文化祭閉幕
こうして、文化祭は大盛況のまま終焉を迎えることとなった。
生徒らは夕暮れのなか後片付けに追われ、残った商品を食べあったり思い出話に興じたりする。笑い声があちこちで響く中、体育館裏で四人はこっそりと顔を突き合わせていた。
「本当に、いろいろとありがとう。ナオヤ」
「気にすんなよ」
頭を下げるアーサーに、直哉は鷹揚に笑う。
「答えを出したのも、行動したのも全部おまえだ。俺はきっかけを作ったにすぎないからな。感謝されるほどのことじゃないっての」
「はは……だが、きみに話を聞いてもらって心が楽になったのは確かだからな」
アーサーは苦笑しつつ、直哉に右手を差し伸べる。
「踏み出すきっかけになったよ。きみに出会えてよかった」
「そう言ってもらえたなら、俺としても嬉しいかな」
その手を取って、固い握手を交わす。
出会ったあの日は交わされなかった握手が、ここで達成される形となった。
「はわあ……激レアにゃんじろー……さすがの可愛さだわ……!」
友情を繋ぐその隣では、小雪がぬいぐるみを掲げてうっとりとしていた。
ラブラブカップル決定戦の優勝賞品である。
その間抜け面に陶酔していたものの、ハッとして気付いて振り返る。
「で、でもでも、本当にこの子をもらっちゃっていいの? 優勝したのはふたりなのに」
「もちろんかまいませんわ」
それに、クレアがあっさりとかぶりを振ってみせた。
彼女はアーサーの腕にするりと抱き付いて、いたずらっぽく笑うのだ。
「賞品なんかより、もっと素晴らしいものを手に入れましたから。ねー、兄様?」
「うっ……それはいいんだが」
アーサーはほんのり頬を染めつつ、遠い目をしてぼやく。
「父さんと母さんになんて報告したらいいんだろう。留学先で息子たちがくっ付いたなんて知ったら、さぞかし驚くだろうな……」
「あら、お母様は問題ありませんわ。わたくしの気持ちを知っていて、応援してくださっていましたし」
「だったら手間は二分の一か……」
アーサーは深刻な顔でため息をこぼしてみせた。
めでたく結ばれたものの、気苦労はしばらく絶えないことだろう。アーサーがクレアに公開告白を行ったのは今や学校中のみなが知るところであり、すっかり注目の的だからだ。
そのせいでこんな人気のない場所で、こっそり落ち合うことになっていた。
気苦労にげっそりするアーサーだが、かぶりを振って小雪に向き直る。
「ともかく……コユキくん、すまなかった」
「へ? 何の話?」
「僕はクレアの想いを断ち切るために、きみの許嫁に立候補して日本に来たんだ」
そう言って、アーサーは深々と頭を下げた。
妹への想いに悩んでいたこと。苦しくて、逃げてしまいたかったこと。
そんな心の弱さを、アーサーは迷うことなく吐き出した。
「不純な動機できみの前に現れたことを、ずっと謝りたかったんだ。本当に……すまなかった」
「そ、そうだったんですか、兄様」
クレアもそれは初耳らしく、目を丸くしていた。
深刻な空気が体育館裏に満ちる。
「いやあの、そんなの気にしないでちょうだい」
そんな中、小雪はぬいぐるみを抱いておろおろと口を開いた。
ちらりと直哉を見やってから、頬をかいて続ける。
「初日に直哉くんから聞いて知ってたし。今さら謝られてもって感じよね……」
「うぐっ……!」
アーサーの肩がびくりと震えた。
ゆっくりと頭を上げて、直哉のことをじっと凝視する。
「まさかそこまで全部お見通しだったとは……本当にきみは何者なんだ?」
「何って、ただのバカップルの片割れだよ」
「とことん敵に回したくないなあ……」
先ほど熱い握手を交わしたときとは一変し、アーサーは辟易とした目を向けてくる。
友情はたしかに築けたものの、できれば距離を置きたいという思いがありありと伝わった。
そんな級友の肩を、直哉はばしばしと叩いてエールを送る。
「ま、そういうわけだからお幸せにな。これから色々大変だと思うけど」
「大変……? そりゃまあ、異性と付き合うなんて未経験だし、苦労もあるだろうが……」
「そういうことじゃないっての」
訝るアーサーの耳元にそっと顔を寄せ、直哉はこっそりと小声で指摘する。
