指示通りにいたします」
固く決意した面持ちで部下達が一斉に頷いたのを見て、サーディンは満足そうに微笑んで踵を返した。そして再びカイルと幾つかのやり取りをした後、馬上の人となる。そして背後に控えた騎士達に向かって、声高に告げた。
「行くぞ!! 卑劣なクレート伯爵の手勢を、このフェロール伯爵領から一掃する!! 俺に続け!!」
「おうっ!!」
「行くぞ!!」
「うわぁあぁぁっ!!」
サーディンに続いて、騎士達が雄叫びを上げつつ馬を駆って行く。その隊列の先端が、迎え撃つ敵のそれと遭遇して混戦状態になってくのを眺めながら、カイルは我慢を強いられていた。
(皆に危ない事をさせて、ここでひたすら待機とは……。確かに私にしかできない役割だろうが、なんだかこの作戦自体、私を後方に引っ込ませておくための作戦にも思えてきたぞ)
地形的に左右に広く展開できず、横に回り込まれて包囲されないのは幸いだったが、それは自軍も同じ状態であり一進一退の状態になる。しかし相手は村の奥にまだ十分な兵力を残しており、予断を許さない状況だった。
風に乗って伝わってくる喧噪に、カイルの焦燥感が徐々に増してくる。
(このまま消耗戦になったら、どう考えてもこちらが不利だ。それに加えて、アスラン達は無事に目的地まで到達できたのだろうか?)
本陣で椅子に座っていたカイルは、顔を上げてすぐ側に立っている騎士に尋ねる。
「どうだ? まだ合図は見えないか?」
「はい。今のところ、認められません」
「……そうか」
既に何回か繰り返していたやり取りに、カイルは小さく歯ぎしりした。しかしここで騎乗して警戒に当たっていた騎士が、慌てて報告してくる。
「隊長! 伯爵! 向こうの斜面の中腹から、赤い煙が上がっています!!」
「どこだ!?」
「あそこです!!」
すかさず人垣の切れ目に出たジスベルは、部下が指し示している方角に視線を向けた。そして赤い煙が木々の間から立ち上っているのを認めた瞬間、カイルを振り返る。
「伯爵!」
「ジスベル、頼む!」
「はい、お任せください! 良いか、この周囲を厳重に警戒しろ! 人は勿論だが、鳥や獣もここに立ち入らせるな! 即座に排除しろ! 分かったな!」
「はっ!!」
ジスベルの報告を受け、カイルは即座に肘置きに肘を乗せ、両手を組んだ。そしてそこに額をおいて目を閉じ、一心不乱にアスラン達の事を考え始める。
(あの八人が、メリアのように攻撃を無効化できる加護を行使できるようになる。メリアのように、外部からの精神的攻撃以外の攻撃が利かなくなる。アスラン、ロベルト、リュィリー、ガンツ、ミロン、ゾイド、ヨシュア、オスカーが、メリアと同様に他者からの攻撃が無効にできるようになる……)
ここしばらく自身の身辺警護担当だったことで、彼らの人となりを十分に認知していたカイルは、微動だにしないままメリアの加護の内容と彼らのことを脳裏に思い浮かべ続けた。そのただならぬ気配に、周囲の兵士が思わずジスベルに囁く。
「隊長、伯爵は一体どうしたんですか?」
「しぃっ! 声を出すな。伯爵の集中力を切らすなと言ったよな?」
「あ、はい……。失礼しました」
未だ、カイルの加護については上層部の主立った者しか知っておらず、この場ではジスベルだけだった。しかし何も知らない者にも、カイルの醸し出す空気が異常に張り詰めたものであるのが察せられ、漂ってくる緊迫した気配に周囲の緊張感が徐々に増していった。




