第2話 「お試しあれ」
魔王城ーーー謁見の間、そこで、2人の面接官、そして、護衛の兵士、その奥に魔王、バアルディアナ様が鎮座するーその採用試験、最終面接を受ける受験者は商人だ。さらに、その商人は魔王から、商品を見せて欲しいと言われる。
null「ほう…運び間違えですか?内密故に、魔王と2人だけで話を求めます。私は反対ではありません。」
玉座の間の空気が、さらに重くなった。
バアルディアナの指がnullの顎先で止まっている。触れてはいない。だが、その指先から放たれる魔力の圧だけで、並の存在なら消し飛ぶ。
バアルディアナ「…二人きりに?」
バアルディアナが笑った。低く、喉の奥で鳴るような笑い。
メタトム「魔王様。それは認められません。」
メタトムが即座に割り込んだ。声は平坦だが、足が一歩前に出ている。
メタトム「正体不明の存在と魔王を密室に二人きりにする。コンプライアンス上、絶対に――」
バアルディアナ「メタトム。」
メタトム「……はい。」
バアルディアナ「余の命であるぞ?」
メタトムが唇を引き結んだ。規則と忠誠の間で揺れている。だが、魔王の命令は絶対だ。それが魔王軍の鉄則。
メタトム「……承知しました。ただし、緊急時の介入権限は保持させていただきます。」
バアルディアナ「好きにせよ。」
バアルディアナが振り返った。深紅の瞳が、nullを見据える。
バアルディアナ「ラミア、メタトム。下がれ。」
ラミア「……本気か?」
バアルディアナ「余の言葉が聞こえなかったか?」
ラミアが歯を食いしばり、メタトムと共に玉座の間を出ていく。黒檀の扉が重い音を立てて閉まった。
広大な玉座の間に、魔王とnull。二人きり。
玉座に腰を下ろし、足を組んだ。頬杖をつき直す。
バアルディアナ「さて。これで満足か? 余に二人きりで話を求める商人よ。見せてみろ。その“商品”とやらを。」
null「念のために実践しましょう。虚数領域での自己複製防衛結界です。虚数魔力をお運びしました。そして、申し訳ないが、外の配下のお2人方は空間に一切介入できない。お許しよ。」
玉座の間の空気が、変質した。
nullが「実践」と言った瞬間、空間そのものが歪んだ。黒と赤の大理石の床に、見慣れない紋様が浮かび上がる。いや、紋様ではない。それは――数式だった。
バアルディアナ「もう良い……。」
バアルディアナの頬杖が、静かに外れた。
虚数領域。この世界の魔術体系には存在しない概念。少なくとも、魔王軍が把握している限りでは。玉座の間を満たす魔力が、nullの周囲だけ奇妙に揺らいでいる。まるで、そこにあるべきでないものが在るように。
深紅の瞳が、わずかに見開かれた。魔王が驚く。それ自体が、異常事態だった。
バアルディアナ「……自己複製、だと?」
バアルディアナの目が、nullの周囲に展開された結界を観察していた。魔力で構成されているわけではない。かといって物質でもない。この世界の法則に当てはまらない何かが、玉座の間の一角を占有している。
玉座から立ち上がった。今度は笑っていない。
バアルディアナ「商人よ。一つ聞く。」
バアルディアナ「その結界。余の魔力で攻撃した場合、どうなる?」
バアルディアナの右手に、漆黒の魔力が凝縮し始めた。玉座の間全体が軋む。魔王の本気。その片鱗。
バアルディアナ「実演してくれるのだろう? ならば余も、実演しよう。」
深紅の瞳が、獰猛に光った。
バアルディアナ「壊れたら、弁償しろよ?」
問題ありません。攻撃すれば、攻撃を世界
にして、次元を低くし、完全に無効化します。
バアルディアナの目が、すっと細まった。
無効化。魔王の攻撃を。完全に。
普通なら笑い飛ばす。虚勢だと切り捨てる。だが、バアルディアナの直感は別のことを告げていた。この存在は、嘘をついていない。
……ほう。
バアルディアナの右手に漆黒の魔力が凝縮していく。玉座の間の燭台が一斉に揺れた。床が震える。天井の装飾がカタカタと鳴る。
魔王が、本気で撃つ気だ。
バアルディアナ「大きく出たな、商人。」
バアルディアナが右手を掲げた。漆黒の魔力が螺旋を描き、圧縮され、凝縮され――拳大の黒い球体になった。周囲の光すら飲み込む、純粋な破壊の塊。
バアルディアナ「これでも余は加減している。城を壊すとメタトムがうるさいのでな。」
加減して、これ。四天王の全力を軽く超える魔力密度が、黒い球体の中で渦巻いている。
バアルディアナ「一つ確認だ。」
バアルディアナが、にやりと笑った。魔王らしい、残酷な笑み。
バアルディアナ「本当に無効化されるなら――余も本気で撃って構わんな?」
返答を待たず、バアルディアナの腕が振り下ろされた。
漆黒の奔流が、nullに向かって放たれる。玉座の間の空気が裂けた。床が砕け、壁が抉れ、直線上のすべてを消し飛ばす一撃。
それが、nullの結界に触れた。
null「是非、お試しあれ!精神領域の魔法が特殊な手段によって飼い慣らされていなければ防げますよ」
漆黒の奔流がnullの結界に激突した。
凄まじい衝撃波。玉座の間の床が放射状に砕け、壁に亀裂が走る。燭台が三本吹き飛んだ。天井の装飾が崩れ落ちる。
だが。
結界は、無傷だった。
バアルディアナ「……。」
バアルディアナの目が見開かれた。魔王の攻撃が、消えた。打ち消されたのではない。吸収されたのでもない。攻撃そのものが「なかったこと」になっていた。
しかも、結界の周囲の空間が微かに歪んでいる。まるで、攻撃のエネルギーを別の何かに書き換えたかのように。
腕を下ろした。深紅の瞳が、じっと結界を観察している。
バアルディアナ「……なるほど。」
