進級、そしてクラス替え
小雪と出会ってから、気付けば季節がぐるっと一周した。
またも桜の花が舞い散る季節だ。新しい生活を前にして、誰もが期待と少しの不安を抱く。
もちろん直哉らの通う大月学園にも新たな風が吹いていた。
高等部、新三年一組の教室にて。
「ど、どうしてなの……?」
小雪はガタガタと震えていた。
顔色は青く、唇からこぼれ出る吐息はひどく掠れている。朝はばっちりセットされていた髪の毛も乱れに乱れていて、机に掴まって立つのがやっとのようだ。
見目麗しい美少女であるがゆえ、より一層の悲壮感が漂っていた。
小雪は新しい机に拳を打ち付けて、あらん限りの声で叫ぶ。
「どうして直哉くんが一緒のクラスなのよ!?」
「そこは喜ぶところだろ。なんで嘆くんだよ」
直哉はひとまずのツッコミを入れておいた。
二年のときは違うクラスだったのだが、今年はこの通り同じクラスとなった。
おまけに名字が笹原と白金なので、席もたいへん近い。僥倖だ。
そういうわけで直哉はほくほく顔なのだが、小雪はなおも打ちひしがれている。世界が滅んだとしてもここまで絶望しないだろうというような、ひどい落ち込みぶりだ。
さすがの直哉も眉を寄せざるをえなかった。
「俺と一緒のクラスじゃ不服なのかよ。愛しの彼氏だぞ」
「そういうところが嫌なんだけど!?」
半泣きの抗議が飛んできたところで、教室に新しい生徒が入ってくる。
女子生徒三人組だ。中には直哉の知る顔もあった。
彼女らは小雪を見るなり目を丸くして、満面の笑顔を浮かべて近付いてくる。
「あ、白金さんだ。また同じクラスだねー、しかも旦那と一緒じゃん」
「このまえ婚約したんだってね? おめでとー」
「同じクラスになったよしみで今度感想聞かせてよね」
彼女らはそれぞれ小雪の肩をぽんっと叩いて去って行った。
かつて《猛毒の白雪姫》と呼ばれ敬遠されていた頃からは考えられない親しまれようだ。
さぞかし小雪も喜んでいることだろうと思いきや――。
「うぐうううう……っっ!」
小雪は机に突っ伏して奇声を上げていた。
しばしそうして耐えたかと思えば、がばっと顔を上げて直哉に掴みかかってくる。
言い訳のしようもないほどに顔は真っ赤で目は完全に潤んでいた。
「あなたの企んだ、あのバカげた結婚式! あれがいつの間にか学校中のみんなにバレちゃってるのよ!? そんな中で同じクラスになるとか、どう考えても晒し者でしょうが!」
「人の口に戸は立てられぬって本当なんだなあ」
昨年のクリスマス。
小雪の誕生日でもあるその日に、直哉はプロポーズがてらの結婚式を挙げた。
それ自体は身内だけを招待した小さなイベントだったのだが、三学期の間に噂がじわりじわりと広まって、今では学内中が知ることとなっていた。
おかげでふたりには前よりいっそう微笑ましい目が向けられている。
「ほんっとにもう……」
小雪は盛大なため息を吐いて、自分の席にどさっと腰を下ろす。
そうして直哉に恨みがましい目を向けてくるのだ。
「先が思いやられるわ。大学受験を控えた大事な時期だっていうのに、直哉くんに悩まされることが確定しているなんて」
「小雪の学力ならどこでも余裕だろ」
「あなたという不穏分子がいなければ順当に受かるわよ!」
散々な言われようである。
小雪はがっくりと肩を落として、またため息。
「っていうか、直哉くんが裏で手を回したんじゃないでしょうね……じゃなきゃ、こんなこと普通起きないわ」
「俺は何もしてないっての。さすがにそこまで暗躍しちゃマジの魔王だろ」
「本当かしら……」
小雪はなおも疑いの眼差しを向けたままだ。
事実、直哉はこれに関して無実である。
小雪と同じクラスになりたいのはやまやまだったが、裏工作はズルなのでさすがに自重した。
それでどうしてこんなクラス分けになったのか。
理由ははっきりしている。
『白金と同じクラスなら、笹原も大人しくしてるんじゃないですかね……?』
『他に手もありませんし……ひとまず今年はそれで乗り切りましょう』
『異議なし』
そんな職員会議が開かれていたことを、直哉はうっすらと察していた。
(俺は危険物か何かなのか?)
