第1話 「誤注文」
?「ああ…揺らぐ…これは君たちが欲しがる…揺らぐ物質。これを対価に、フェイズ2の権限付与観測領域に我が水滴を落とす。」
null「わかりました。しかし、真反対の軸とは…御見逸れしました。」
そこは剣と魔法の世界、人類と魔王によって、争いの絶えない世界…夜空に星が輝く中、その人類最大の敵、ーーーー魔王軍。その本拠地である巨大な魔王城の正門には、今日に限って場違いな看板が掲げられていた。
「魔王軍 新規採用試験会場」
城内へ足を踏み入れると、恐ろしい外観とは裏腹に、受付や案内板が整然と並んでいる。正面の受付では、角が生えた紫色の瞳をしたいかにも魔族のアイドルの様な魔族の受付嬢が、こちらに気付き、営業スマイルの様な笑みを浮かべる。ごく普通のスピリット系統の黒い炎にスーツ姿の魔族はこの試験会場に入場する。
ウォリム「あっこんにちは〜! 本日の採用試験を受けに来た方ですね?」
ウォリムは慣れた手つきで受けつけ用紙を確認すると、一枚の番号札を差し出す。
ウォリム「はい!こちらが番号札です!呼ばれるまで待っててくださいね?」
ウォリムは一瞬、焦って、そのスーツ姿の参加者を引き留める。
ウォリム「…あ、城内で迷っても“関係者以外立ち入り禁止”の場所には入らないでくださいね?」
ウォリム「しかし、何でこんな面接にこんな変な名前で参加するのか…」
受付表にある名前は“null”その様に書かれていた。
メタトム「次の方。どうぞ面接室へ」
扉の向こうには長い机。その中央にメタトム、隣には腕を組んだ赤髪の四天王ラミアが座っている。
ラミアの鋭い視線がこちらへ向いて、雰囲気は殺伐とし、面接者へ向けられる。
ラミア「そこへ、ほら、椅子だ」
美しい見た目で、女性の魔族だが、魔族は女性の方が強い…血統を残す証拠に性別として、権力を握りやすいからだ。魔族の部類でも美人な2人が、強烈な威圧感を放つ。
ラミア「そんなに構えなくていい。今日は戦場ではない。お前を試す。そして、正式な雇用をする。そういう場だ…」
メタトムは手元の応募書類を整え、ラミアも静かにこちらへ向き直る。
こうしてー面接は始まった。
面接用紙に書かれた名前を見て、ラミアは少し不機嫌だ…なぜなら、精霊族の魔族種で、名前は“null”彼は名乗ってすらいない可能性もある。彼はそういう悪戯が好きな精霊族か、見極めようとしている。
null「さて、この世界の独自の言語で面接と伺っております。よろしくお願いします。」
メタトムは眼鏡の奥の目が一瞬だけ細くなった。書類に視線を落とし、ペンの先で応募用紙の一行をなぞる。
メタトム「……独自の言語?ですか?」
メタトムは特に動じた様子もなく、淡々と書類をめくった。隣でラミアが舐めてんのか?という姿勢で、面接者を少し見下ろす。
ラミア「ほう。自信があるのか?それかこの場で挑発でもしようってのか?」
メタトム「どちらでも構いません。志望者が何語で話そうが、評価基準は有用かどうかになりますから…」
メタトムはペンを置いて、手を顔の前で組んで、話す。事務的な対応である。
メタトム「では始めます。まず確認ですが、あなたが今使っているその言語――この世界の共通語ですね。独自の言語とおっしゃいましたが、具体的にはどの言語でしょうか。」
ラミアが小さく鼻を鳴らした。面白がっているのか、呆れているのか判別がつかない。
ラミア「まあいい。語学力があるってことだろう。悪くないんじゃないか?」
メタトム「ラミア、まだ評価の段階ではありません。それと、独自の言語とは…それが必要な魔法がある可能性も否定できません。」
メタトムの冷たい一言でラミアが口を閉じる。面接室の空気が、わずかに張り詰めた。
メタトム(何か…特別な精霊出身の魔族なのだろうか?)