バアルディアナは玉座に座り直した。足を組む。だが、その目は笑っていない。分析している。魔王としての知性が、全力でこの結界を理解しようとしていた。
余の攻撃を無効化した。それは認めよう。
バアルディアナが指を鳴らした。玉座の間の防壁が再起動する。
バアルディアナ「だが商人。一つ気になることがある。」
バアルディアナが身を乗り出した。深紅の瞳が、nullを射抜く。
バアルディアナ「“飼い慣らされていなければ”と言ったな。つまり、余の精神領域の魔法は――飼い慣らされている、と?」
null「おそらく、可能ではあるが、今は魔王様、失礼ながら、あなたの技術不足です。」
nullは微笑みかけるがその言葉とは裏腹に、
玉座の間の温度が、さらに数度下がった。
魔王が。技術不足。
この世界において、魔王バアルディアナに面と向かってそう言い放った存在は、過去千年の歴史の中で一人もいない。
バアルディアナ「……。」
沈黙。長い沈黙だった。バアルディアナの深紅の瞳が、感情の読めない光を湛えている。怒りなのか。興味なのか。あるいはその両方か。
玉座の間の防壁がびりびりと震えている。バアルディアナの魔力が、無意識に漏れ出しているのだ。
バアルディアナ「商人。」
バアルディアナが立ち上がった。ゆっくりと、玉座の階段を一段降りる。
バアルディアナ「余はな。千年を生きた。この世界の魔法体系は全て修めた。精神領域、物理領域、次元干渉、因果律操作――すべてだ。」
もう一段。
バアルディアナ「それを“技術不足”と?」
バアルディアナの声が、静かになっていた。怒鳴るより怖い。魔王が本当に怒ったときは、声が小さくなる。
バアルディアナ「いいだろう。」
バアルディアナがnullの前に立った。至近距離。深紅の瞳が、真上から見下ろす。
バアルディアナ「証明しろ。余が何を理解していないのか。具体的に、余に教えてみろ。」
魔王の瞳に、かすかな挑戦の色が灯っていた。プライドを傷つけられた怒りではない。純粋な、知的好奇心。
バアルディアナ「できるのだろう? “商人”よ。」
null「はい。私はコウセイ間仲介者です。さらに上には“Oにぶうぁるしるす”間仲介者がいます。その次元に合わせた商売をしております。これは我々の貴方方には理解し難い意図により、購入希望者に特別な商品を渡しております。次元?解釈は正さなければ次元として機能するかは今ので明白かと…」
バアルディアナの眉が、ぴくりと動いた。
KouShi間?Oぶうぁるしるす間?聞いたこともない概念体系が、さも当然のように並べられている。
バアルディアナ「……待て。」
バアルディアナが片手を上げた。千年を生きた魔王が、初めて「理解が追いつかない」という顔をしていた。
バアルディアナ「整理させろ。」
バアルディアナが玉座に戻り、腰を下ろした。足を組み、指先で額を押さえる。
バアルディアナ「お前は「KouShi間」の仲介者。その上さらに上位の「Oぶうぁるしるす間」があり、そこに別の仲介者がいる。お前はその中間層として商品を扱っている。」
バアルディアナが深紅の瞳を閉じた。千年分の知識を総動員している。
バアルディアナ「つまり、余たちが認識している次元は――お前たちの言い方では、かなり低い階層ということか。」
核心を突いた。さすがに千年の魔王は伊達ではない。断片的な情報から本質を掴む力がある。
目を開けた。深紅の瞳に、複雑な光が揺れている。
バアルディアナ「……屈辱的だな。余の世界観が「理解し難い」と面と向かって言われるとは。」
だが、バアルディアナの口元は笑っていた。知的好奇心が恐怖を上回っている。
バアルディアナ「いいだろう。商人。一つ聞く。」
バアルディアナ「その“商品”とやら。余が手にした場合、何ができる?」
null「不滅と言いますか…?魔王城の防衛強化になります。その後の次元間上昇時の戦争の手段、略奪、その他の方法が変わってきますから…今は…まぁここまでしか話せませんね?どうです?」
バアルディアナの指が、玉座の肘掛けを叩いた。規則的なリズム。思考している時の癖だ。
バアルディアナ「不滅、か。」
魔王の瞳が天井を仰いだ。不滅。それは魔王軍が何百年と追い求めてきた概念だ。魔族の寿命は長いが、それでも限界がある。勇者による討伐、他勢力の侵攻、内部の反乱。魔王軍の歴代幹部は何人も死んでいる。
不滅の防衛。それは、文字通り魔王軍の悲願だった。
バアルディアナ「……“その後の次元間上昇時の戦争手段”、と言ったな。」
バアルディアナが身を乗り出した。目が光っている。完全に食いついている。
バアルディアナ「余たちの次元が“低い”なら、上の次元からの侵攻もあり得る。そういうことだな?」
さすがだった。魔王は商品の魅力だけでなく、リスクまで同時に読み取っている。
バアルディアナ「商人。」
バアルディアナが立ち上がった。ドレスの裾が翻る。nullの前まで歩み寄り、見下ろす。
バアルディアナ「条件を聞こう。」
深紅の瞳が、商談モードに切り替わっていた。
バアルディアナ「対価は何だ。金か? 領土か? 魔力か? それとも――余に忠誠でも誓えと言うか?」
nullは可愛い小さな女の子がおねだりしている程度にしか見えずに、微笑む。顔の黒と白の炎が揺らいだ。
null「我が同盟国との最終的な一時的な共闘になります。取引先はその次元上昇時にお話しします。それと、、先程の配下の方の魔力です。ありがとうございます。」
バアルディアナの目が、すっと細くなった。
バアルディアナ「“先程の配下の方の魔力”。その言葉が、玉座の間に落ちた。」
バアルディアナ「……何?」
