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玄人カップル疑惑

 その事件が起きたのは、三年に上がって一ヶ月ほどしたころだった。


「はあ……疲れた」


 放課後、小雪はひとりで帰り道をとぼとぼと歩いていた。大きく肩を落とし、足取りも重い。ふと覗いた店の窓ガラスには、ひどく悄然とした自分の顔が写っている。


 今日は珍しく隣に直哉がいない。

 小雪に用事があったから、先に帰ってもらったのだ。


 そこは別にかまわない。恋人だからといって、何も四六時中一緒にいるわけではない。

 小雪は足を止め、大きなため息をこぼす。


(まったくもう……今日は直哉くんのせいで散々だったわ)


 今日の用事というのは他でもない、女子会だ。

 ファミレスの一角に集まってだらだらお喋りするだけの会合である。


 ただし今日は結衣や恵美佳だけでなく、他のクラスメートも混じった大規模特別女子会だったのだ。初めて話す子も多く緊張したが、小雪はその子らとも仲良くなりたい一心で参加を申し出た。


 女子同士のおしゃべりは非常に楽しかった。

 ファッション雑誌を囲んだり、ペット自慢を繰り広げたり。


 その結果、小雪は初めて喋った子らとも連絡先を交換することができた。その内のひとりが小雪と同じで猫を飼っているとかで、今度家に遊びに行く約束まで取り付けたほどだ。


 一年ちょっと前まで自業自得でぼっち街道を突っ走っていた身としては、完全勝利と呼んでも差し支えない成果である。キラキラ女子高生らしく胸を張り、帰り道では肩で風を切ってしかるべきだ。


 それなのに小雪は非常にぐったりしていた。

 きっかけは女子会の最中、女子のひとりがキランと目を光らせてこう切り出したことにある。


『ところで白金さん。彼氏とはぶっちゃけどうなの?』

『へ、どうって……何が?』

『もちろんどこまで行ったかよ。当然、毎日チュッチュしてんでしょ?』

『はいいいいいい!?』


 これにはさすがの小雪も仰天した。

 小雪と直哉が付き合っていることは、クラスの皆が知っている。


 だから女子会でそういう話を振られることは覚悟していたのだが……こんな剛速球を投げられるとは思ってもみなかった。

 目を丸く見開いて固まる小雪を見て何を思ったのか、女子らは納得顔で目配せし合う。


『ほら、キスくらい普通みたいだね』

『お父さんが外国のひとなんだっけ? やっぱ文化の違いってすごいねえ』

『そんなことありません! 言いがかりはよしてちょうだい!』


 このままでは自分たちが毎日キスしまくるバカップルにされてしまう。

 それだけは断固として拒否したかったので、小雪はため息混じりに打ち明けた。


『たしかにキス……はしたことあるけど。そんな毎日ってほどでもないわよ。たまによ、たまに』

『えー、でもお互いの家族で旅行に行ったこともあるんでしょ? で、両親公認の交際だって聞いたけど』

『それでこのまえ結婚式まで挙げたっていうじゃない。キスなんて朝飯前でしょ?』

『うっ、旅行とか結婚式は流れでそうなっただけで……』

『どんな流れよ。普通しないって』

『ぐぬぬ……私たちにも色々あるの!』


 改めて自分たちの歩んできた軌跡を辿ると、奇妙な点がいくつもあるのは承知している。

 直哉自身が強烈な個性の持ち主なので、波瀾万丈なのは仕方のない話だ。


 それでも誰がなんと言おうと、自分たちは等身大の高校生カップルなのだ。みんなの誤解を解くべく、大きく息を吸い込んでから淡々と言う。


『いろんな噂があるのは知ってるけど、実際の私たちは慎ましく交際しているの。そのへんは普通のカップルと変わらないんだから』

『へえー、意外だなあ』


 どうやらひとまず信じてくれたらしい。

 小雪はホッとして手元のオレンジジュースに口を付けるのだが――。


『てっきり、キスのもっと先まで進んでるものかと思ってたよ』

『ふぶーーーっ!?』


 口にしたばかりのジュースを思いっきり噴き出してしまった。

 一部が気管に入ってしまい、死ぬほど咽せる。

 初心な小雪とはいえ、キスの先に何が待っているかは知っていた。つまり、オトナのあれこれだ。


(そんなあれこれを経験済みの玄人カップルだと思われてたのぉ!?)


