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圧倒的勝利

 観客席も大いにどよめいて、すぐにブーイングが飛んでくる始末。


「ふざけんな! おまえが敵役とかガチじゃねえか!」

「そうよそうよ! アーサーくんが可哀想だわ!」


 全員が全員、もうすっかり直哉のことを魔王として認定したらしい。

 小雪もあごに手を当てて考え込む。


「ってことは……直哉くんが、アーサーくんからクレアさんのことを奪おうとするの?」

「さっきのパターンを踏襲するとそうなるな。お芝居だけど」

「お芝居ねえ……」


 その単語を口にしても、小雪の顔は晴れないままだ。

 むしろ眉根に寄ったしわがますます深くなる。

 きゅっと口を引き結んで考え込んでから、ハッと閃くと同時に顔を上げる。


「だったら私も! 私も一緒に悪役をやるわ! 直哉くんひとりじゃ頼りないものね!」

「『いくらお芝居だろうと、直哉くんがほかの女の子を口説くところなんて見たくないもの! だったら私が代わりにぐいぐいやってやるんだから!』って?」

「なんでさっきの人たちには配慮ができて、私にはできないわけ!? わざわざ大声で暴き立てるんじゃないわよ!」


 小雪が真っ赤になって掴みかかってきた。

 そのせいで、批難を飛ばしていた観客たちも顔を見合わせることになる。


「……それならプラマイゼロくらいにはなるかな」

「なるほど、自分を加えて彼氏の毒を薄める作戦ね……白金さんったら策士じゃない」

「ああ見えて学年成績一位だったな……」


 ブーイングは無事に止み、かわりに見守るような目線が飛んでくる。

 急な対応の変化に、小雪は顔をしかめて一同を睨んだ。


「なんだか反応がムカつくんだけど……?」

「まあまあ。それだけ小雪に親しみを抱いている証拠だから」


 猛毒の白雪姫として敬遠されていた頃とは真逆の反応だろう。

 そんな怒濤の展開に、アーサーはよろよろと後ずさる。


「な、ナオヤとコユキくんが敵に……?」

「あらら、意外な展開ですわね」


 クレアも目を丸くするが、すぐにそこには期待の光が宿ることとなる。


「でも、兄様なら華麗に撃退できるって信じておりますわ」

「うぐっ……しかしコユキくんはともかくナオヤだぞ!? 常人が相手取っていい敵じゃないだろ、あいつは!」

『はーい、話がまとまったところで。時間も押していることですし、早速スタート!』

「ま、待ってくれ! まだ心の準備が……!」


 結衣が引っ込んで、否応がなしに茶番の幕が開いた。

 観客たちの期待の眼差しが突き刺さる。

 そんな中、真っ先に動いたのは――。


「えーっと……ごほん。あらあら、可愛らしい子ね」


 少し方針に迷いつつも、小雪が先制攻撃に出た。

 クレアにそっと歩み寄り、そのあごをくいっと掬って艶然と微笑む。


「そんなお兄さんなんて放って、私たちと一緒に遊びましょうよ」

「ふふ。いくらコユキ様のお誘いでもお断りですわ」


 クレアはスカートの端を摘まんで優雅にお辞儀する。

 その仕草は淑女として完成されていたものの――直哉がそこにぼそっと攻撃する。


「俺たちと一緒に来たら、好きなだけプリンを作ってあげるけど?」

「っ……!」


 勢いよく反応したクレアに、直哉はにっこりと畳みかける。


「あとはどら焼きとかショートケーキとか、日本にしかないスイーツも付けるぞー」

「はわわ……マンガやアニメで見たことあります! 実在するのですね!?」

「あ、栗まんじゅうとかもいる?」

「たくさん増えるあれまで……!?」

「私が言うのもなんだけどチョロすぎない……?」


 目の色を変えてこちらに近付いてくるクレアに、小雪が呆れた目を向ける。

 にゃんじろーにまんまと釣られてこんな場所に立っている自分のことを、完全に棚に上げていた。


