わたしの家族
わたしの家族。
一年三組、笹原小春。
わたしの家族は、パパとママです。
パパとママはとっても仲がよくて、ずーっと毎日ラブラブです。
どれくらいラブラブかというと、パパが朝会社に行くとき、ママは必ず『いってらっしゃい』のチューをします。毎朝です。
ママは恥ずかしがって、わたしに見つからないようにこっそりやっているつもりです。
でも残念ながらバレバレです。
うちのリビングから玄関はまっすぐ続いています。
だから朝ごはんを食べていると、特等席で丸見えです。『今日は早く帰ってきてね』なんてパパに甘えて抱き付いているのも、ばっちり見えちゃいます。
ママはわたしがテレビに夢中で、気付いていないと思っています。
ただ、パパはわたしにバレているのが分かっているので「小春はいい子だから、ママには黙っていてくれるよな?」と言って、たまにお菓子を買ってくれます。
こういうのを、大人の言葉で『わいろ』というらしいです。
小学生になったので、むずかしい言葉も勉強中です。
そんなラブラブなパパとママですが、たまーにケンカすることもあります。
ほとんどの場合はママの誤解です。パパがそれをさくっと見抜いてスピード解決します。
でも、このまえの土曜日はちょっぴりこじれてしまいました。
このまえの土曜日は、パパが休日出勤でした。
休日出勤というのは、お休みの日もお仕事に行くことです。パパは大きな会社につとめていて、お仕事のために海外に行くこともあります。
パパがお留守のときはちょっぴり寂しいです。ママも悲しそうにしています。
でも、帰ってくるときにたくさんお土産を持ってきてくれるので、うれしいです。
ともかく土曜日はパパがお仕事でお留守でした。
お昼はママとふたりで、前の日ののこりのカレーを食べました。
ニンジンはあんまり好きじゃないけど、ちゃんとのこさず食べました。
お片付けはわたしも手伝いました。そのあとリビングで本を読んでいると、ママがそっと近付いてきました。ママのお顔は真剣で、緊張してピリピリしていました。
それでもママはなんでもないことのように聞きました。
「ねえ、小春」
「うん? なあに、ママ」
「小春はパパとママ、どっちが好き?」
「うーんとねえ」
わたしは首をかしげました。
こういうときは『どっちも大好きだよ』と答えるのが正解です。わたしはパパとママどっちも大大大好きなので、実際にこう言うべきでした。
でも、わたしは全然違うことを言いました。
「そんなことにはならないと思うよ」
「へ?」
ママは目をぱちぱちしました。
「いやあの、どっちが好きかを聞いてるんだけど……なんの話?」
「だってパパ、浮気なんてしてないもん」
わたしはきっぱりと言いました。
「だからパパとママは別々に暮らすことにならないし、小春がどっちといっしょに行くか決めなくてもいいの。だからならないって言ったの」
「くっ……会話の先回りにもほどがある!」
ママはお口をへの字にして怒りました。
わたしのことをじーっと見つめて、ため息をひとつ。
「ほんと、嫌なところばっかり直哉くんに似ちゃったわねえ……」
「えっへん。小春ね、見た目はママ似で、中身はパパ似だねってよく言われるよ」
「褒められているのか微妙なラインだわ」
うちのパパは、いろんなことがわかります。わたしよりもです。
見ただけでその人が何を考えているかわかるし、どんな人かもわかります。
ちなみに、パパのほうのおじいちゃんもすごいです。
近くに住んでいるので、よく遊んでもらいます。カードの裏を見ないで当てる神経衰弱とか、写真だけでどんな人かを推理するゲームとか、楽しい遊びをたくさん教えてくれます。
それを言うと、ママのほうのおじいちゃんは『孫に変なことを仕込むんじゃない!』と怒ります。でも、なんだかんだ言っておじいちゃんたちは仲良しです。
話がずれました。
ともかくママは悲しそうに言います。
「でも、最近の直哉くんったら怪しいのよ。何かを隠しているのは間違いないんだから」
「うーん、たしかにそうだねえ」
ママの言うとおり、パパは最近ちょっぴり変でした。
帰ってくるのがいつもより少し遅いし、携帯電話をママに見られないようにさりげなく気を付けたりしています。朝のキスもちょっとだけぎこちないです。
わたしがうなずくと、ママは顔をくしゃっとしてしょんぼりしました。
パパのことが大好きだから、隠し事をされていて悲しかったのです。
わたしは真相がわかっていました。
でも、ここでママに本当のことを言うのはよくないと思いました。
だからかわりに、にっこり笑ってこう言いました。
「それじゃ、たしかめに行く?」
「確かめるって……?」
ママは少しきょとんとします。
それでもすぐにハッとして、ぱっと顔を輝かせました。
「つまりあのひとを尾行するのね! 浮気の証拠を掴むために!」
「そういうこと。証拠が出るかはわからないけどね」
ママが不安なのは、パパが隠し事をしているからです。
何もやましいことがないと証明できれば、ママも安心するはずでした。
ママはぐっと拳をにぎります。やる気満々でメラメラ燃えていました。
「それじゃ早速準備しなきゃ。小春はおじいちゃんのところに――」
「なんで? 小春もママといっしょに行くよ」
「ええ……それはダメよ」
ママは悲しそうに顔をそむけました。
「万が一の場合は、パパと大人の話をしなきゃいけないの。そんなの子供には聞かせたくないわ」
「ぜったい大丈夫だってば」
どれだけパパがママのことを好きなのか、小春はよーく知っています。
そんなパパが浮気なんて、ぜったいにありえません。
「それに、おじーちゃんたちはどっちもお留守だよ。小春、どこにも行くとこないよ」
「くっ……結衣ちゃんはお腹の子の検診だし、恵美ちゃんは結婚式の打ち合わせだし……他のみんなも忙しいわよね」
ママは少しの間、迷いました。
でも最後には諦めたのか、長いため息をこぼしてびしっと言いました。
「仕方ないわね。だったら連れて行くけど……もし直哉くんが本当に浮気していたら、ちゃんとママの味方をしてちょうだいね」
「もちろん。女同士の約束ね」
わたしはママと指切りしました。
約束を破ったら針千本ですが、そんなことにはならないので平気です。
お出かけの準備をして、おうちを出ました。
パパの会社は電車で三十分くらいです。
ビルの前にはおしゃれな喫茶店があって、人がいっぱいいました。
わたしとママはパパの会社が見える窓際の席に座ります。
「尾行するとは言ったものの……」
ママは窓からじーっとビルを睨んでいました。
変装のためか髪型を変えて、サングラスをかけていました。
このまえいっしょに見た、推理ドラマを参考にしたみたいです。
家を出るときはメラメラ燃えていたのに、そのときはちょっと冷静になっていました。
「いくら土曜出勤でも、終業時間には早いわよね。もう少し時間を潰してくるんだったわ」
「そうかな? 小春はちょうどいい時間だと思うよ、おやつどきだし!」
「まさかあなた、ケーキが食べたくてついてきたんじゃ……」
チョコレートケーキと甘い紅茶が、とてもおいしかったです。
ママもココアを飲んでいました。ママは甘いものが大好物ですが、そのときはあんまり美味しくなさそうでした。難しい顔でビルをじーっと見つめています。
よっぽどパパのことでモヤモヤしていたんだと思います。
わたしはそんなママを見て、少しだけ胸がチクチクしました。
早く誤解が解けてほしいなあとお祈りしながら、ケーキを食べました。
続きは明日更新。本日より番外編二章分スタートです。
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