幼馴染みは素直じゃない
本屋はショッピングモールの上階にあって、エスカレーターを登ったすぐそこだ。
目当てのものを購入すると、そこですっと冷静になった。
襲いかかってくるのはひどい羞恥心だ。
エロマンガの入った袋を手に、俺は自問する。
「俺はいったい何をやってるんだ……?」
完全に小春の手のひらの上だった。
しかしこれだけ遊ばれても嫌いになれないのだから、惚れた弱みというのはすごい。
「どうやったら、あいつも俺のこと意識してくれるんだろ……うん?」
いろんな意味で凹んでいると、ふとエスカレーター下が目に入った。
アイスクリーム屋で待つと言っていたはずなのに、小春はオロオロした様子で。
そこにスーツを着た中年男性が大股で近付いていく。「昨日はよくも……!」だの「大恥を掻かせやがって!」だのといった罵声がモール中に響き、あたりは一気に騒然とした。
それを見て、俺は一目散に走り出した。
エスカレーターを数段飛ばしで駆け下りていけば、男が小春に手を伸ばすところだった。
小春はびくりと怯えて身をすくめ、逃げられない。
涙の浮かんだその目と視線が交わって――俺は床を蹴り付け、男に体当たりをぶちかました。
「人の幼馴染みに何やってんだ、テメェ!」
「うがっ……!?」
男はあっけなく地面に転がった。うつ伏せで倒れたところに腕を固め、その背中に乗って全体重をかける。男は口汚く罵って暴れるものの、拘束はびくともしなかった。武道を習ってよかった。
突然の乱闘に客たちはざわつき、店員が血相を変えて現れる。
「お、お客様! どうされましたか……!?」
「こいつ盗撮犯です。警備員と警察を呼んでください」
「へ……?」
男のスーツを漁り、スマホを取り出して証拠を確保する。
それを店員に投げ渡せば男はますます血相を変えた。
「ち、違う! 俺はそんなことしていない! 返せ!」
「おう、だったら警察の前で証言してくれや。昨日のお姉さんの件は通報済みだし……データを確認してもらえば一発で分かるだろうからな」
「ぐっ……う」
俺が横柄にそう言うと、男は観念したのかがっくりとうなだれた。
そのころになってようやく警備員が何人も現れて――俺は小春とともに、ショッピングモールの事務所へと連れられた。昨日に続きハプニングの連続だ。
◇
モールの人に事情を説明して、警察にも『またおまえらか』という顔をされて。
俺たちが解放されたのはそれから一時間後のことだった。
そのころにはすっかり日も暮れて、空には茜色と藍色が入り交じっていた。等間隔に灯された街灯が、帰路を急ぐ人たちを照らしている。
そんな大通りのベンチに、俺たちは並んで座っていた。
「大丈夫か?」
「うん……」
小春は青い顔でうつむいたままだ。
あのあと聞いたところによると、俺と別れてすぐ何の因果か昨日捕り逃した盗撮犯とばったり遭遇してしまったらしい。相手は通報されたことを逆恨みしており、それで因縁を付けてきたのが、ちょうど俺が異変に気付いたタイミングだった。
相手は激高しているし、大の大人だしで、小春にはどうすることもできなかった。
幸い数々の証拠が決定打となり、犯人はちゃんとお縄になった。めでたしめでたし……で済ませるには、小春の傷は深かった。
小春はぎこちない笑みを浮かべて、俺のことをそっと伺う。
「ちょっと怖かったけど……すぐに助けに来てくれてありがとね、良太くん」
「いや、そもそも俺がそばを離れなきゃよかった話だし……」
俺はもごもごと言葉を濁すしかなかった。
小春の顔色は浮かないままで、いつもの小悪魔はどこにもいない。
こんなに弱った小春は初めて見る。なんでも見通す恐怖の閻魔大王が、急に小さくしぼんでしまって正体が仔猫だったと判明したような……そんな心地だった。
小春は小さくため息をこぼす。
「ダメだなあ……私。良太くんの前では、余裕な私でいたかったのに。情けないところを見られちゃった」
「はあ? なんでカッコ付ける必要があるんだよ」
「だって良太くん、ヒーローな私が好きなんでしょ?」
ちらっと見上げてくる目には、見透かしたような光が宿っていた。
「あの遭難事件から『小春みたいなヒーローになるんだ』って柔道も始めたし、前以上に私のことが好きになったみたいだったし。だから良太くんがもっと私を好きになるように、余裕の強者キャラを演じてたのに……化けの皮が剥がれちゃったよ」
「小春……」
アイス屋で小春の言っていた言葉を思い出す。
『いくら心が読めたって、私は普通の女の子なんだよ?』
あれは小春の本音だったのかもしれない。
だとしたら小春は大きな間違いを犯している。
俺は膝の上で握られた小春の手をそっと握った。
冷え切った手はわずかに震えていたが、しばらくすると俺の体温が移ったのか温もりを取り戻していった。小春の手がすっかりポカポカして、こっちの手を握り返してきたのをきっかけに、俺は静かに口を開く。
まっすぐに小春の目を見つめて――。
「俺は別に、おまえが何であってもかまわないぞ」
「へ」
「たしかに俺が感謝しているのはヒーローのおまえだけど……ヒーローでも大魔王でも、ただの女の子でも、それを全部ひっくるめておまえだろ」
幼稚園のときのお姫様みたいだった小春。
小学生のときに俺の命を助けてくれた小春。
今のクソ小生意気な大魔王の小春。
人生の大半をともに過ごしてきた幼馴染みは、どんなときでも俺の大好きな女の子だ。
「俺はどんなおまえでも大好きだ。だから、その……そんなに落ち込むなよ」
「良太くん……」
小春はしばしぽかんとして言葉をなくしていた。
やがてゆっくりその顔に浮かぶのは――いつも通りの小悪魔めいた笑みだ。
「脈がないと思ってる女子に堂々と告白するなんて、すごい度胸だね?」
「うるせえ。おまえには全部筒抜けなんだから今さらだろ」
俺がどれだけ首ったけなのか小春にはお見通しだ。
だったら取り繕うのもムダというものだった。
俺はふんっと鼻を鳴らして恥ずかしいセリフを並べ立てる。
「好きな女を守りたいって思って悪いか。これからも何かあったら俺を頼れよな、そのために鍛えてるんだから」
「ふふ。それなら、これからも助手として使ってあげようじゃない」
小春はすっかりいつもの調子を取り戻したようだった。
ベンチから腰を上げ、にっこりと笑う。
「ありがと。ちょっと元気も出たことだし……そろそろ行こっか。お父さんたちが迎えに来てくれるっていうからね」
「へいへい。分かったよ」
小春は俺に背を向けて、軽い足取りで歩き出す。
俺の決死の告白なんて、まるでなかったかのような後ろ姿だ。
オーバーな反応が欲しかったわけではないが……さすがにすこしショックだった。
(やっぱりこいつ、俺のことなんて何とも思ってないんだなあ……うん?)