「おまえら、同じ家に帰るんだろ? 付き合いだしたばかりの恋人と、ひとつ屋根の下ふたりっきりだぞ。そりゃもームラムラするに決まってるじゃん」
「っっ~~~!?」
アーサーの顔色が一瞬で蒼白になる。
どうやらそのことが完全に頭から抜けていたようだ。
血相を変えて、直哉に掴みかかるようにして縋ってくる。
「そ、それは困る……! 僕は一体どうしたらいいんだ!」
「鉄の自制心を持て、としか言えないな」
「無理に決まってるだろ!? 今まででも普通に意識して辛かったのに……!」
これまでは兄妹という枷があったから、色々と耐えてきたらしい。
それが取り払われた以上、どうなるか。
直哉はしみじみとあごを撫でる。
「いやあ、俺も初めて小雪とふたりっきりになったときはドキドキしたなあ。ぜひとも後で感想を聞かせてくれよ」
「嫌に決まっているだろう!? というかわざわざ聞かせなくても、きみなら僕の顔色を見ただけで分かるんじゃないのか!?」
「うん。だから教えてもらえなくても、勝手にニヤニヤしてると思う」
「悪魔かきみは……! そんなことはいいから対処法をだな――」
対処法などあるわけがないので、直哉は無抵抗で揺さぶられる。
そんなアーサーをよそに、クレアは小雪の手を取ってキラキラした笑顔を向けた。
「わたくしからもコユキ様に感謝しますわ。今後もアドバイスをくださいまし!」
「えっ!? 無事に付き合えたのにまだアドバイスがいるの!?」
「あら、そんなの当然じゃないですか」
クレアはアーサーをじっとりとした目で見やり、舌なめずりをする。
その目は完全に、手頃なカエルを見つけたヘビのそれだった。
「こうして無事に兄様を捕まえましたが、がっちり逃がさない努力は必要です。殿方を籠絡する術、まだまだ伝授してくださいませね!」
「おまえは僕をどうするつもりなんだ!? って、こら! どこに連れて行く気なんだ!?」
「どこって、家に帰るんですよ。お夕飯の買い出しに付き合っていただきますからね」
「うぐっ……! 家はまずいんだ! 助けてくれ、ナオヤ!」
「ご武運を~」
引きずられていくアーサーを、直哉は手を振って見送った。
たぶん今夜は意識しすぎて一睡もできず、明日の朝には色濃い死相を見せてくれることだろう。
そして、小雪は小雪で頭を抱える始末。
「うう……これで終わるかと思ったのに、まだ頼られるのね……どうしましょう」
「そりゃまあ、恋愛に関しちゃ大先輩だしな」
「まだ交際して一ヶ月なのに!?」
「先に先輩面を始めたのは小雪だろ」
「……そう言われるとぐうの音も出ないわ」
がっくりと項垂れる小雪である。口は災いの元だと悟ったらしい。
そんな小雪の肩を抱いて、直哉はにこにこと笑う。
「まあまあ。意外と俺たちの自然体でも、恋のキューピッドができるって証明されたんだし。今後も俺たちなりの経験を重ねていこうじゃんか」
「経験ねえ……そんなこと言われたってどうし――」
「そう、それだよ」
「は……?」
セリフを遮って力強くうなずけば、小雪はきょとんと目を丸くする。
そんな彼女に、直哉は万感の思いを込めて唱えるのだ。
「今、小雪の頭にふっと浮かんだのが正解だ! 胸を押しつけられるのもいいけど……やっぱりキスされた方が男は何倍も嬉しいんだよ!」
「まだ何も言ってませんけど!?」
腕を振りほどいて小雪はツッコミを叫んだ。
顔を真っ赤にしてそっぽを向き、直哉を置いてずんずんと歩き出す。
「ふんだ、そんなふうに煽られて誰がやるのよ。いい気にならないでちょうだい」
「とか何とか言って、五秒後に無理やりしてくれるんだろ。分かるよ、あんなラブラブっぷりを見せつけられたら自分だって甘えてみたくなるのが人のサガってやつで――」
「うるさいのはこの口か!!」
まとわりついた結果、予想通りに胸ぐらを掴まれて物理的に黙らされた。
久々に重ねた唇は、文化祭で食べたタコ焼きの味だった。
本章ここまで!次回は8月14日(土)更新予定です。四巻も出たことなので、しばらくは偶数日に更新したい。
書籍四巻発売中!よろしくお願いいたします。
特典などもございますので、詳しくは活動報告まで。
コミカライズも絶賛連載中!小雪がすごく可愛いのでたいへんオススメです!