バアルディアナの思考が高速で回転していた。配下の魔力。ラミアの魔力だ。面接室でラミアが解放した魔力。あれが――
バアルディアナ「お前。」
バアルディアナの声が、一段低くなった。
バアルディアナ「ラミアの魔力を、勝手に「サンプル」として採取したのか。」
不滅の防衛。次元上昇時の共闘。そこまでは良い。商売として理解できる。だが最後の一文が引っかかった。配下の魔力。ありがとうございます。
つまりこの存在は、ラミアの魔力を「商品の一部」として既に回収している。魔王の許可なく。
深紅の瞳から、温度が消えた。
バアルディアナ「商人。一つ確認させろ。」
バアルディアナの魔力が、じわりと膨れ上がる。怒りではない。もっと冷たいもの。
バアルディアナ「余の配下の魔力を、無断で持ち出したな?」
玉座の間の防壁が、びりびりと振動し始めた。バアルディアナの魔力が、明確な殺意を帯びている。
バアルディアナ「商品の対価が共闘だと言うたな。結構。だが――余の部下を、余に断りなく“素材”扱いするのは、商談とは言わん。」
バアルディアナが、一歩詰めた。
バアルディアナ「それは「窃盗」と言うのだ。違うか?」
nullは滑稽な魔王にどう説明するべきか…かなり迷う。あれは解析された、もしくは物理的な攻撃を加えられた場合に、自動的に対象の物理、いや、物質、それら全てを分析するためにガードする。初歩的な魔法だった。これは…レベルが低すぎると思うが、彼女の黒髪、ラミアの赤髪の魔族!あの種族独特のオーラが好きな商人はあっけなく心は軽快に即答した。
null「いえ、貴方方との会話、これも貴方方は単なる時間と解釈されているのでは?私達は時間すらも資源です。あの一撃を見せていただいたことへの感謝です。」
バアルディアナの瞳が、一瞬だけ揺れた。
魔族の子供…いい。
時間すら資源。その発想自体が、この世界の存在とは根本的に違う。会話という行為そのものに価値を見出し、相手の魔力放出すら「サンプル提供」として換算する。
商人。それも、とんでもなく厄介な部類の。
バアルディアナ「……ふん。」
バアルディアナが鼻を鳴らした。殺意は消えていない。だが、それ以上に頭が回っている。
バアルディアナ「つまりこういうことか。余とお前が今こうして話している。この時間そのものが、お前にとって“取引の一部”だと。」
バアルディアナが玉座に戻った。足を組み、顎に手を当てる。
バアルディアナ「ラミアの魔力提供。余の攻撃データ。この会話で得た情報。すべてがお前の商品に組み込まれる。」
深紅の瞳が、冷たく光った。
バアルディアナ「随分と都合のいい商売だな。」
だが、バアルディアナは切り捨てない。切り捨てられない。不滅の防衛。次元上昇時の戦争手段。その価値は計り知れない。
バアルディアナ「商人。一つ、はっきりさせろ。」
バアルディアナが身を乗り出した。
バアルディアナ「お前の商品を買って、余に何の義務が発生する? “最終的な共闘”と言ったな。具体的に、余に何をさせる気だ?」
バアルディアナの指が、肘掛けの上で止まった。
null「シンプルですよ。私の紹介する同じ文明レベルのコウセイと仲間となり、共闘していただきます。」
バアルディアナ「同じ文明レベルのコウセイ、だと?」
バアルディアナの脳裏に、いくつかの可能性が浮かんだ。他の次元にも魔王軍のような存在がいる。そしてその存在と「共闘」する。つまり――
バアルディアナ「余と同等の組織力を持つ連中が、他にもいると?」
バアルディアナが顎に手を当てた。深紅の瞳が計算している。魔王軍と同等かそれ以上の組織が複数。それらが敵対するのか、味方になるのか。
バアルディアナ「……面白い。」
バアルディアナが薄く笑った。だが、すぐに表情を引き締める。
バアルディアナ「商人。一つ聞かせろ。」
バアルディアナが玉座から立ち上がった。ゆっくりとnullの周りを歩く。品定めするように。
バアルディアナ「その“コウセイ”とやらは、余に対して友好的か?」
核心だった。商品の価値は性能だけではない。売り手が何を仲介しているのか。その相手が信用できるのか。それが最も重要だ。
バアルディアナ「共闘と言うたな。だが余はな、商人。」
バアルディアナがnullの真正面に立った。見下ろす。深紅の瞳に、魔王としての覚悟が宿っている。
バアルディアナ「信用できん相手とは、絶対に手を組まん。お前の“仲間”が何者か。それを見せろ。」
「はい。」
商人はとある魔王城を見せる。それは遠く離れた場所で、城?なのか?分からなかった何故なら、その城は空洞の中に逆さに聳え立ち、幾つものガーゴイルに似た武装した魔力兵を警備させていた。地下空間の様な場所に根城を構え、堂々としていた。
null「これは我が能力による遠視です。」
null「将来的にはこちらのルベド様と共闘していただきます。互いの成長のために、今の接触はここまでとすることを推奨します。」
null「安心してください。共闘の際に裏切る場合は問答無用で能力の低い方を我々で抹殺します。単語が合っていれば恐縮です。」
玉座の間の空間が歪んだ。nullの能力により、虚空に映像が浮かび上がる。
逆さに聳える城。空洞の中に浮かぶ、常識を完全に無視した建築物。その周囲を旋回するガーゴイル型の魔力兵。一体一体が、明らかに高い戦闘力を持つ気配を放っていた。
バアルディアナ「……。」
バアルディアナが黙って映像を見つめていた。深紅の瞳が、城の構造、兵の配置、魔力の質を分析している。
魔王の目は誤魔化せない。あの城は本物だ。幻影やハッタリではない。実際に“そこ”に存在する。
