うわきの真相
それから本当に、ママはパパを追いかけるのをやめました。
わたしの手を引いて、正反対の方へ歩き出します。わたしはどうしていいのか分からなくて、でもママを放っておけなくて……パパを振り返らずに、ママといっしょに行きました。
にぎやかな街を出ると公園がありました。
ママとパパといっしょに、何度か来たことのある公園です。
もう夕方になっていたので、遊んでいる子も少なくなっていました。
まっ赤な空を、カラスがかぁかぁ鳴いて飛んでいきます。
そんな寂しい公園で、わたしとママは並んでベンチに座りました。
ママはしょんぼりしてうつむいています。そんなママは、なんだか小学一年生のわたしより小さく見えました。
「ママ……大丈夫?」
「ええ、平気よ。ごめんなさいね、小春」
ママはにっこり笑ってそう言います。
いつもの優しいママとおんなじ笑顔ですが、無理しているのが分かりました。
ママは長めのため息をついて、小さな声でぽつりと言います。
「直哉くんがほんとに浮気していたなんて……どうしたらいいのかしら」
「い、いやあのね、パパはね、ほんとはね――」
「いいのよ、小春。子供は気を使わなくたって」
わたしが説明しようとしても、ママは疲れたように首を横にふります。
そこで満を持して主役が登場しました。
「尾行はもう終わりか?」
「っ……!」
花束とアクセサリー屋さんの袋を手にしたパパです。
目の前に現れたパパに、ママは目をつり上げて怒ります。
「よくもおめおめと顔が出せたわね! この浮気者!」
「うぐっ……誤解されてるのは分かってたけど、実際口に出して言われると傷付くな……」
パパは胸を押さえて苦しみました。
公園にいた人たちが騒ぎに気づいてママたちに注目します。
なんだか映画のワンシーンみたいでした。
わたしはベンチを立って、パパに言います。
「もう、パパ。ちゃんとママに教えてあげなよね」
「もちろん分かってるよ」
パパは軽くうなずいて、ママの前に立ちます。
「小雪。その――」
「やだ……! 聞きたくない!」
ママは耳を押さえて叫びました。
ずっと我慢していた涙がぽろぽろとこぼれます。
「私はまだまだこんなにあなたのことが大好きなのに……! それなのに浮気するなんて、不公平だわ!」
「不公平と言われてましても……」
パパはちょっぴり眉をひそめました。
ママの涙をぬぐおうとして、手を伸ばします。
「俺の一番は十五年前からずっと小雪だけだ。他の誰でもない、小雪だけがいいんだよ」
「口では何とでも言えるじゃない!」
ママはパパの手をばしっと叩きました。
そのままわんわんと声を上げて泣き出します。
「やだやだぁ……! なおやくんが誰かに取られちゃうなんて、そんなのやだぁ……!」
「うーん……気付くか気付かないか、半々くらいだと思ったんだけどなあ。俺の勘もまだまだか……」
パパはがっくりとうなだれます。
そんなパパに、わたしはそっと声をかけました。
「パパはママに自分で答えを見つけてほしかったんだよね。そうでしょ?」
「うん。でも、こうなるくらいなら最初から言っておけばよかったな……」
パパはため息を吐いて反省しました。
ママの顔をのぞきこみながら、静かな声で言います。
「あのな、小雪。小雪は大事なことを忘れてる」
「な、なによぉ……」
「今日は俺たちが出会って十五年目の記念日だろ」
「へ」
ママが泣き止んで、目がまん丸になりました。
そんなママの顔をハンカチで拭きながら、パパは続けます。
「ほら。十五年前のあの日、変なナンパから助けてやっただろ。忘れたのか?」
「…………え?」
ママがぴしっと固まりました。春のぽかぽか陽気の中なのに、凍り付いたみたいでした。
しばらくママはじっと黙りこみました。
その間に思い出したのか、じわじわと顔が真っ赤になっていきます。
最終的に耐えきれなくなったのか、ぷるぷるしながら叫びました。
「あ、あの日!? あの日が今日なの!? ほんとに!?」
「そう。で、これが記念のプレゼント。はいどうぞ」
パパはアクセサリーの袋と花束をママにずいっとさしだしました。プロポーズみたいです。
ママはプレゼントとパパを見比べます。
それからさっと目を逸らして、ぼそぼそと言いました。
「……い、いえ。まだ浮気の疑いが晴れたわけじゃないわ。本当は浮気相手へのプレゼントなのに、誤魔化すためにそう言っているのかもしれないし……」
