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エピローグ: 栄冠は君に輝く

 しかし俺の高校野球はここで終わってはいなかった。試合の後、千羽鶴を相手高校に渡し、泣きじゃくるチームメイトを引き連れてバスに乗り込み、高校に帰った。車中でもすすり泣く音が聞こえてきたが、誰も一言も話さずそのままグラウンドまで到着した。不思議と涙は流れてこなかった。


 慣れ親しんだグラウンドでは今日はどこの部も活動をしていないのか閑散としている。一足先に到着していた応援団は本来もう帰宅しても良い頃のはずだが、まだ大勢グラウンドのそばで待っていた。

 荷物を整理する前、監督からの指示ですべての荷物を持ってバックネット脇に集合し、ミーティングが開かれた。監督からそこで突然、思いつきなのか何なのか、最後のノックをやるぞ、と突然言い出した。


 3年生のみで行う100本ノック。後輩はみんな俺ら3人のためにボール拾いやノックの手伝いに回った。3人でショートの位置につき、順番に監督からのノックを受けた。

 一球捕るごとに拍手が巻き起こる。後輩だけでなく、残ってくれた応援団の方々からも。監督も徐々に本気になってくる。右へ左へ、捕れそうにないところも飛んで捕れと言わんばかりにフルスイングしてくる。しかし監督は珍しく無言のまま。ときどきぐっと堪えるように力を込めてから準備したりしているところを見ると、もしかして泣いているのかもしれない。俺らがはじめて1年生から3年生まで一緒に過ごした世代だからだろうか。何か思い入れがあるのかもしれない。しかしいつものあの怒号がないのは少し寂しい気もした。下手くそは練習するしかない。監督から毎日のように叫ばれた言葉は、今日の監督からは聞こえてこない。だがその意思はひしひしと伝わってきた。

 とびこんだり、思い切り前に突っ込んだり、時には簡単な打球を失敗したりしながら、必死に監督のフルスイングについて行った。吉野の膝が心配だったが、泣きながら必死について行っているところを見ると、外れてもいいんだぞ、とは言えなかった。部家も最後の最後に打たれたのが悔しいのか、一塁への送球を全力投球している。俺ら3年生にはもう高校野球生活は一日も残されていない。もうほんの数十分後には、俺らの高校野球が終わってしまう。だからせめてその前に、全力を使い果たして終わりたい。3年生3人の気持ちは一致していた。100本なんて少ない、1000本でも10000本でも受けて立ちたい。いつまでも高校野球が終わってほしくない。しかし現実とは厳しいもので、ちょうどあと3本というところで日が沈み終わりそうになっていた。

 暗くてあまりよく見えない中、最後の3本、一人一本の監督との対決が始まった。グローブはもはやあるかどうかわからない。体で止めるというか、体に埋め込むようにしながら必死で食らいついた。俺の最後の一本は、真正面の地を這うような速いゴロ。腹筋で抑え込んでなんとかキャッチし、一塁に全力投球した。


 俺の高校野球はこうして幕を閉じた。最後の白球は、文字通り血と涙で汚れていた。



2012年から連載しはじめ、約5年間の断絶を経て完結させることが出来ました。本当にありがとうございました。ご意見・ご感想はご遠慮無く、なんでもお寄せくださいませ。

これからも他の作品にてよろしくお願いいたします。

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