彼女を守るチート騎士
そこからもふたりは――おもに直哉が――破竹の進撃を見せることとなった。
勝負は勝ち抜き方式で、一回の勝負が終わるごとにライバルが減っていく。無残に散っていく彼らの骨を拾いつつ、悠々と白星を収めていった。
そして――。
『さあさあ、最終決戦に駒を進めたのはこの二組となりました!』
その宣言に、割れんばかりの喝采が起こる。
勝負が進むにつれて観客の数はどんどん増えていき、出入り口で入場規制がかかるほどになっていた。中に入れなかった者たちが諦めきれず、小窓から覗き込む始末である。
今やステージに立つのは五人だけだ。
司会の結衣、直哉と小雪。そして――。
「ふっ、やっぱりここまで来たわね」
「コユキ様……」
小雪と対峙して、クレアはごくりと喉を鳴らした。
わずかにうつむきながら、ゆっくりと言葉を絞り出す。
「最初はふざけた催しだと思いましたわ。ですが……わたくしと兄様の絆を試す、いい機会だと思い直しましたの」
そうしてクレアがそっと顔を上げる。
そこにはステージに上がったときのような困惑は一片も浮かんでいなかった。
ただ勝利を求める貪欲な炎が、深紅の瞳の中で燃えている。
「この勝負、絶対に負けませんわ。たとえ相手がコユキ様だったとしても!」
「おーっほっほっほ! 相手にとって不足はなしよ!」
小雪はその宣戦布告に高笑いでもって応えてみせた。
少女らの間に見えない火花がバチバチと弾け、体育館の中で熱気が渦を巻く。
それを後方で見守っていたアーサーが、がっくりとうなだれた。
「僕は早く帰りたいんだがな……」
「まああと一戦だし、気張っていけよ」
その肩を、直哉はぽんっと気楽に叩いてみせた。
ついでとばかりに、その耳元でそっと囁くことも忘れない。
「それで、例の答えは見つかったか?」
「……『答えは自分の中にある』か」
相談所で直哉が突きつけた言葉である。
それを、アーサーはまるで魔法の呪文であるかのように口の中でつぶやいた。
小雪と睨み合うクレアをじっと見つめてから――苦しげな顔でかぶりを振る。
「分からない……見つからないままだ」
「そっか」
直哉は鷹揚にうなずいて彼の肩から手を離す。
そこで結衣らの準備も整ったらしい。
『最終決戦はこちら! シチュエーション勝負です!』
アナウンスとともに、舞台袖から屈強な三人組がぞろぞろと現れる。
高校生とは思えない体格をしており、全員人相が悪い。有り体に言えばチンピラ然としていた。下卑たニヤニヤ笑いを浮かべる彼らに、観客の中には顔をしかめる者もいる。
『えー、簡単に説明すると、よからぬ相手からパートナーをどんな風に守るかをチェックさせてもらいます。ご協力いただくのはこちらの、ってちょっと!?』
ひとりが結衣からマイクを奪い、観客を見回し朗々と告げる。
『俺たちはレスリング部のもんだ。ま、せいぜい怪我させないようにだけは気を付けるが……もし必要になったら、誰か保健室まで連れて行ってやってくれよな』
直哉とアーサーをちらりと見遣り、大仰に肩をすくめてみせる。
それに笑うのは仲間のふたりだけだ。
観客らは渋い顔を見合わせる。
『はいはいマイクを返してね。この通り、ちょーっと問題行動も多い皆さんですが……今回は部費獲得のため、快くご協力いただくことになりましたー』
マイクを取り返して、結衣がさばさばと紹介を終える。
それでも元の和やかな空気は戻らなかった。
観客たちが心配そうに見守るなか、結衣は小雪にマイクを向ける。
『ちなみに、白金さんたちの出会いもこんな感じだったんだよね?』
「えっ……そ、そうね。街で知らない男の人に話しかけられたのよ」
出会いのあらましを、小雪は支えながらも語って聞かせる。
それに、おおーという感嘆の声がいくつも上がった。
テンプレな出会いではあるものの、テンプレはそれだけ人の心を掴むものだ。
その反応に気を良くして、小雪はますます胸を張る。
「まあ、あれくらい私にとってはどうってことなかったけど? ひとりでも十分対処できたけど? このひとが役に立つって分かったのはよかったわよね」