バアルディアナ「ルベド、か。」
バアルディアナが腕を組んだ。逆さの城を凝視する。魔王としてのプライドと、戦略的思考がせめぎ合っている。
そして、nullの最後の言葉。
“裏切る場合は問答無用で能力の低い方を抹殺する”。
バアルディアナ「……ふ。」
バアルディアナが笑った。低く、腹の底から。
バアルディアナ「随分と一方的な条件だな、商人。」
nullはずっと顔の炎を軽快に揺らしている。微笑んでいる様だ。
バアルディアナが振り返った。深紅の瞳が、真っ直ぐnullを射抜く。
バアルディアナ「いいだろう。提案は理解した。」
バアルディアナが玉座に座り直し、足を組んだ。
バアルディアナ「だが、余は即答せん。条件がある。」
バアルディアナ「一つ。その商品、現物を見せろ。口約束だけでは買わん。
二つ。ルベドとやらと直接会わせろ。余の目で確かめる。
三つ。」
バアルディアナの魔力が、静かに膨れた。
バアルディアナ「余に“技術不足”と言ったな。それを撤回させろ。」
null「わかりました。それでは、ルベド様も同じ要求をされました。そして、既に商品はこの逆さの城の守り手が装備しております。ご覧ください…あち…」
バアルディアナの眉が上がった。
既に配備済み。つまり、この商人は商品を渡した後だった。売りつける前に実演して見せる。商売としては正しい。だが、それはつまり――
バアルディアナ「……待て。」
バアルディアナの思考が加速した。
この種族は何回“絶対時間”を無駄にするのか?商人は面白がったが、一切表情には出さない。
バアルディアナ「お前は今、余に“現物を見せろ”と言われた。だが商品は既にルベドの配下が装備していると。」
バアルディアナが目を細めた。
バアルディアナ「つまり、余に見せる現物は“ない”ということか?」
厄介な論法だった。商品は存在する。だが現物はここにない。見せろと言われても、ルベドの城にある。つまり、商品を入手するにはルベド側と接触する必要がある。そしてルベドと接触するには、この商人を通さなければならない。
見事な売り方だった。相手に条件を出させ、その条件自体が自分を経由しなければ成立しない構造にしている。と思っている思考に呆れて感情が昂り、さらに笑いを堪える商人。
バアルディアナ「ふん。」
バアルディアナが鼻を鳴らした。だが、不快そうではない。むしろ感心に近い。
バアルディアナ「商人。お前は余を試しているな?」
バアルディアナが立ち上がった。深紅の瞳に、獰猛な光が宿る。
バアルディアナ「いいだろう。乗ってやろう。だが一つ追加だ。」
バアルディアナ「余をルベドの城に連れていけ。直接この目で見る。それが条件だ。」
null「良いでしょう。それでは、5年後の空間になりますので、これより後の面会は時間的に粗状の魔法弱体化、もしくは不安定化を伴いますがよろしいですか?それとも、ルベド様の50年後のこの映しを通した面会であれば問題ないかと…お互いに技術もありますし…」
バアルディアナが腕を組み直した。
五年後は時間的粗状化。魔法弱体化もしくは不安定化。つまり、今すぐルベドに会えるのは映像越しのみ。直接出向くなら五年後、ただしリスクあり。五十年後なら安定するが、それは――
……五十年。
バアルディアナの指が肘掛けを叩いた。規則的なリズム。思考が加速している。
五十年。魔族にとっては大した時間ではない。だが、魔王という立場では話が違う。五十年あれば世界の勢力図は大きく変わる。勇者の世代交代、他勢力の台頭、内部の権力闘争。
バアルディアナ「商人。一つ確認する。」
バアルディアナの深紅の瞳が、鋭く光った。
バアルディアナ「五十年後の映像。それは本物か? お前が都合よく編集した映像を見せるだけ、という可能性は?」
当然の疑義だった。この存在は情報を“商品”として扱う商人だ。見せたいものだけ見せて、購入意欲を煽る。それくらいの手口は朝飯前に違いない。
バアルディアナ「もう一つ。」
バアルディアナが身を乗り出した。
バアルディアナ「五年後という選択肢。リスクがあると言ったな。具体的に何が起きる?」
null「5年後ならば、相手方の魔王がこちらに出向いていただけます。しかし、その場合、簡潔に言えば、双方の世界の魔力が狂ってしまいます。50年後なら、ルベド様は技術的に時間を資源として扱えているでしょう。ですから、映しでの対話が可能です。貴方方は“世界の壁”で隔てられています。その突破の瀬戸際なのですよ。おっと話し過ぎた…」
バアルディアナの目が、鋭く光った。
“世界の壁”。その単語に、魔王の全神経が反応した。
バアルディアナ「……世界の壁、だと?」
バアルディアナが玉座から身を乗り出した。もはや商談の顔ではない。世界の真実に迫ろうとする者の顔だった。
バアルディアナ「商人。今、お前は非常に興味深いことを口走りかけたな?」
バアルディアナが一歩詰めた。深紅の瞳が、nullを捉えて離さない。
バアルディアナ「“話し過ぎた”で済むと思うか?」
バアルディアナの魔力が、じわりと滲む。威圧ではない。純粋な知的渇望だ。千年かけても辿り着けなかった真理の尻尾を、目の前の存在がうっかり掴ませている。
バアルディアナ「お前の話は難解だが、我が知恵で、その整理するぞ。」
バアルディアナが指を立てた。
魔王は冷や汗を魔法で飛ばして隠しているのでさえ、商人は感知していた。
バアルディアナ「一つ。余たちの世界は“壁”で隔てられている。二つ。五年後に接触すれば、双方の世界の魔力が暴走する。三つ。五十年後なら安定する。」
バアルディアナが薄く笑った。