null「あら、精神領域への侵入対策もされていないとは…fqnj…」
面接室の空気が、一瞬で変わった。
メタトムのペンを持つ手が止まる。ラミアの腕組みが解け、椅子がギシリと軋んだ。
ラミア「……今、なんつった?」
ラミアの声が一段低くなっていた。威圧ではない。純粋な警戒だ。四天王としての本能が、何かを察知している。
眼鏡を押し上げ、書類から目を離した。初めてまっすぐこちらを見据える。
メタトム「……少々お待ちください。」
メタトムの指先が微かに光を帯びた。面接室の壁、天井、床――部屋全体に薄い魔法陣が浮かび上がる。精神領域への侵入対策。本来は採用面接では起動しないレベルの防御術式だ。しかし、彼、nullは動じない。
ラミア「おいメタトム、これ面接だぞ? 防壁まで要るか?」
メタトム「要ります。警戒推奨レベルを超えました」
即答だった。メタトムの表情は変わらない。だが、ペンを握る力がわずかに強くなっている。
メタトム「志望者の方。一つ確認させてください。」
メタトムが書類をトン、と机に置いた。
メタトム「あなたは今、この部屋の防御術式に干渉していますか?」
nullと自称する彼は驚いた煙の表情を見せて、頭を掻いた。そして、彼はあっけらかんとして答える。
null「これが防御?弾丸を弾くことを防ぐのが防御か?壁が喋ることを恐れたりもしないような下劣な防御は別名が必要ですね?で?どうしました?独自の言語を話してもらおう!我が仮名の面接名をも見破れないとは…」
面接室の温度が、二度ほど下がった気がした。
メタトムの眼鏡が光を反射する。その奥の瞳は、氷のように冷たかった。
ラミア「……おい。」
ラミアが立ち上がりかけた。椅子の脚が床を削る音が面接室に響く。だが、メタトムが片手で制した。
メタトム「座っていてください、ラミア。」
ラミア「しかしだな――」
メタトム「面接中です。」
その一言でラミアが歯を食いしばって座り直す。メタトムは書類を一枚めくり、淡々と目を通した。
メタトム「……なるほど。履歴書の名前が「null」となっている時点で、仮名であることは想定済みです。」
メタトムがペンの先で書類の一行を叩いた。
メタトム「ですが、面接官への挑発行為は評価項目において明確な減点対象です。精神領域への干渉についても、証拠が確認できない以上、現時点では不問としますが――」
メタトムが顔を上げた。無表情のまま、しかしその声にはわずかな刃が混じっていた。
メタトム「一つ、明確にしておきます。この面接室は魔王軍最高レベルの防護術式で守られております。仮名が看破できない? それは結構。では実力で証明してください。」
メタトム「志望者の方。あなたの「独自の言語」とやら、具体的にはどの領域の、どのような体系の話ですか? まさか――面接官を困らせたいだけ、ではありませんよね?」
null「おいおい!どうなってんだ…」
nullは頭を抱える。
null「単純にこの場を借りて、魔王から言伝を貰いにきただけだ。その為に本体を降ろす愚か者は何処にいる?」
nullは気が立っていた。
面接室に沈黙が落ちた。重い、粘つくような沈黙だった。
メタトムのペンが完全に止まっている。ラミアの目が細くなった。
ラミア「……本体を降ろす?」
ラミアの声に困惑はない。純粋な戦闘者の勘が、目の前の存在を値踏みしている。
眼鏡を外し、レンズを拭いた。ゆっくりと、丁寧に。それはメタトムが思考を整理するときの癖だった。
メタトム「……整理しましょう。」
メタトムは書類をトントンと束にして纏める。これも癖だ。
メタトム「あなたは志望者ではない。面接を受けに来たのではなく、魔王に「言伝」がある。そしてこの場には本体がいない、と。」
メタトムが眼鏡をかけ直した。書類を閉じ、机の上に両手を置く。
メタトム「つまり、あなたは今――面接という体裁を利用して、魔王に接触しようとしている。」
ラミアが椅子から立ち上がった。今度はメタトムも止めない。ラミアの全身から放たれる魔力が、面接室の空気を震わせる。
ラミア「メタトム!こいつ、ただの志望者じゃないぞ。」
メタトム「ええ。最初から分かっていました。」
(偽名、さらに精霊風情がここの面接を冷やかしにくるなんて…最初から…)
