(31)奇襲
「本当に、ここは下からは姿を隠しやすいが、麓を見下ろすのには絶好の位置取りだ」
「あちらさんは、随分押し出してきたな」
「このまま一気にトルファンに向かって、攻め込むつもりかもな」
「そうだな。あそこの糧食や武器の運搬部隊と思われる連中、動き始めたぜ」
「そうなると、その前のあの部隊、あの辺りがクレート伯爵領騎士団団長がいるはずだよな?」
「掲げられている旗も、そうだよなぁ……」
冷静に戦況を確認しながら、八人は自分達がどう動くべきかを確認し合った。
「あそこで決まりだな」
「ああ。一点突破。後は臨機応変異にな」
「退路はどうする?」
「総責任者を討ち取って混乱を引き起こしたら、そのまま左回転で敵陣の後方を蹂躙。その混乱に乗じて上からサーディン達が攻め入ってくるはずだから、森の中に退避して、連中の撤退をやり過ごす。可能ならそのまま追撃だな」
事もなげに告げたアスランに、ロベルトが苦笑を深める。
「サラッと言ってくれるよな……」
「自信が無ければ、今からでも抜けて良いぞ?」
「冗談」
「さて、それではそろそろ良いですか?」
アスラン達が相談している間に、ディロスは持参した薪や古布を積み上げ、火打ち石と火打ち金で火を起こしていた。更に持ってきた布袋の中から、黒っぽい塊を取り出す。
「そっちも準備万端だな」
「おう、いつでも行けるぞ」
「景気よくいっちまえ!」
「分かりました。じゃあ、そろそろ狼煙を上げます」
ディロスはそう宣言すると、手にしていた塊を焚き火の中に慎重に入れた。その十数秒後に炎が激しく燃え上がると同時に、赤っぽい煙がもうもうと舞い上がり始める。それは木々を切り開いた空間を抜けて、そのまま真っ直ぐ空中に向かって立ち上がっていった。
「景気よく上がったな」
「風もない。絶好のコンディションだ」
「これならサーディン団長達も視認できますよね」
「連中にもな。騒ぎ出しているようだぜ?」
山の中腹から変な煙が上がっているのを認めた兵達が、何事かと騒ぎ始めたのを見て取ったアスラン達は、そのまま馬に飛び乗った。
「よし、一気に駆け下りるぞ! 間違ってもここで転落するなよ!?」
「当たり前だ! ディロス、お前はさっさとここから離れろ! 連中が新手の侵入者がいないか確認するために、ここに押し寄せて来るのが確実だからな!」
「はい、本気で逃げます! 皆さんもお気をつけて!」
「行くぞ!」
「おうっ!!」
ディロスは再度同じ塊を火の中に入れると、身一つで元来た道を必至の形相で駆け戻り始めた。
アスラン達も、僅かに麓へと繋がる猟師達が使っていると思われる山道に入り、斜面を縦一列になって馬を走らせる。山の斜面から赤い煙が突如として湧き上がった事で警戒して集まっていた騎士達の中に、八人は迷わず突っ込んでいった。
「なんだお前達は!? ぐはぁあっ!」
八人は騎乗したまま問答無用で敵に斬りかかり、槍で突き落としたりして忽ち数人を戦闘不能にさせた。そのまま目的地まで押し切ろうとしたが、さすがに不意を突かれたもののクレート伯爵麾下の騎士達が態勢をを立て直してアスラン達を包囲し始める。
「敵だ!! 応戦しろ!」
「どこから来やがった!」
狼狽しつつも騎士達はアスラン達を迎撃しつつ、取り囲み始めた。しかしそれは予想通りの展開であり、これまでにそれなりに場数を踏み、かつ度胸も技量も持ち合わせている面々は、微塵も動揺せずに目的完遂のために突き進む。
「雑魚には構うな!」
「指揮官クラスの連中を狙え!」
「このっ!! 鬱陶しく纏わり付いてきやがる!!」
そんな混戦の中、ロベルトの斜め後方から雄叫びと共に勢いよく槍が突き出された。
「くらえぇっ!!」
「しまった!」
反応が遅れたロベルトだったが、その槍先は彼の身体に届く直前で、何かに見えない壁に突き返されたように不自然な動きを見せる。当然、その槍を繰り出していた騎士は、馬上で面食らったように当惑の声を上げた。
「うおぅっ!? な、なんだぁ!?」
「さすがカイル様! ありがたくて、涙が出るぜ!」
「ぐわぁあっ!!」
自分への攻撃が無効化されているのを実感したロベルトは、カイルに感謝の言葉を述べつつ、馬の向きを変えた。そして槍を手にしたまま呆然としている騎士との間を素早く詰め、相手が我に返る前に斬りかかる。相手の右腕を斬りつつ、馬ごと体当たりしてその騎士を地面に突き落とす。その直後、別方向から迫った騎士が、ロベルトの馬を槍で突いた。
「この野郎!!」
「うおぉぁっ!!」
衝撃で横に倒れた馬からロベルトは間一髪で飛び降り、地面に叩き付けられずに済んだ。慌てて体勢を立て直したロベルトに向かって、斜め上方から鋭い声が降ってくる。
「ロベルト! ボサッとしていないで、さっさと馬を奪え!」
「分かってる!! 喚くな!!」
「ぎゃあぁぁぁっ!」
アスランに向かって怒鳴り返したロベルトは、叫びざま手近な騎士の足を斬りつけ、怯んだところを馬から引きずり下ろす。相手を地面に叩き付けると同時に、乗り手を失った馬に飛び乗った彼は、一瞬だけ地面に倒れ伏した愛馬を見下ろした。
「俺は守ってくれても、さすがに馬までは無理だよなぁ」
しかし哀惜の念をその表情に浮かべたのはその一瞬だけであり、すぐに険しい視線を前方に向ける。
「ちっ! いつの間にかあんな所まで、先に行きやがって。一人で突っ走るのもいい加減にしろよ!?」
相変わらず敵からの攻撃が無効化しているのを幸い、ロベルトは周囲に群がってくる敵を屠りつつ、アスランが奮戦している場所まで進んでいった。
「おう、全員揃ってるな!」
「何とかな!」
「武器や馬は、とっくに自前のは使えなくなったがな」
「お互い、酷い格好だな、っと!」
「ぐおぅっ!」
明らかな異常を感じた敵が徐々に距離をおいて攻めあぐね始めると、八人は再び固まって目的地に向かって進む。相手の返り血を浴びつつも無傷な状態に、敵が恐怖を感じ始めて及び腰になっていたが、アスラン達がそんなことに構うはずもなかった。