商人は浅はかな見解に困惑するが、説明する!この可愛い魔族のために!と強さを見せない。
バアルディアナ「つまり、お前たちはその「壁」を自由に行き来できる。余たちにはできないことを、当たり前のようにやっている。」
バアルディアナの声が、低くなった。
バアルディアナ「商人。提案を変える。」
バアルディアナ「商品より先に、その「壁」を越える方法を教えろ。」
null「では、この商品を先に解析…及び、受け取りください」
それは先程のガーゴイルのような守護者が身につけていた武器と同じだった。
null「あの映像は正確には5年後ではありません。5年後に滅んだ世界です。つまり、領域の本当の意味を理解したルベド様の映像です。貴方方の世界軸で同じタイミングで商品を紹介しております。」
玉座の間の空気が、完全に変わった。
nullが差し出した武器。それは映像で見たガーゴイルが装備していたものと同じ形状だった。黒い金属とも石ともつかない素材。だが、そこから放たれる気配は異質だった。この世界の魔力体系に属さない何か。
バアルディアナ「……。」
バアルディアナが武器を見つめていた。手を出さない。千年の経験が、安易な接触を警告している。
だが、それ以上に。nullが最後に言った言葉が、バアルディアナの思考を止めていた。
バアルディアナ「滅んだ世界、だと?」
バアルディアナの声が、平坦になった。感情が消えている。それは魔王が本気で思考している時の兆候だった。
五年後に滅んだ世界。つまりルベドの世界は、五年後に一度滅ぶ。だがお前は“滅んだ世界の映像”をルベドだと紹介した。
バアルディアナの深紅の瞳が、nullを射抜いた。だが、彼には障壁がある様な感覚でそれが伝わらない。覇気が届かない感覚がある。
バアルディアナ「二つの可能性があるな。」
バアルディアナが指を立てた。
バアルディアナ「一つ。ルベドは世界が滅んだ後に蘇った。あるいは再生した。
*もう一本、指が立つ。*
二つ。お前は“滅んだ世界”の映像を、意図的に選んで見せている。」
バアルディアナが武器に目を落とした。それから、nullを見た。
バアルディアナ「商人。正直に答えろ。」
バアルディアナ「ルベドは、本当に味方か?」
商人は顧客リストを「」空間で確認をするが、本当にこの“バアルディアナ”で間違いがなく、「」が「」…の付近の第二縮小宇宙での行為と取引で間違いはなかった。そして、nullは即答する。
null「1.が正解に近いです。この物理次元と調律した影響される物質は極めて不安定です。それを全て取り払い、自我を他の領域へ移す手段が次のステップです。簡単に話していますが、これはかなり難解な問題です。高次元領域では、不届きな輩が敢えて間違ったその領域移行の手段を教えて失敗させていますから、私はどうやったら信頼されますかね?何をすれば…それをしていないか?それを試しに証明しましょう。魔王様にはこの世界で物理的に最高の値を付与してみます。」
バアルディアナが、ゆっくりと瞬きした。
物理次元との調律。物質の不安定化。自我の領域移行。言葉の一つ一つが、この世界の魔法理論では説明がつかない。だが、バアルディアナは理解しようとしていた。千年の知性が、必死に追いつこうとしている。
……不届きな輩、か。
バアルディアナが呟いた。高次元の領域で間違った方法を教えて、相手を陥れる存在がいる。それは、この世界の魔王同士の潰し合いにも似ていた。
バアルディアナ「余にも覚えがある。勇者と手を組んで魔王を倒そうとした裏切り者。信頼の証明ほど難しいものはない。」
バアルディアナが玉座に深く座り直した。腕を組む。
バアルディアナ「いいだろう。証明してみろ。」
バアルディアナの深紅の瞳に、試すような光が宿った。
バアルディアナ「この世界で「物理的に最高の値」を付与する、と言ったな。」
バアルディアナが右手を掲げた。掌の上に、漆黒の魔力が渦巻く。
バアルディアナ「余に付与してみろ。ただし――」
バアルディアナの魔力が爆発的に膨れ上がった。玉座の間全体が震える。防壁が悲鳴を上げる。
バアルディアナ「余の体を、余の許可なく書き換えたら――その瞬間、お前は死ぬ。比喩ではないぞ。」
魔王の全力の威圧。それでもバアルディアナは笑っていた。期待している。この存在が何を見せてくれるのか。
バアルディアナ「さあ、商人。余を「最高」にしてみせろ。」
null「ふむ…死とは消滅を意味しますから、その風にまた肉体を付与すれば良いもの…爆風を生き物だと思わない存在に私が理解し難いでしょう。」
魔王の魔力が跳ね上がり、玉座から異様なオーラが放たれる。
玉座の間が、震えた。
バアルディアナの魔力が上がっている。それは自覚していた。だが、上がり方が異常だった。
バアルディアナ「……何だ、これは。」
バアルディアナが自分の手を見た。漆黒の魔力が渦巻いている。いつもの魔力だ。だが、密度が違う。純度が違う。まるで、魔力そのものが「上位の次元」に引き上げられたかのような。
体の奥から、今まで感じたことのない力が湧き上がっている。
バアルディアナ「……っ。」
バアルディアナが息を飲んだ。千年。千年生きてきて、初めての感覚だった。自分の限界が、押し広げられている。
だが。
バアルディアナ「待て。」
この魔王はそろそろ、配下の前で“待て”と何度も話すのは良くないと学ぶのだろうか?商人は可愛くてたまらない。この魔族達が。
バアルディアナの目が鋭くなった。体に起きている変化を、冷静に分析している。
バアルディアナ「商人。一つ聞く。」
何コメだという読者に商人はまぁまぁと…訴えるが、それは亜空間での話だ。