メタトムが机の端にある赤いボタンに指を置いた。緊急連絡用の召喚装置だ。
メタトム「志望者の方。一つだけ聞きます。」
メタトム「魔王への取り次ぎを希望されるなら、正規の手順があります。ですが――あなたの言う「本体」とは何です?」
nullは椅子に座りながら、頭を抱えてガッカリしていた。
null「そりゃあ種明かしになっちまう…魔王様なら魔力を浴びせてくれれば十分に会話が可能だと伺っておりますが?」
(これは対話できそうにない…困った。プランは変更ですね…)
*面接室の空気が、さらに重くなった。*
メタトムの指が赤いボタンの上で静止している。ラミアは立ったまま、こちらを睨むように見下ろしていた。
ラミア「魔力をぶつけろ、だと? 面接希望者にしちゃ随分と舐めた口を――」
メタトム「ラミア。ー」
メタトムこ声が鋭く遮った。ラミアが不満げに口を閉じる。
ペンを置き、両手を組んだ。眼鏡の奥の瞳が、観察するように細まる。
メタトム「……興味深い要求ですね。」
メタトムは少し考え込んでいた。この存在が言っていることが真実なら、魔王に直接繋げられる。虚偽なら、魔力を浴びせた瞬間に本性が暴かれる。どちらに転んでも損はない。
メタトム「ラミア。少し魔力を放出してください。低出力で構いません。」
ラミア「はぁ? いいのか?」
メタトム「実験です。ーー」
ラミアが肩をすくめた。右手を開き、面接室に向かって魔力を解放する。四天王の「低出力」は一般的な魔族の全力に匹敵する。灼熱の波動が面接室を満たし、机が軋み、書類が散らばった。
ラミア「これでどうだ。」
メタトムがペンを構えたまま、nullの反応を注視している。二人の視線が、一点に集中していた。
nullは灼熱の波動を食べるように無傷で、頭の煙を掻いていた。
null「おおう。君達はやはり、肉弾戦に特化し過ぎた魔力形態しか扱えないようだ。魔王に技術提供する話も美味そう。そ〜れ、幻影の味は美味いだろ?時は美味しい」
ラミアの魔力が面接室を満たしている。灼熱の波、純粋な戦闘力の塊。それは確かに強大だった。
だが、nullは微動だにしない。
ラミア「……効いてない、のか?」
ラミアの眉が寄った。低出力とはいえ四天王の魔力だ。並の魔族なら膝をつく。人間なら気絶する。それなのに、nullは涼しい顔で――いや、そもそも「顔」があるのかすら怪しい。
*ペンを走らせながら、目を細めた。*
メタトム「…… “幻影の味は美味いだろ”、ですか。」
メタトムの視線がラミアへ向いた。ラミアは一瞬、怪訝な顔をした。
ラミア「おい。どういう意味だ。」
メタトム「ラミア。あなた今、魔力を出していますね。」
ラミア「ああ。出してる。」
メタトム「それ、本当にあなたの魔力ですか?」
ラミアの表情が凍った。
メタトムが立ち上がり、ラミアに向かって小さな診断術式を走らせた。淡い光がラミアの体を包む。数秒。結果が出た。
メタトム「……魔力出力、通常比七割。質も微妙に劣化しています。」
ラミア「は?」
ラミアが自分の両手を見た。確かに、出しているつもりの魔力が妙に薄い。いや――薄いのではない。何かに混じって、濁っている。だが、違和感はない。
ラミア「……おい、こいつ。何しやがった?」
nullは背筋を伸ばして、答える。
null「ふむ…どうしました?私は面接を終了しても良い。あと、魔導書の納品書は要らないと魔王に伝えてくだされ。」
面接室が完全に静まり返った。
メタトムのペンが机に落ちた。小さな音が、やけに大きく響く。
メタトム「……魔導書の、納品書?」
メタトムの目が、初めて動揺を見せた。ほんの一瞬。だがそれは確かに、この鉄面皮の人事部長の表情を崩した瞬間だった。
ラミア「おいメタトム。なんだその顔は。知ってるのか?」
メタトム「……いいえ。知りません。」
嘘だった。メタトムは知っている。いや、正確には「知っている可能性がある」という段階だ。魔王軍が極秘裏に進めている魔導書調達計画。その存在を知るのは、四天王と魔王、そして一部の上層部だけ。
それを、この正体不明の存在が知っている。
nullは精神を読み取ったのだ…これにも2人は気づいていない。