 それはともかく、アーサーが慌てて妹の手を引き留める。


「待て待て! スイーツなら僕が用意してやるから!」

「はっ! それもそうですわね……」


 正気に戻ったクレアを背に庇い、彼はじろりと直哉を睨む。

 先ほどのレスリング部の一幕を間近で見ていたせいか、膝がわずかに震えている。それでも一歩も引くことなく直哉に立ち向かうその姿は、姫を守る騎士のようだった。


「ナオヤ……クレアを守るためなら、僕はどうなったってかまわない。やれるものならやってみるがいい!」

「兄様……」

「うーん、やっぱこれ完全に魔王ポジションだな?」


 壇上で繰り広げられるボス戦に、観客たちは大いに手に汗を握る。

 守られる姫役となったクレアは兄の背中でじーんと喜びを噛みしめていた。得意げな顔で小雪を煽る。


「ふふん、コユキ様も詰めが甘いですわね。兄様を越えるほどの条件を出していただかないと、そちらになびくことはありませんわ」

「むう、アーサーくんにできないことか……あっ」


 小雪が少し考え込んでから手を叩く。

 びしっと突きつける条件とは――。


「そうだ、恋バナよ! 恋バナしましょ、三人で!」

「あっ」


 それに直哉はわずかに目を丸くするのだ。

 何しろ、決定的にこの場の流れを変えるひと言だったから。


「言っちゃったなあ……」

「えっ、何かマズかった?」


 苦笑を浮かべる直哉に、小雪はきょとんと首をかしげる。

 クレアの好きな相手が誰なのか、自分たちはよーく知っている。だから引き入れる条件としては最適だろう。ただし――この場に、その情報を知らない人物がひとりいた。


「は……?」


 アーサーである。


 恋バナという言葉を耳にした途端、青天の霹靂とばかりに固まってしまう。

 しばし壇上に沈黙が落ちて、観客がざわつきはじめたころになってから、アーサーがゆっくりと口を開く。その顔は直哉に立ち向かったときよりも著しく血の気が引いていた。


「クレア、おまえ……まさか、好きな人がいるのか?」

「に、兄様には関係ありませんわ」


 クレアはぷいっとそっぽを向く。

 好きな相手本人からそんな他人事のような質問を投げかけられて、平静でいられる者などそういないだろう。当然クレアもへそを曲げ、トゲトゲした声で言う。


「でも、たしかにコユキ様のおっしゃる通りですわね。兄様には言えない恋の悩みも、コユキ様なら聞いてくださいますし。いっそ本当にそちらに行ってしまいましょうか」

「やっぱりいるのか!? 誰だ! 僕の知っている奴か!?」

「だから、兄様には関係ないって言ってるじゃないですか!」


 アーサーがクレアの手をがしっと掴み、それをクレアが乱暴に振り払う。

 そのままふたりはミッションも忘れて言い争った。


 様子がおかしくなって、観客たちがざわざわする。

 結衣もわくわくと実況を挟むのだが――。


『おっと、ここにきて喧嘩の勃発でしょうか。やっぱり優勝は直哉たちで決まり――』

「関係大ありだ!!」


 それをアーサーの声が遮った。


 体育館をびりびりと揺るがすほどの大音声。

 途端に場はしんと静まり返り、アーサーが息を吸い込む音だけが、妙な大きさをもって響き渡る。


 顔を真っ赤にして勢いよく言い放つのは、言い逃れのできない言葉だった。


「僕以外の男がおまえと結ばれるなんて……絶対に認めないからな!?」

「へ」


 今度はクレアがぴしっと凍り付く番だった。

 観客もぽかんと目を丸くして固まるばかり。小雪も結衣も同様だ。

 ただひとり、直哉だけが「あーあ」とため息まじりに額を押さえた――そんな折。


『……ええええええ!?』


 割れんばかりの喚声がほとんど同時に湧き上がった。

 それに続くのは、やれ禁断の愛だのといった困惑の声。