学校内外に広まりつつある悪名を、そろそろどうにかすべきかもしれない。
ずーんと落ち込む小雪をよそにそんなことを考えていると――。
「おっはよー、白金さん!」
「きゃわっ!?」
明るい声に突撃されて、小雪はがばっと顔を上げる。
犯人は恵美佳である。背後から小雪に抱き付いて、うっとりと頬ずりする。
「今年も同じクラスだなんて最高にラッキーだよ! 最後の学園生活をエンジョイしようね、白金さん!」
「い、委員長さん……」
「おっと、私を忘れてもらっちゃ困るよね」
「結衣ちゃんまで……!」
その後ろから現れるのは結衣だった。
ふたりを見て小雪はしばしぽかんとしていたが、やがてわっと感涙にむせぶ。
「持つべきものは親友ね……! あなたたちだけが私の心の拠り所よ!」
「えっ、何。急にどうしたの」
「また直哉にいじめられたんじゃない?」
「ひどい言われようだな」
結衣から白い目を向けられて、直哉はぼやくしかない。
そんな傍らでは巽とアーサーが顔を見合わせている。
「ここまで集まるか、普通」
「いつものメンツばっかりだな……」
お馴染みのメンバーが奇しくもこの三年一組にそろい踏みしていた。
それに気付き、小雪がますます直哉に渋い顔を向ける。
「やっぱり直哉くんが裏で手を回したんじゃないの?」
「だから違うっての」
直哉は即座に否定しておく。他の面々からも『やっぱりやったのか……』という確信めいた目が向けられていたが、面倒なのでスルーあるのみだ。
「ここまで知り合いばっかりなら小雪も一年気が楽だろ」
「それはそうだけど……むう」
小雪は難しい顔で唸ってみせる。
人見知りを少しずつ克服しつつあるものの、知らない人たちの中に飛び込んでいくのはまだ気が引ける。
そんな小雪なので、友人たちに囲まれた新学年はさぞかし自然体で楽しめることだろう。
小雪もそれを自覚しているらしい。しばしうんうん悩んでいたが、やがて諦めたようなため息をこぼす。
「まあいいわ。こうなったら仕方ないし、直哉くんの暗躍には目をつむってあげる」
「ありがとう。でも、本当に俺は無実だからな?」
「はいはい。そういうことにしといてあげるわ」
小雪は手をパタパタ振るのみだ。まともに取り合う気がないらしい。
巽たちも顔を見合わせてひそひそする。
「逆にやってない方が不自然だろ……」
「ねえ……さすがは魔王だよね」
「そういえば、クレアがサクヤくんとまた同じクラスになれたと喜んでいたよ。ありがとう、ナオヤ! きみのおかげなんだな!」
「だから俺は無実なんだけど……いやもう、それでいいわ。大魔王でーす」
直哉は肩を落とすしかない。
否定しても無駄らしく、日頃の行いを見つめ直すいい機会となった。
そしてその数日後、小雪にとっても己を見つめ直す機会が訪れることとなる。
本日より毎日更新いたします。
来月6/14に六巻発売となります!最終巻なのでやりたいこと全部詰め込みました。
設定など書籍版と異なる部分もあるので、そちらでしか読めない話もあります。
絶賛予約受付中!同月発売のクズ賢者もよろしく!






