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うどん屋御前、怒る

「そうツンケンするなよお嬢ちゃん。別にあんたらにしたって悪い話じゃあないだろう?」


 そう話を切り出したのは3人組の中で最も小柄な男だった。

 顔に笑みを浮かべて語りかけるが、どう贔屓目に見ても好ましいものには見えない。いやらしく歪められたその顔は「下心があります」と声を大にして語っているも同然だった。


「この屋台村にゃまだ用心棒が居ないんだろ?だからそれを俺達が引き受けてやるって言ってるんだよ。俺達ならそれなりに顔もきくぜ?そうすりゃお嬢ちゃんも女だてらに気ぃ張らなくてすむんだ。いい話じゃねぇか?」


「あらお気遣いどうも。でも結構よ。とっとと帰ってもらえるかしら?」


「そう邪険にするなよ。あんたらだって悪い奴らに寄って来られて困ってんだろ?」


「えぇ、そうね。今まさに困ってるわね。」


 看板娘の態度には取り付く島もない。素っ気無い態度は小男の言葉を鉄壁の如く寄せ付けない。


「ようお嬢ちゃん・・・あんまり強情張ってんじゃねぇぞ・・・」


 苛立ったように口を開いたのは最も大柄な男だった。


「あんまり聞き分けのねぇようだと、こっちも少しばかり手荒な真似もしなきゃいけなくなるよなぁ?」


 そう言うと巨漢は手近なテーブルをひっくり返す。それを皮切りに他の2人も暴れ回り手当たり次第ひっくり返し、ぶちまける。

 その様子に残った客も巻き添えを恐れて店を出て行く。

 3人組の蛮行に鉄馬が席を立とうとする。止めに入るつもりだろう。

 しかし、ギンはそれを押しとどめ、小さな声で囁く。


鉄兄てつにい、気持ちは分かるけどもう少しだけ待ってよ。」


「・・・・・・」


 鉄馬は無言。

 ギンの言葉を聞きとりあえず止まったが、眉間の皺がいつもより深い。

 「どういうことだ?」と言葉以上に雄弁にその顔が語っている。

 そうしている間にも3人は店を荒らしまわる。

 小男が屋台に手を掛けようとする。

 鉄馬が再び動き出そうとした時、それは起きた。


 かん高く短い気合とその後に響く打突音と誰かが倒れる音。

 気合を発したのは看板娘で倒れたのは小男だった。

 残された二人が動きを止める、視線の先には件の看板娘が竹刀を正眼に構えて立っていた。

 吹き飛ばされた小男は竹刀の突きを喉に受けたらしく、喉を押さえて苦しげに地面をのたうちまわっている。


「てめぇふざけた真似しやがって・・・」


 顔を怒気に染めた巨漢が唸りをあげる。

 大の男でも怯えそうなそれを看板娘は鼻で笑う。


「ハンッ!女1人にやられるような様で用心棒なんてよく言えたわね?不満だって言うんなら、どうぞかかってきなさいよ!」


 堂に入った正眼の構えとキリリと引き締まった顔に愛想の良い看板娘の面影は見られない。むしろどこぞの芝居の主役を張る若武者を思わせた。


「このアマ!!」


 巨漢は拳を振り上げ殴りかかる。

 店主の妻が小さく悲鳴をあげるが、看板娘の顔には毛ほどの動揺も見られない。

 巨漢の動きを見切って僅かに後ろに下がる。すり足をもってのその移動は至極安定しており、彼女の上体は小揺るぎもしない。

 間合いを外された巨漢の拳は虚しく看板娘の眼前を空振る。

 無防備に差し出された巨漢の拳。彼女はそれを見逃さなかった。

 小さく竹刀を振り上げすかさずそれを打つ。竹刀は過たず巨漢の拳を打ち、巨漢は思わず痛みに呻いた。いわゆる「引き小手」である。


「うひゃあ、痛そぉ~」


 ギンが笑いながら呟く。


「ギン。この屋台村には用心棒がいないんじゃなかったのか?」


 看板娘の動きは鉄馬の目から見てもなかなかのものだった。

 腕もさることながら男3人を相手にしてあれほど堂々としている度胸が素晴らしかった。


「うん、いないよ。あの娘は用心棒じゃあない。あくまで本業はこのうどん屋の店員さ。」


 そう言っている間にも看板娘は的確に相手との間合いを測り、打突を加えていく。


「でもあの娘、剣術の心得があるらしくてね?そんじょそこらのチンピラが相手ならああやって自分で追い返しちゃうのさ。つまりあの娘が今のこの屋台村の用心棒代わり、名前が巴っていうらしくってね?それでかの『巴御前』にあやかって一部じゃ『うどん屋御前』なんて呼ばれているわけさ。」


