とある家族の日常風景
冬の深まるある日のこと。
笹原家のキッチンでは、エプロン姿の小雪が鍋をかき混ぜていた。
「ふんふんふーん♪」
鍋の中身は金色に透き通ったスープだ。
仕上げに塩こしょうを少々。味見をして、小雪はよしっとうなずく。
「さーて、お料理はこんなところでいいかしら。サラダはできたし……」
テーブルに並んだ皿を改めてチェックする。
サラダにチキン、海老フライ、氷水のバケツに入ったシャンパン……そこにはお祝い事のご馳走が、ずらずらっと並んでいた。どれもこれも完璧な出来映えだ。
そしてその料理の中央には写真立てが飾られている。
小雪はそれを手にして、くすりと笑う。
「まったくもう……なんだって結婚記念日がふたつもあるんだか」
そこに映っているのは十年以上も前の自分たちだ。
花嫁姿の小雪が直哉に殴りかかっていて、直哉は直哉でだらしない笑顔を浮かべている。
あのとき撮られた写真は他に何枚もあったが、一番自分たちらしいのがこれだった。
しばらく小雪はそれを見つめて――ハッとして顔を上げる。
「あっ、そうだ。ちょっと小春。そろそろご飯だし、お片付けしなさいよ」
「はーい!」
それに、隣の部屋から元気のいい声が返される。
覗き込めば、ひとり娘の小春がせっせとオモチャを片付けていた。散らばっていた色鉛筆もしっかり箱に収めて、あっという間に部屋が綺麗になる。
やり遂げた娘に、小雪はにこにこと相好を崩した。
「小春はいい子ねえ。そうそう、今日は幼稚園でどうだった? 楽しかった?」
「んー。あのね、またりょーたくんにいじわるされたの。折り紙をかくされたり、読んでたえ本を取られたり」
「あらら……困った子ねえ」
「うん。こまった子なの」
母の真似をして、小春はうーんと険しい顔をする。
「りょーたくん、本当はこはるのことが大好きなのに、いじわるしてくるんだよ。なんでだろうね?」
「……あなたそれ、良太くんに言ったの?」
「うん。そしたらりょーたくん、おかおまっ赤になってたよ! かわいかった!」
「嫌なところばっかりあのひとに似たわね……」
小雪は神妙な顔でこめかみを押さえる。
次に良太のママに会ったらなんて謝ろう……そんなことを考えていると、小春がぱっと顔を上げた。
「あっ、この足音はパパだよ! しかもおみやげ持ってる! この重さは……ケーキだ!」
「ほんっと似なくていいところまで似て……はいはい。それじゃお迎えに行きましょうか」
小春を伴って、玄関まで向かう。
するとほぼ同時に扉が開かれた。
雪がちらほらと舞う中、スーツ姿の直哉がそこにいた。
小春がそんな直哉に飛びついて、持っている箱をキラキラとした目で見つめる。
「おかえり、パパ! ケーキちょーだい!」
「さすがは小春。お見通しだなあ」
「あっ、こら。ケーキは後だからね」
ケーキの箱を受け取って、小雪はそういえばと切り出す。
「そうそう。今度またイギリスのお爺ちゃんが遊びに来るんですって。相変わらず元気にしてるみたいよ」
「へえ。じゃあみんなを集めないとな。うちの親父は捕まるかなあ」
「法介おじ様が捕まったら、うちのパパもクリアね。今でも世界中、なぜかよく一緒に飛び回っているし」
「ほーすけおじーちゃんも来るの? こはる、また遊んでもらう!」
「そうねえ。お爺ちゃんたちと遊ぶの好き?」
「うん! めくらずに当てる『しんけーすいじゃく』ができるの、こはるとパパ以外だとほーすけおじーちゃんだけだもん」
「妙な遊びを覚えちゃってまあ……」
「わーい! 今からとっくんだー!」
小春は意気揚々とダイニングへと走って行った。
そんな愛娘を見つめて、小雪は小さくため息をこぼす。
「あの子ったら最近ますます直哉くんに似てきたのよ。ほんとに困ったものだわ」
「あはは、やっぱり遺伝子が強かったなあ」
「まったくもう……心労が二倍よ、もう」
靴を脱いだ直哉を小突きつつ、小雪が娘のことを追いかけようとする。
しかし、すぐにくるっと振り返った。
「あっ、忘れてた」
そう言って直哉の肩に手を置いて、軽く背伸びして――。
ちゅっ。
あたたかな家の中に、軽いリップ音が響く。
小雪はそっと唇を離して、頬をほんのり赤らめながらこう言った。
「おかえりなさい、あなた」
「ただいま、奥さん」
直哉もそれに、にっこりと答えた。
【本編完】
(2022年に番外編更新予定)
これにて本編は完結です。
二年もの間お付き合いいただきまして、まことにありがとうございます!
本編は完結しましたが、来年春から夏ごろに書籍版六巻が刊行予定となっております。
六巻は番外編集の予定で、そちらの話も掲載できる分はこちらに掲載予定です。
のんびりお待ちいただければ幸いです。
また、コミカライズ一巻も来年1/7に刊行予定となっております。そちらもぜひどうぞ!