 ざわつく彼らに向けて、直哉はひとまず補足を加える。


「あ、こいつら血は繋がってないから。親同士が再婚したんだよ」

『ああ、なるほど義理の兄妹なら納得……えっ、それならやっぱり今のってガチ告白!?』


 結衣のアナウンスによって、場にはまた別種の混乱が広がる。


「あっ……あああ!?」


 全員の注目を集めて、アーサーは自分がやらかしたことに気付いたらしい。

 その顔は赤くなったり青くなったり目まぐるしく変化する。

 しかし、ふと直哉と目が合ってから、それがすっと落ち着いた。彼は苦しげな笑みをこぼしてみせる。


「……きみが言っていたのはこういうことだったんだな。この思いを諦めることなんて……端から無理だったのか」

「そういうこと。今ならまだ間に合うぞ」

「いいや……もう決めたさ」


 言葉の綾とかその場の勢いとか、無理やり誤魔化すことはできる。

 アーサーはかぶりを振ってそれを拒絶した。どうやら腹をくくったらしい。憑き物が落ちたような柔らかな表情で、そばで固まるクレアへ向き直る。


「バレたからには仕方ない。言い訳もしない」

「にい、さま……」

「気持ち悪いと思うかもしれない。それでも僕は……おまえのことがずっと好きだった」


 ダメ押しのひと言。

 それに観客はますますどよめき、クレアの頭から湯気が立った。


 アーサーは真摯な言葉と表情で彼女に頭を下げる。


「拒絶してもらってもかまわない。ただ……最後にどうか聞かせてくれないか。おまえがどこの誰に思いを寄せているのかを」

「…………」


 クレアは口を閉ざしたまま、ゆっくりと人差し指を向ける。

 それはもちろんアーサーのことを指すのだが――当人は不思議そうに後ろを振り返り、そこに誰もいないことを確認して首をひねる。


「こっちの方角にいるのか? ということは、やはりここの生徒ということに――」

「いえ、その……」


 ぶつぶつと考え込む兄へ、クレアはゆっくりと距離を詰めた。

 人差し指がアーサーの胸に届き、真っ赤な顔を伏せつつ言葉を絞り出す。


「兄様……なんですけど」

「え」


 そこまできっちり言葉にされて、ようやくアーサーにも事態が理解できたらしい。

 一度は落ち着いたはずの顔色が一気にマグマのような赤に染まる。


「えええええええええ!?」

『おおおおおおおおっっ!』


 場の興奮は最高潮だ。歓声と拍手、そして口笛が幾重にも折り重なってふたりを祝福した。

 さらには次の演目のため控えていた軽音部が、即興でバラードを奏で始める。


『なんということでしょう! ここに来て驚きのカップル成立です!』


 司会の結衣も大興奮。もはやみなが兄妹のことを祝福していた。

 完全アウェーとなった小雪と直哉は、ステージの隅で顔を見合わせる。


「……まさか、これって」

「うん。俺たちの負けだ」


 公開告白からのカップル成立である。

 さすがの直哉たちでもインパクトで負けるのは当然だった。

 案の定、アーサーらは最終人気投票で圧倒的な票数を勝ち取り、見事優勝をもぎ取っていった。

続きは明日更新!明日で本章は終わりで、あと何話かは毎日更新予定です。

書籍版四巻、もう早いところでは並んでいるそうです。お盆休みを挟むので、地域によっては書店に入るのが遅くなるかもしれませんが……どうかよろしくお願いします!皆さんの応援が頼りです!

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― 新着の感想 ―
[一言] 作戦を事前に共有できていれば勝てただろうに!
[良い点] 魔王破れる やっぱ天然にはかなわなかったかw 人間 素直が一番 [一言] 魔王から当て馬にw ちと違うかw
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