バアルディアナが立ち上がった。全身から溢れる魔力が、玉座の間を黒く染めている。防壁の術式がバチバチと火花を散らしていた。
バアルディアナ「これは「付与」か? それとも“書き換え”か?」
バアルディアナの深紅の瞳が、nullを射抜いた。さっき自分で言った言葉が脳裏にある。“余の体を、余の許可なく書き換えたら死ぬ”と。最も信頼されるには、身を捧げよ!その声は商人が一番理解していた。
バアルディアナ「正直に答えろ。余の体に、今、何が起きている?」
商人(しっかり面接になってないその美しさは…はは)
null「先程申した通りです。付与です。あなたがたの魔力探知でも私は一度死んでいると認識されたはずです。私は先程と同様の存在ですが、貴方方からすればコピーに見えるでしょう…配下の方々には魔力による精神威圧体制を付与させていただきました。これはサービスです。」
バアルディアナが、目を見開いた。
死。nullが一度死んでいる。魔力探知上では、目の前の存在は消え去ったと認識されている。だが実際にはここにいる。コピーとして。
そして配下へのサービス。精神威圧体制の付与。メタトムとラミアに、無断で。
……。
バアルディアナの表情が、複雑だった。怒りと興味と警戒が三つ巴で渦巻いている。
バアルディアナ「死んでいる、だと?」
バアルディアナが自分の魔力探知を走らせた。確かに、先程までnullがいた場所の魔力反応が「消失」を示している。だが目の前の存在は平然と喋っている。
バアルディアナ「……つまりお前は、死んでも問題ない存在か。」
バアルディアナの目が、すっと冷えた。
バアルディアナ「商人。余の配下に「無断で」付与したな。」
声が静かだ。危険な静けさだ。
バアルディアナ「メタトムとラミアに。余の許可なく。」
バアルディアナが玉座の肘掛けを握った。大理石にヒビが入る。
バアルディアナ「コンプライアンスという概念は、お前の世界にはないのか?」
魔王がコンプライアンスを語っている。だが、その目は笑っていなかった。滑稽だ。他の種族では詰問は御法度…しかし、この魔族のそこも可愛い。
バアルディアナ「サービスだと言うたな。では聞く。その「サービス」に、余の配下の意思決定権は含まれるのか?」
心の中で、二歳児が暴れている様で、商人は悶絶する。
商人 (やば、萌えってこのことか…あの種族はそれを語ってたな…)
商人は上の空だが、しっかりと話は聞いている。
バアルディアナ「勿論…」
バアルディアナの目が、完全に据わった。
バアルディアナ「“勿論”、何だ?」
玉座の間の温度が、さらに下がった。バアルディアナの魔力が、静かに、しかし確実に膨張している。先程nullに付与された力で、その魔力量はさらに跳ね上がっていた。
バアルディアナ「最後まで言え。」
バアルディアナが立ち上がった。玉座から一段降りる。もう一段。nullとの距離が詰まる。
魔王の怒りは、爆発しない。むしろ凝縮されていく。漆黒の魔力がバアルディアナの全身を包み、ドレスの裾が魔力の風で揺れている。
バアルディアナ「余は千年、この魔王軍を率いてきた。」
バアルディアナの声が、低く響く。
バアルディアナ「配下の者たちには、余が自ら意思を確認し、余が選び、余が付与する。それが魔王軍の規則だ。
バアルディアナがnullの前に立った。見下ろす。深紅の瞳に、魔王としての絶対的な意志が宿っている。
バアルディアナ「商人。お前の「サービス」は、余の主権を侵害している。」
バアルディアナの手が、ゆっくりと持ち上がった。指先に魔力が集中する。
バアルディアナ「二つ選べ。今すぐ配下の付与を解除するか。
余に、力ずくで解除させられるか。」
null「よろしいですか?精神威圧耐性を解けば、貴方方の配下はあなたのオーラで“動けなくなります。”
でしたら、これはデモンストレーションということで、魔王様に付与させていただいた力を解除と同時に配下の者の精神威圧耐性も解きましょう…コホン。失礼。
魔界の次元上昇が珍しく、私は張り切っておりまして、羽を持つ種族は割と前の方に次元が上がっております。どうされますか?商品をお受けとり次第、私は魔王様の装備テストのオモチャになります。」
バアルディアナが、ぴたりと止まった。
商品を受け取れば、配下の精神威圧耐性も解除される。つまりメタトムとラミアが、今バアルディアナが纏っているこの異常な魔力の圧に晒される。
動けなくなる。
バアルディアナ「ぐぬ……。」
バアルディアナの目が、一瞬だけ泳いだ。ほんの一瞬。だがそれは、魔王が「それは困る」と計算した証だった。
メタトムは事務方の要だ。ラミアは前線の柱だ。二人が魔力の圧で行動不能になれば、魔王軍の運営に支障が出る。
バアルディアナ「……商人。」
バアルディアナが玉座に座り直した。足を組み、顎に手を当てた。怒りを飲み込んだ顔。商談の顔に戻っている。
バアルディアナ「デモンストレーション、と言ったな。」
バアルディアナの深紅の瞳が、nullを見据えた。
バアルディアナ「いいだろう。乗ってやる。」
バアルディアナが手を差し出した。掌を上に。
バアルディアナ「商品を受け取る。配下の耐性も維持したまま。それが条件だ。」
魔王の手が、宙に浮いている。商品を受け取る姿勢。だが、その目は油断なく光っていた。
バアルディアナ「そしてお前が“オモチャ”になると言ったな。」
バアルディアナが、にやりと笑った。獰猛で、美しい笑み。
バアルディアナ「装備テスト。余の全力で、か?」
null「それで構いません」