 剣術の心得があると聞いて鉄馬は納得した。

 身のこなし、竹刀の扱い、確かにその動きは充分に鍛錬を積んだ剣術家のものだ。

 実力は今相手にしている巨漢よりずっと上だろう。

 事実、彼女は巨漢に触れさせることすら許さず一方的に打突を加え続けている。

 これが試合であるならば彼女の勝利は疑うべくもない。しかし・・・・・・


 鮮やかな進退を見せる看板娘こと巴の動き。しかし彼女の動きが急に止まった。

 その原因は彼女の背後。3人組の最後、中肉中背の男が後ろから彼女を抱きすくめている。

 己の不覚に気付いた巴はそれを振りほどこうとする。

 しかし、単純な腕力ではやはり分が悪いらしく、彼女は男の腕を振りほどくことができない。

 巨漢は息を鎮め、ニヤリと笑う。


「随分好き放題やってくれたなぁ・・・」


 笑ってはいるが真っ赤に染まった顔が彼の怒りの程を物語る。

 もはや相手が女であることなど頭にはない。

 身動きのできぬ巴に向かって巨漢は右拳を振り上げ、微塵の加減も見せず打ち出した。

 次の瞬間、訪れるであろう痛みに巴は歯を食い縛るが、予想に反してその瞬間は訪れなかった。


 恐る恐る目を開けると眼前には巨漢の姿が。

 しかし、今の彼は目を見開き、開け放たれた口からはダラダラとよだれがこぼれている。

 原因は彼の腹に突き刺さる爪先だった。

 爪先は引き抜かれ、それと共に巨漢はバタリと地面に沈む。

 倒れた巨漢の傍らには1人の男。今日初めて店にやってきた新顔のお客・・・鉄馬である。


 鉄馬は巴が抱きすくめられるのを見るや席を立っていた。

 そして、殴りかかる巨漢の傍に寄るや、すかさず蹴りを放った。

 横合いから回し蹴り気味に放たれた蹴りは巨漢のみぞおちを捕らえる。

 ただでさえみぞおちは致命的な急所であるが、鉄馬の蹴りはそれにとどまらない。

 彼が放ったのは足の甲ではなく中足ちゅうそくでの蹴りだった。

 中足とは足の指の付け根、拇指球のあたりを意味する。

 足の甲での蹴りでも充分に威力はあるが、中足での蹴りは更に打突部位の面積が絞られる為、その分威力も増す。

 喰らった瞬間の巨漢は打撃ではなく、刃物に刺されたようにすら感じたことだろう。


 巴を抱きすくめたまま、目の前の光景を呆然と見る男。

 巴も驚いたようで先程までの勇ましさもどこへやら、キョトンとした表情で鉄馬を見ている。


「その手を離してとっとと失せろ。これ以上暴れるつもりなら相応の対応をさせてもらう。」


 淡々と言い放つ鉄馬に男はハッと気付く。


「お、お前はあの時の・・・」


 男の記憶に鉄馬の顔が蘇る。かつて自分達の邪魔をした1人の自称用心棒のことを。

 彼らはかつて長屋の佐々木 周造を襲った3人組だった。

 しかし鉄馬は彼らのことなど既に記憶の彼方だった。

 不審げに眉間の皺を寄せつつ口を開く。


「・・・何のことだ?それより返答は如何に否か?応か?」


 くしくもその時と同じ最後通牒。

 男の返答もまたその時と同じだった。


「ハ、ハイ!すみませんでした!!」


 そう言って仲間を叩き起こし、ほうほうの体で去っていく3人。

 3人の姿が完全に見えなくなり、巴の元に店主夫妻が駆け寄ってくる。


「巴ちゃん。大丈夫だったかい。」


「いつもすまねぇ巴ちゃん・・・俺が不甲斐ないばかりに巴ちゃんばかりに苦労をかけて・・・」


 顔を俯かせ詫びたのは店主だった。

 おそらくは四十半ばと見られるが、その姿は痩せており如何にも弱々しい。駆け寄る時、僅かに足を引きずっていた様子から察するならば、どこか身体が悪いのかもしれない。

 心配する店主夫妻に対し、巴は笑って答える。その顔は最初に見たときと同様人懐っこい看板娘の笑みだった。


「気にしないでよ、おじさん、おばさん。あんな奴らちっとも怖くなんかないから。それに今日はこのお兄さんも助けてくれたし・・・」


 そう言って巴は鉄馬に向き直る。

 

「お兄さん、危ないところをありがとうございます。本当に助かりました。」


 そう言って巴は深々と頭を下げる。

 そして再び上がった顔に浮かべられた笑みには偽りのない感謝が見て取れた。


「いえ・・・自分は・・・」


 「大したことはしていない」そう言おうと口を開きかけた時、それに先んじてギンが口を開いた。


「親父さん。どうですか、この人?いい腕してるでしょ。」


 ギンの言葉に店主が振り向く。


「ああ・・・あなたは仲介屋の・・・もしかしてこの人が例の空手屋の・・・」


「そう、本部 鉄馬。見ての通り腕は良いし、多少気難しげな顔はしてるけど人柄だって悪くない。どうです?用心棒としては悪くないと思いますけど・・・」


 店主と商談を始めるギン。

 どうやらこの屋台村の用心棒というのがギンの紹介したかった仕事らしい。

 今や鉄馬そっちのけで店主とギンは商談に勤しんでいる。

 見たところ、店主も商談に前向きらしく悪くない雰囲気で話は進んでいるようだった。

 当の用心棒である鉄馬が蚊帳の外というのもどうかと思うが、鉄馬自身、屋台村の用心棒を勤めることに異存はない。それに「ギンであれば上手い具合に取り計らってくれるだろう」とその程度には鉄馬はギンのことを信頼していた。

 ギンと店主は話を煮詰め、鉄馬は特にすることも無くぼんやり立っている。

 その時冷ややかな声がその場に響いた。


「あんた、用心棒・・・武道屋なの?」


 冷ややかな声の主は巴だった。

 先程までの笑顔とはうって変わってその表情は冷たい。

 声色の冷ややかさは先程のチンピラ相手より更に冷たい。

 突然の巴の変貌に戸惑う鉄馬。

 しかし、それに構わず巴は言い放つ。



「帰って。あんたなんか必要ない。二度と来ないで。」

 


 

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