 顔から火が出そうだったし、頭に血が上ってクラクラした。あまりにも理不尽な言いがかりに、だんっとテーブルを叩いて猛抗議する。


『私たちは高校生なのよ!? そんなのありえないでしょ!』

『え、でも私の友達は経験済みだよ』

『うそぉ!?』


 さらっと返ってきたセリフに度肝を抜かれた。


 キス以上はオトナの世界――そう思っていたからこそ、にわかには信じ難かった。

 それなのに他の子たちも『あー私の友達にもいるね』なんてあっさりうなずく始末。


 幸か不幸かこの場に経験済みの子こそいなかったものの、みんなそれを普通のことだと捉えているようだった。


『ま、希少な例だと思うけど意外といるもんなんだよ。だから白金さんたちも毎日キスくらいしているものかと……って白金さん!?』

『きゅうう……』

『うわあ!? 白金さん大丈夫!?』

『お水! お水を飲んでください……!』


 キャパオーバーを起こして意識を失いかけた小雪のことを、みんな大慌てで介抱してくれた。

 それから全員で謝ってくれたものの、釈然としないままだ。

 別れてからずっと眉根のしわが消えない。


 今日集まった子たちの誤解は解けたものの――。


「これは非常にまずい事態だわ……」


 小雪と直哉が付き合っていることは、クラスどころか校内中の生徒が知っている。

 つまり、似たような誤解をしている人間がまだまだ他にもいるかもしれないのだ。


 毎日キスしているどころか、もっと進んだオトナのカップルとして見られているかもしれないのである。


 それを思うと、明日から学校に行くのが憂鬱だった。

 同時にむくむくと怒りがわき上がってくる。


(もう! イロモノなのは直哉くんだけなのに、このままだと私まで変な目で見られちゃうじゃないの! ただでさえ最近妙に注目されちゃうのに……!)