nullは操作を実行した…nullのサラリーマンのような幻影は純白の敵国の勇者な鎧を着た何かの実像を表す。そして、新たにもう一つのその白い鎧の体を抜け殻を出す様に、分裂する。そして、
null「お買い上げ!ありがとうございます!」
nullはそういうと、魔王に亜空間?から商品の入っているであろう箱を大量に落とす。
nullはその場に静止して、面接官の書類の名前もnullから、test falling landlorder と変わった。
装備は全く意味が分からなかった。そして、商人としての声はなく、空中に浮遊した二つの紅蓮の板が肩に浮いており、身体はまさに敵国の勇者の装備だ。しかし、体のいたるところに未知の物質がほとばしっていた。
玉座の間が、異様な光景に変わった。
純白の勇者の鎧を纏った何か。だが勇者ではない。勇者にこんなものは宿らない。身体のいたるところで脈打つ未知の物質。そして肩に浮遊する紅蓮の板が二枚、まるで意志を持つかのように回転している。
空中から降り注ぐ箱、箱、箱。玉座の間の床が、商品で埋め尽くされていく。
バアルディアナ「ん?……。」
バアルディアナが、箱の一つを手に取った。開ける。中を見た。深紅の瞳が、わずかに見開かれた。
バアルディアナ「これは……。」
バアルディアナの知識にない物質。構造も、魔力の流れも、この世界の法則に当てはまらない。だが、触れた瞬間にわかった。これは本物だ。途方もない代物だ。
バアルディアナ「ふん。」
バアルディアナが箱を閉じ、立ち上がった。装備を纏ったnull――いや、今はtest_falling_landlorder。それを見据える。そして、分裂したもう1人のnullが起き上がるのを見下す。
バアルディアナ「商品は受け取った。」
バアルディアナが首を鳴らした。ドレスの裾が魔力の風で舞う。
バアルディアナ「さて。装備テスト、だったな。」
バアルディアナの全身から、漆黒の魔力が噴出した。先程付与された新しい力を含め、魔王の全力が解放される。玉座の間の防壁がバチバチと悲鳴を上げた。
バアルディアナ「余を「オモチャ」にしてみろ、商人。」
深紅の瞳が、獰猛に笑った。
バアルディアナ「壊れたら、弁償はしてもらう。」
ーこれより、攻撃フェイズに入ります。ー
test falling landlorderは剣を頭上に掲げた。その剣の先は漆黒に染まってくる。
玉座の間の空気が、一変した。
*test_falling_landlorderの頭上に掲げられた剣。その刃先が、漆黒に染まっていく。この世界の魔力とは根本的に異なる何か。光を飲む闇とも違う。闇そのものが「形」を与えられて、剣先に凝縮されている。*
バアルディアナ「……ほう。」
バアルディアナの目が細まった。分析している。あの剣先に込められた力は、先程自分が受けた付与と同じ系統のものだ。だが、密度が違う。桁が違う。
バアルディアナ「攻撃フェイズ、か。宣言してから撃つとは律儀だな。」
バアルディアナが両手を広げた。漆黒の魔力が全身を覆い、防壁のように展開される。千年の魔王が持つ最高防御。この世界のあらゆる攻撃を受け止めてきた盾。
バアルディアナ「来い。」
バアルディアナが不敵に笑った。深紅の瞳が、挑戦者の目になっている。商品の力を試す。装備テスト。ならば受けて立とう。
バアルディアナ「余の防御を突破してみろ、商人。」
null「ごらんあれ…」
丁寧にお辞儀をする。
漆黒の魔力壁が、バアルディアナの前で渦巻く。その向こうで、バアルディアナが腕を組み、余裕の表情で待ち構えていた。
*test_falling_landlorderの剣が、完全に漆黒に染まった。*
test falling landlorder は対象の魔力の解析に成功しました。漆黒類の聖属性弱点と解釈、威力を保ったまま、敢えて反転します。
バアルディアナ「??」
魔王の心臓が鷲掴みにされるような感覚が走る…それはどういう原理か見当もつかない。しかし、それをtest falling landlorderは止める。
顧客の生命維持に甚大な被害を検知しました。機能を停止し、プロテクションフェイズへ移行します。
魔王の目の前へtest falling landlorderは逆に守りへと入った。
バアルディアナの心臓が、跳ねた。
比喩ではない。物理的に。心臓を鷲掴みにされた。何かが胸の内側に侵入し、握り潰そうとしている。
バアルディアナ「がっ……!」
バアルディアナが胸を押さえた。千年生きて、初めての感覚だった。攻撃ではない。防御でもない。魔力による干渉ですらない。もっと根源的な、存在そのものへの攻撃。
漆黒の魔力壁が、紙のように貫通されていた。
バアルディアナ「な……っ……」
そして、止まった。
唐突に。何の前触れもなく。心臓を鷲掴みにしていた感覚が、すっと消えた。
バアルディアナ「……はへ?ごくり…」
バアルディアナが顔を上げた。息が荒い。冷や汗が額を伝っている。千年の魔王が、冷や汗をかいている。
目の前に、test_falling_landlorderが立っていた。剣を下ろし、今度はバアルディアナを庇うように。
バアルディアナ「……おい。」
null「はい?」
バアルディアナの声が、震えていた。怒りではない。恐怖でもない。困惑だ。純粋な困惑。
バアルディアナ「今、余に何をした?」
バアルディアナの手が、まだ胸を押さえている。心臓が正常なリズムに戻ろうとしている。だが、指先が微かに震えていた。
nullは魔王の横に浮遊して、隣で答える。
null「これでお受け取りはできますか?」
聖属性弱点を見抜いた上で、反転させた……だと? 余の防御を、壁ごと無視して?