「雪のネックレスなんて小雪にしか送らないよ」
パパはそう言って、箱からアクセサリーを取り出しました。
出てきたのは雪の結晶の形をしたネックレスです。小さな宝石がたくさん付いていて、キラキラぴかぴかしていてとっても綺麗でした。
パパはそれをママに付けてあげてから、にっこり笑って言います。
「特注だから、小雪のイニシャルも入ってる。それでもまだ浮気を疑うっていうのなら、携帯も好きなだけ見てくれていいし……なんなら最終手段でうちの親父でも呼ぶか?」
「それもいいね、おじーちゃんなら一発で見抜いちゃうもん」
そういうわけで、パパは浮気なんてしていませんでした。
最近帰りが遅かったのも、携帯を隠していたのも、そわそわしていたのも、このプレゼントを準備するためだったのです。いわゆるサプライズです。
それで、ようやくママも分かってくれたみたいでした。
少しの間、ママはぽかんとパパを見つめていました。
でもそのうちお顔が見えないくらいにうつむいて、ぽつりと言います。
「ご……」
「ご?」
「ごめんなさいいいいい……!」
ママはさっきよりもボロボロと泣いて、パパにがばっと抱き付きました。
そんなママの背中をさすりながら、パパは言います。
「いいっていいって。俺も不安にさせてごめんな」
「ううん……疑っちゃった私が一番悪いんだもん……」
ママはすっかり落ち込んでいました。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、わたしにも謝ります。
「小春もごめんねぇ……ママったら娘を振り回して、ママ失格だわ……」
「そんなことないよ、ママ」
私は首をぶんぶんと横に振りました。
この日はとっても楽しかったからです。なぜなら――。
「パパとママとおでかけできて、小春はすっごくたのしかったもん!」
「俺は尾行されただけなんだけどな」
「あれって家族のお出かけって言えるのかしら……」
パパもママも顔を見合わせます。『たくましい子に育ったなあ』と言いたげでした。
ともかくこれで問題解決です。
パパはごほんと咳払いしてから、ママの手を取ってベンチからそっと立ち上がらせます。
そうして、まっすぐママを見つめて言いました。
今度こそ本物の決め台詞です。
「小雪、俺と出会ってくれてありがとう。これからもずっとそばにいて、一緒に年を取っていってほしい。お願いします」
「うん……! お爺ちゃんお婆ちゃんになっても、ずっとずーっと一緒だからね……!」
「おめでとー!」
ママがまたパパに抱き付いたので、わたしは力いっぱい手を叩きました。
公園にいた他のひとたちも、何が何だか分からないなりに拍手を送ってくれました。
そういうわけで、わたしの家族はとっても仲良しです。
めでたしめでたしです。
◇
「それでね、そのあとパパが予約してたレストランに行ったの」
「ふーん……」
「夜景がきれいで、料理もすっごく美味しかったんだよ! いいでしょー!」
「そっかー……」
放課後の小学校。
他の子供たちがみんな帰ってしまった教室に、小春の弾んだ声が響く。
それに生返事するのはひとりの少年だ。活発そうな見た目だが、眉間に寄ったしわは深くてどこか険しい顔をしている。彼が目を落としているのは作文用紙の束だった。
小春は首をかしげてみせる。
「どうしたの、良太くん。小春の作文、変だった?」
「いや、作文としてはいいと思うけどさ……」
良太と呼ばれた少年は、作文用紙からそっと顔を上げた。
小春と作文を見比べてから、意を決したように問いかける。
「この作文さあ、おまえの母ちゃんに見せたのか?」
「ううん。見せたら絶対書き直せって言われるもん。だからナイショなの」
「こんなのを参観日で読まれる身にもなれよな……晒し者じゃねーか」
「だって、これがうちで一番ホットなエピソードなんだもん。発表のときはもう少しマイルドにするから大丈夫だよ」
「どう誤魔化したところで、おまえの母ちゃんがダメージ受けるのは確実だぞ」
良太は呆れたように作文用紙を返そうとする。
しかしそこでふと思い出したとばかりに首をひねるのだ。
「あと、俺のことも書いてたけど……おまえに『けそー』してる幼なじみって、あれはどういう意味なんだ?」
「さあ? なんなんだろーねー?」
小春はただにっこりと微笑むだけだった。