しかし、そこでふと気付くことがあった。
俺は慌てて立ち上がり、小春のことを駆け足で追いかける。
そうしてその背中におずおずと声を掛けるのだが――。
「なあ。ちょっといいか、小春」
「うん? なあに?」
「いやその……」
すこしだけ言いよどんでから、その耳元でぼそっと告げる。
「耳まで真っ赤だぞ、おまえ」
「っ……!?」
その瞬間、小春はバッと俺から飛び退いた。
こちらに向けられた顔は、街灯の明かりのもとで言い訳しようもない真っ赤に染まっている。
涙目だし、しばらく待ってもあうあう言うばかりで憎まれ口のひとつも飛び出さない。
まさに追い詰められた小動物状態だ。
こんな小春も初めて見る。
俺はもう一つの疑問を口にした。
「ひょっとして……さっきの俺の告白、けっこう効いたのか?」
「そ、そんなことないし!」
小春は裏返った声で叫ぶ。
そのまま澄ました顔を作るのだが、顔の赤みは引かないままだし、かなり無理して引きつっているのが丸分かりだった。それでも小春は必死に取り繕う。
「良太くんが私のことを好きなのは分かってたけど、珍しくド直球の言葉できたからビックリしただけだよ。あれくらいで私を落とせるなんて思わないことだね」
「そっかそっか」
俺はうんうんうなずいて、ニタリと笑う。
「なら、これからは毎日ああやって『大好き』だって言い続けるな」
「なんで!? うわ、しかもこのひと本気だし……!」
いつもの読心スキルで俺の覚悟は伝わったらしい。
冷や汗を掻いてたじろぐ小春の手を取って見つめれば、ますます泣きそうな顔になる。
いつもと形勢逆転だった。
その高揚感で、やけにすらすらと口が滑った。
「だって、あれくらいじゃ小春は落とせないんだろ? なら、俺を好きになってくれるまで何度でもチャレンジするしかないじゃんか」
「い、いやでも毎日言われたら、さすがにそのうち慣れると思うんだけど……」
「だったら『今日も可愛いな』とか『その髪型、似合ってるぞ』なんかも織り交ぜていこうかな」
「かっ、かわ……!?」
小春の頭からぽふっと湯気が立つ。
真っ赤な顔で立ち尽くす小春に、俺はとどめとばかりににっこり告げた。
「そういうわけで、これから毎日ぐいぐいいく。いいよな?」
「ダメに決まってるでしょ! そんなことされたら身が持たないし……私にだって心の準備ってものがあるんだからね!?」
小春は俺の手をばしっと振り払い、そっぽを向いて早足で歩き出す。
態度こそつれないものの……その背中から伝わる想いは、特別な能力のない俺にだって分かった。
(脈なしどころか、大本命じゃん……!)
俺はまた小春の背中を追いかける。
顔がだらしなく緩むのを感じつつも、自制が利かなかった。
声を弾ませて俺は軽く尋ねてみる。
「なあなあ、小春。小春って俺のこと……好きだったりするのか?」
「はあー!? だからずーーーっと言ってるでしょ!?」
小春は真っ赤な顔でブチギレて、びしっと人差し指を向けてくる。
「大好きじゃなかったら、あんなにべったりしてません!」
暮れていく街中に、その惚気めいた怒声はやけに大きく響き渡った。
そんな俺たちへと――。
「やっぱり内面は小雪に似たのかなあ」
「いいえ。あの面倒臭さは直哉くん由来よ」
「仲いいよねえ、おねえちゃんたち」
いつの間にかやって来ていた直哉さんたちが、やけに温かい目を向けていた。
これにて完結です!
二年半もの間お付き合いいただきまして、まことにありがとうございました。書き切ることができてたいへん嬉しいです。
本日発売の六巻もよろしくお願いいたします!