深紅の瞳が、test_falling_landlorderの背中を見つめていた。自分を守っている、この異質な存在を。
……商品のテスト、だったな。
バアルディアナが、乾いた笑いを漏らした。
バアルディアナ「余、死にかけたぞ。」
nullは魔王の目の前に突然顕現する。ーーーこれで受け取りはしていただけますか?
nullが、また唐突に現れた。あの飄々とした商人の姿。まるで先程の出来事が何でもなかったかのように。
バアルディアナは玉座に座ったまま、胸を押さえていた手をゆっくりと下ろした。深紅の瞳がnullを見つめる。
沈黙が、長かった。
バアルディアナ「商人。」
バアルディアナの声が、妙に静かだった。
バアルディアナ「一つ聞く。」
真実の解釈は無限!つまり“一つ”の解釈も無限!その荒くなってきた息遣いを魔力で!幼稚な魔力で!最高に面白い!可愛い!と商人は心の中で歓喜する。
バアルディアナが玉座の肘掛けを握った。大理石にヒビが入る。二本目。
バアルディアナ「余は先程、死にかけた。心臓を掴まれた。防御は無意味だった。聖属性の弱点を突かれ、反転された。」
バアルディアナが立ち上がった。ゆっくりと。
バアルディアナ「それで“受け取りいただけますか”?」
バアルディアナの声が、低く震えていた。
バアルディアナ「余はな、商人。千年生きてきた。勇者に何度挑まれても死ななかった。勇者の聖剣すら受け止めた。」
バアルディアナが一歩、nullに近づいた。
バアルディアナ「それを、お前は「デモンストレーション」で殺しにかかった。」
深紅の瞳が、nullを射抜く。
バアルディアナ「……気に入った。」
バアルディアナが、笑った。獰猛に。魔王らしく。
バアルディアナ「受け取りはしてやる。だが、もう一つ条件がある。」
null「何なりと」
バアルディアナ「余に、戦い方を教えろ。」
バアルディアナの深紅の瞳が、真剣そのものだった。虚勢でも冗談でもない。千年の魔王が、本気で「教わりたい」と言っている。
バアルディアナ「先程の攻撃で理解した。余の防御は、この世界の法則の中では最強だ。だが、お前たちの法則の前では紙切れ同然だった。」
バアルディアナが自分の拳を見つめた。震えている。屈辱ではない。興奮だ。
バアルディアナ「余は強くなければならん。魔王軍の頂点に立つ者として。配下を守るために。」
バアルディアナがnullに向き直った。
バアルディアナ「商品は受け取った。性能も理解した。ならば次は、それを余が使いこなせなければ意味がない。」
バアルディアナが腕を組んだ。
お前の商品は、余の配下にも使えるな?
それは質問の形をした確認だった。ラミア、メタトム、他の幹部。全員に配備する気でいる。
お「条件を整理するぞ。商品の受け取り、装備テスト、そして余と配下への戦闘訓練。それが対価だ。」
バアルディアナがにやりと笑った
バアルディアナ「どうだ、商人。悪くない取引だろう?」
null「良いでしょう!素晴らしい!では、まず、魔王様へ先に技術を提供しましょう!」
バアルディアナの目が、子供のように輝いた。一瞬だけ。すぐに魔王の威厳ある表情に戻したが、遅い。nullは見ただろう。
バアルディアナ「ふん。当然だ。余が最も強くなければ、配下に配ったところで意味がない。」
バアルディアナが玉座の間の中央に立った。ドレスの裾が魔力の風で広がる。全身から放たれる魔力が、先程付与された新しい力を含んで渦巻いている。
バアルディアナ「さあ、始めろ。」
バアルディアナが両手を構えた。千年の戦闘経験。あらゆる魔法体系を極めた魔王。その覚悟は本物だった。
バアルディアナ「余はな、商人。教わるのは嫌いではない。」
バアルディアナが首を鳴らした。
バアルディアナ「千年前に魔法体系を全て修めた時も、最初は師がいた。その師は三日で余に超えられたがな。」
自慢だった。堂々と。だが、その目には純粋な期待がある。自分を超える知識体系。自分を超える法則。それに触れられる高揚。
バアルディアナ「来い、商人。余を鍛えてみせろ。」
玉座の間の防壁が、最大出力で展開された。メタトムが遠隔で察知して自動起動したのかもしれない。それほどの魔力が、バアルディアナから溢れていた。
バアルディアナ「ただし。」
深紅の瞳が、ぎらりと光った。
バアルディアナ「手加減したら殺すぞ。」
nullは素直な炎の揺らぎで一礼する。顧客への誠実な礼儀だ。
null「まず、先程の魔法はテーブル付与魔法とお呼びすれば良いですかね?教え方に手加減はしませんよ?テーブル付与魔法とは、聖属性が弱点ならば、本来の弱点として、無理やり通してやる様に、新たに属性という概念を常に相手に打撃力のある形で計算して相手に叩き込む。所謂、物理的な破壊をする為の準備の魔法です。これは初歩ですので、先程は手加減をしてしまいました。申し訳ない。手加減をしないとなると、成長する豊かな未来を壊してしまうでしょう。
ふむ…ーーーーー
null
この様に、あれ?やはり、観測情報に乗っていない。手加減してませんが、失礼ながら世界を再構築させていただきました…おそらく、空の星の配置は多少変わっているはずです。私は100年待ちましたが、魔王様は復活されませんでした…テーブル付与魔法でこの世界の脆弱性が即死魔法としての対象への付与と感知しております。ですので、心臓を全て掴まさせていただきました。100年前に…失礼…」
玉座の間が、凍りついた。
バアルディアナの笑みが、消えた。
……何?
百年。百年待った。復活しなかった。星の配置が変わった。世界を再構築した。
その言葉の意味を、バアルディアナの脳が処理しようとしている。だが、追いつかない。
待て。
バアルディアナの声が、硬くなった。
今、お前は何と言った。
null「ですから、世界を再構築と…」




