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村 と 彼女の事情

 巴の突然の変貌。

 突然の事態に困惑する鉄馬だが、彼女の形相は依然として冷ややかだった。

 ギンが持ち前の話術で宥めようとするが、彼女が再び竹刀を持ち出したことにより交渉はあえなく敗北と相成った。

 けんもほろろの有様に半ば逃げるようにして屋台村を出る鉄馬とギン。

 結局まともな仕事など何一つできぬまま二人はその場を去ることとなった。


 再び薄暗い夜道を2人で戻る。

 しばらく続いた沈黙の後、不意に鉄馬が口を開いた。


「ギン。どういうことだ。」


 端的な言葉であるが別に怒っているわけではない。

 用心棒を雇わない屋台村。

 妙に腕の立つ看板娘。

 そして看板娘の突然の変貌。

 それらが鉄馬を困惑させ、その言葉を吐かせた。

 そんな鉄馬の疑問にギンはため息一つつく。


「ん~まぁ隠してた訳じゃないんだけど、少しばかりややこしい事情があってね。」


 観念したようにギンが事情を話し始めた。



 『うどん屋御前』こと樫原 巴はうどん屋夫妻の実の娘ではない。

 店主の兄の娘、いわば姪っ子だった。

 店主の兄は戦前、剣道道場を営んでおり、近隣ではそれなりに名の知れた剣道家だった。

 巴は剣道家の父の下に生まれ、物心ついたときには当然の如く竹刀を握っていた。

 本人の才能もあるが、それ以上に巴はこの父を慕っており、父の薫陶のもとめきめきと腕を上げた。

 本来であれば自慢の父、自慢の娘として幸せに暮らしていけたのだろうが時代がそれを打ち壊した。

 父は出征し、戦地にて戦死を遂げ、母もまた空襲により帰らぬ人となった。

 両親を失い1人となった巴。

 それを引き取ったのが叔父であるうどん屋夫妻だった。


「それでまぁ引き取られた後は店主夫妻と一緒にうどん屋をやることになったみたいなんだけど、そこでも色々あったらしくてね。」


 戦後東京の治安の悪さは巴達にも平等に襲い掛かった。

 うどん屋の稼ぎを狙う強請や強盗。

 剣道家であった兄に対し、弟である店主は生まれるつき身体があまり強くなかった。加えて戦中、空襲により崩落した建物に巻き込まれて怪我をし、それ以後片足を引きずるようになっていた。

 この有様では到底彼が店を守るなど覚束ない。店主婦人に至っては候補に挙げるまでも無い。

 従って自然と腕に覚えのある巴が父の形見の竹刀を片手に店を守るようになった。

 父に鍛えられた剣の腕はそんじょそこらのチンピラなどものともせず、見事に叔父夫婦のうどん屋を守り通した。

 そして、そんな評判を聞きつけたのだろう。

 庇護を求める他の屋台もこのうどん屋に寄り添い始め、ついには小さいながらも屋台村と呼べるほどの規模までの集団に成長した。


「うむ・・・いい腕だとは思ったが、そこまでのものとは・・・いや大したものだ。」


 若い身空で自分達の屋台だけではなく寄り添う他の人々まで守ってきたのだ。鉄馬も自然と彼女に敬意を覚えた。


「そう。大したもんだよね?でもさ、やっぱり限界があるんだよ。女の子1人が守るには集団が大きくなりすぎたんだ。」


 集団が大きくなれば必然そこに集まる利益も増える。

 それを狙って大小様々の悪党がこの屋台村にちょっかいを出すようになった。


「屋台村の人達だって馬鹿じゃない。これはそろそろ本格的に用心棒を雇うべきだって考えたのさ。でもね・・・」


 人選が悪かった。

 仲介屋に依頼してやってきたのは自警団を名乗る数人の男達だった。

 歳も若く、皆武道経験があるということで、当初屋台村の人々は多大な期待を彼らに寄せていた。

 屋台村を見回り、争いがあれば仲裁する・・・そんなまっとうな仕事ぶりが見られたのはものの数日だった。

 見回りの回数が目に見えて減り始め、我が物顔で屋台の品を食べ散らかす。

 それだけであればまだ我慢もできたが、彼らは厄介そうな相手が来たときに限って不思議と席を外していることがほとんどだった。

 

「それはまた・・・典型的なチンピラ用心棒だな。」


「まさしくその通り。そんなチンピラにまともな働きなんて期待できるわけないだろう?」


 危機からは逃げ、そのくせ雇い主である屋台村の人々に対しては我が物顔で振舞う。

 これでは外敵を追い払うどころか、内側に敵を飼っているも同然だった。

 それでもしばらくは我慢していたがとうとう我慢の限界が来た。

 そして一番早く限界を迎えたのは後の『うどん屋御前』こと巴嬢であった。

 怒りに燃えた巴は竹刀片手の大立ち回り、自称自警団をねじ伏せてたちまち彼女達の屋台村から追い出してしまった。

 それからしばらくは屋台村全体で用心棒に対する不信感が蔓延し、結局屋台村の警備は依然巴の手にゆだねられることとなった。


「まあそれでもやっぱりうどん屋の親父さん達からすれば胸も痛む訳だよ。娘同然の姪っ子が荒くれ相手に1人で身体張ってんだからさ。」


 そして、とある筋からギンはこの屋台村のことを知ることとなり、仲介を引き受けることになったという。


「親父さん達の要望は腕の方も大事だけどそれ以上に人として信用できる人を紹介して欲しいって依頼だったんだ。だから鉄兄てつにいならピッタリだと思ったんだけどねぇ。」


 「はぁ」とため息一つつく。


「まさか御前様の用心棒嫌いがあそこまでとはねぇ・・・・・・俺の知る限り一番用心棒らしくない用心棒の鉄兄ならどうにかなると思ったんだけど、まだ甘かったかぁ~」


「・・・・・・・・・・・・・・・待て。俺のどこが用心棒らしくないんだ?おい、ギン?」


 鉄馬は自分の仕事ぶりの珍奇さに自覚が無い。

 しばらく呼びかけていたがギンに取り合ってもらえず、仕方なく話題を戻す。


「しかし、ギン。樫原嬢の様子は少しばかり妙だ。確かに用心棒に対する不振もあるのだろうが、むしろ「武道屋」という肩書きに反応していたようだったが・・・」


「ああ、それね。確かにそうなんだよ。最初に用心棒を雇ったときも一番難色を示していたらしいし。もしかしたらその辺にも何か事情があるのかもしれないけど・・・さすがにそこまでは調べがついてないなぁ~」


 完全にお手上げらしく、ギンからの説明はそこで終わった。

 沈黙の中、鉄馬は考えを巡らせる。


 剣術自慢の看板娘。

 剣道家の父。

 用心棒への不振。

 武道屋への嫌悪。


 いくつもの言葉が頭を巡り、そしてあることに気がつく。


「ギン・・・・・・重大なことを思い出した。」


 眉間の皺を深め、緊迫した面持ちで鉄馬が言う。


「・・・どうしたの鉄兄。何かわかったの?」


「ああ・・・・・」


 鉄馬は至極真剣な表情で口を開く。






「よく考えたら俺達は勘定を払っていないのではないか?」


 実質、食い逃げである。


「・・・・・・・・・そうだね。」


 それきり再び沈黙。

 どこかで犬の遠吠えが聞こえた。

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