 先日の文化祭でへたに目立ってしまったせいか、最近では知らない後輩から挨拶されることが多い。同級生から話しかけられることもずいぶん増えた。


 その内何割が例の誤解を抱いているのか……小雪は考えたくもなかった。


「うぐぐ……なんとかしてみんなの誤解を解かなくちゃ。でも、いったいどうしたらいいのかしら……」


 全校生徒の前でスピーチする? 死んでも嫌だ。

 直哉に弁明させる? あれを矢面に立たせると、あとで気疲れするのは自分だ。


 考えても考えても、この窮地を脱する名案が浮かばなかった。

 学年成績一位の秀才とはいえ、こんな問題など解いた例しがない。

 しばし小雪は道ばたに立ち尽くし、ああでもないこうでもないと思案を巡らせて――。


「大丈夫ですか、白金さん」

「うわあっ!?」


 突然、背後から声を掛けられた。

 飛び上がって振り返れば、そこにはひとりの女子生徒が立っている。


 切りそろえられたボブカットがよく似合う小柄な少女だ。小雪が悲鳴を上げてしまったせいか目を丸くしていたが、ハッとしてぺこぺこと頭を下げる。


「驚かせてしまってすみません。心配になってつい……」

「び、びっくりしたあ……二ノ宮さんか」


 ドキドキとうるさい心臓を宥めつつ、小雪は吐息をこぼす。


 彼女は二ノ宮文乃。先ほどの女子会メンバーのひとりだ。ジュースで噎せた小雪に水を差し出してくれたのが記憶に新しく、あのときは救いの女神に見えた。


 文乃はどこか硬い面持ちで言う。


「そこのコンビニに寄ってたんですが、白金さんが外でずーっと青い顔で立ち尽くしていたのが気になって声を掛けたんです。具合でも悪いのかと思って」

「そ、そういうわけじゃないんだけど……」


 小雪はごにょごにょと言葉を濁し、ふと気になったことを尋ねてみる。


「私、そんなにひどい顔してた?」

「ええ。なんというか、世界のすべてを敵に回してしまった主人公めいた面持ちでした」

「そこまで悲愴だったの……? いやまあ、個人的にはかなり深刻だけどね……」

「本当に大丈夫ですか?」


 大きく肩を落とす小雪を前に、文乃はハラハラするばかり。

 そうかと思えばキリッとして胸に手を当てて続ける。


「私でよければ相談に乗りますよ。何でも言ってください」

「二ノ宮さん……ありがとう」


 思わず触れた人の優しさに、小雪はジーンとしてしまう。

 恥ずかしい悩みではあったが――文乃なら話してみてもいいかもと思えた。

 文乃はふんわりと微笑みかけてくる。


「これでも人の話を聞くのは得意なんです。口も堅い方ですし、安心してください」

「そういえば……新聞部だって言ってたっけ」

「はい。一応部長を務めています」


 小雪らの通う大月学園には、大小様々な部活や同好会が存在する。

 新聞部もその内のひとつで、活動が活発なことで知られていた。


 彼らが毎月発行する大月新聞は、部活動の記事から周辺のおいしいお店の情報まで幅広く掲載されるとあって、目を通す生徒も多い。小雪もその内のペット紹介コーナーを入学からずっと愛読している。


 それはともかくとして。

 小雪は盛大なため息をこぼしてから、文乃にぽつりと打ち明けた。


「実は……さっきみんなに言われたことで悩んでて」

「な、なるほどぉ……」


 文乃は合点がいったとばかりに苦笑する。

 ぽっと頬を赤く染めて、目を逸らしつつ言うことには。


「たしかに私もあれにはびっくりしました。白金さんたちくらいラブラブなら、もっと進んだお付き合いをしているものだとばかり……」

「ないって! あくまでも普通のカップルなの!」


 小雪はうがーっと頭を抱える。

 これまであまり話したことのない文乃にさえそう思われていたのだ。恥ずかしいにもほどがあるし、穴があったらそのまま埋まってしまいたい。


「みんなには分かってもらえたけど、きっと他にも誤解した人がいるはずでしょ? それを思うと憂鬱でぐったりしちゃって……」

「それはなかなか深刻な問題ですね……」


 文乃はあごに手を当ててうーんと唸る。


「全校生徒に説明して回るわけにもいきませんし、どこまで信じてもらえるか分かりませんものね」

「そうなの。だからといって、放置するのもモヤモヤするし……うん?」

「白金さん? どうしましたか?」


 そこで小雪はハッとする。

 文乃の顔をじーっと穴が空くほど凝視して、低い声で問う。


「二ノ宮さん、新聞部なのよね。さっき部長だって言ってたけど……記事とかも書いたりする?」

「へ? はい、そうですね。先日もレスリング部の皆さんを取材させていただきました」

「……そう」


 文乃の返答を噛みしめて、小雪は重々しくうなずく。

 真っ暗闇の中、一条の光を見つけたような心地だった。

 文乃の肩をがしっと掴み、小雪は万感の思いを込めて頭を下げる。


「二ノ宮さん、一生のお願い。私たちのことを記事にして!」

「へ?」

続きは明日更新。

最終六巻は6/14発売、コミカライズ二巻は6/7発売です!

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― 新着の感想 ―
[一言] 自ら知名度をあげに行くのか(困惑)
[良い点] 性格知ってればごく普通のカップルだと判りそうなもんだが・・・全部直哉が悪いw
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