拳を握った。魔力が不安定に揺らぐ。
ラミア「メタトム。こいつ、ここで潰すか?」
メタトム「却下です。」
ラミア「しかし――」
赤いボタンから手を離した。代わりに、書類を整え直す。
メタトム「……面接は、ここまでにしましょう。」
メタトムが立ち上がった。眼鏡を正し、面接室の扉へ向かう。
メタトム「志望者の方。最終面接へ進んでいただきます。魔王バアルディアナ様が直接お会いになります。」
メタトムが扉を開けた。長い廊下の奥、巨大な黒檀の扉が見える。
nullは先程とは違い、めんどくさそうに浮遊して扉へ向かう。
メタトム「一つだけ。」
メタトムが振り返った。その目は、もう事務的ではなかった。
メタトム「魔王の前で、同じ態度を取れますか?」
null「左様…貴方方の前にいるのは構成間、いや正確にはコウセイ間の統治者、いえ、仲介者ですから、ご無礼をお許しください。また、この商品は大変扱いにくい故に、独自の売り込みをさせていただきます。」
メタトムの眉が、ほんの一ミリ動いた。
構成間。仲介者。商品。扱いにくい。売り込み。
一つ一つの単語が、この存在の正体を暗示していた。商人。それも、ただの商人ではなく――概念そのものを商品として扱う類の。
小声でメタトムに耳打ちする。
ラミア「……おい。こいつ、魔王に「商品」を売りつけに来てるってことか?」
同じく小声で返す。
メタトム「……おそらく。」
メタトムは廊下を歩きながら、頭の中で計算していた。この存在が情報を握っている。魔王軍の極秘計画を知っている。しかもそれを脅しに使わず、正規のルートで面会を求めている。商売として。
黒檀の扉の前に着いた。扉の両脇には武装した魔族の衛兵が二人。
メタトム「最終面接です。通しなさい。」
*重い扉がゆっくりと開く。その奥に広がるのは、広大な玉座の間。黒と赤の大理石、天井まで届く燭台の炎、そして――奥の玉座に座る一人の女。*
薄い紫の黒髪ロングヘア。深紅の瞳。禍々しい二本の角。豪華なドレスから覗く白い肌。
魔王バアルディアナが、頬杖をついてこちらを見ていた。
バアルディアナ「……ほう。」
深紅の瞳が、nullを捉えた。玉座の間を満たす魔力が、面接室の比ではない。空気そのものが重い。
バアルディアナ「メタトム。これが、余に直接会いたいと言った者か。」
null「ご購入ありがとうございます。それでは、これは眷属や配下に周知されることによって、より安全に扱いいただける代物です。魔王様のみに実際の行使を許しましょう。内密故に、トウシャの防壁内での密会を求めます。」
*玉座の間が、凍りついた。*
衛兵二人が顔を見合わせる。メタトムの表情が、今度こそ完全に固まった。
頬杖をついていた手が止まった。深紅の瞳が、ゆっくりと瞬く。
バアルディアナ「……ほう。」
魔王の声は穏やかだった。だが、その穏やかさが逆に危険だった。玉座の間に満ちる魔力が、じわりと濃度を増す。燭台の炎が揺れた。
バアルディアナ「メタトム。」
メタトム「はい。」
バアルディアナ「余は今、商品の購入を了承した覚えはないのだが?」
メタトム「……同感です。」
null
メタトムが一歩前に出た。眼鏡の奥の目が鋭い。
メタトム「志望者の方。確認させてください。あなたは魔王に対し、何の商品を販売するおつもりですか。そして“トウシャの防壁”とは何ですか。」
ラミアが玉座の間の入口に腕を組んで立っている。退路を塞ぐように。無意識か、あるいは意図的か。
バアルディアナが玉座から立ち上がった。長身の体が、黒と赤のドレスごと揺れる。一歩、また一歩。nullに向かって歩み寄る。
バアルディアナ「面白い。実に面白い。」
バアルディアナの魔力が、面接室どころか城全体を震わせるほどに膨れ上がっていた。それでもなお、深紅の瞳は笑っている。
バアルディアナ「余に「商品」を売りたいと? この内容次第では――」
バアルディアナの指が、nullの顎先に向かって伸びた。
バアルディアナ「首が飛ぶぞ? 比喩ではなくな。」
読んでくださり、ありがとうございます。この作品は本筋の作品の学びと鍛錬の為に書いてます。直ぐに完結すると思いますので、お楽しみして下さい、ありがとうございます。