『うんうん、なるほど! それじゃあお手並み拝見といきましょうかー』
そういうわけで、直哉と小雪が先攻となった。
結衣たちはひとまず舞台袖に下がり、小雪はレスリング部をびしっと示して言い放つ。
「行きなさい、直哉くん。あのときみたいにボコボコにしてやるのよ!」
「えっ、いいのか?」
「もちろんよ。容赦なくやっておしまいなさい」
小雪は期待に目を輝かせて殲滅を促す。
どうやら直哉がいかに頼りになるか、観客たちに自慢したいらしい。
そう思ってもらえるのはたいへん光栄なのだが、直哉は苦笑するしかない。
「この場合はあんまりオススメしないかなあ……」
「どうしてよ。こんなの瞬殺のはずでしょ」
「おいおい、言ってくれるじゃねえか」
それにレスリング部がムッとして顔をしかめる。
結衣からマイクを奪った中央の生徒――どうやら彼が部長らしい。指を鳴らしながら直哉の頭の先からつま先までを値踏みするように見つめ、薄い嘲笑を浮かべてみせる。
「そのひょろい奴が俺たちを倒すって? 彼氏に期待しすぎなんじゃないのか、白金よ」
「あら、私のことを知ってるわけ……?」
「そりゃそうだろ。おまえのことはずっと狙ってたんだ」
部長はニヤリと笑って舌なめずりをする。
「俺は生意気な女がタイプでね。どうだ? そんな弱そうな奴は捨てて、お芝居でもなんでもなく俺の女になるっていうのはさ」
「はあ……? 馬鹿も休み休み言って……直哉くん?」
小雪を背中に庇うように割り込んで、直哉は部長へにっこりと爽やかな笑顔を向ける。
観客席の朔夜らが、残念そうな顔で手を合わせたり、十字を切ったりするのが見えた。
獣が牙を見せて笑うのは――獲物を狩るときだけだ。
「うん、小雪がお望みなら容赦しなくていいよな」
かくして五分後。
「ずびばぜんでじだあああああああ!!」
レスリング部一同は号泣しながら舞台から逃げ去っていった。
その後ろ姿は気のせいか筋肉もしぼんで、二回りくらい小さくなったように見えた。
ダミ声の悲鳴を見送って、小雪は盛大な高笑いを上げる。
「おほほほ、だから言ったのよ! おととい来るといいわ!」
そうしてバッと観客席を見回すのだが――。
「さあ、どうかしら皆さん! 私の直哉くん、は……?」
『…………』
観客席は水を打ったように静まり返っていた。
あまりに鮮やかな手際に感激したのでも、小雪を思う直哉の愛に感動したのでもない。全員が全員、青白い顔で直哉のことを凝視していたのだ。
舞台袖から結衣が顔を出し、的確な実況を放つ。
『おっとー!? 観客席はドン引きだーっ!』
「なんで!?」
「だと思った」
絶叫する小雪に、直哉は苦笑をこぼす。
「素手でなぎ倒したら絵的に映えたんだろうけど……俺がやったのって、そっと近付いて耳打ちしただけだしなあ」
たったそれだけでレスリング部の面々から笑顔が消えて、ガタガタ震えて命乞いを始めたのだ。小雪からしてみればいつもの光景なのだろうが――。
「第三者からすると普通に怖いだろ」
「でもでも……あのとき私を助けてくれたときの直哉くん、すっごく格好よかったもの!」
「そっかそっか。ありがとな」
むくれる小雪の頭を軽く撫でる。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
「好きな子にそう言ってもらえたなら、ちょっと本気出した甲斐があったかなあ」
『えー、見せつけてくれているところ恐縮なんですが……』
スタッフと何やら打ち合わせしていた結衣が、大々的に言い放つ。
『たった今情報が入りました! レスリング部の皆さんが棄権されるとのことです!』
「直哉くん……あのひとたちにいったい何を吹き込んだのよ」
「個人情報保護の観点から黙秘するよ」
「そんな配慮ができたんだ……」
『これからは心を入れ替えて部活や学業に打ち込むとのこと! ひとまず全員、進路相談のため職員室へと直行した模様です!』
この日以降、本当に彼らは真面目になって練習に励むこととなる。その結果、県大会で優秀な成績を収めて直哉はかなり感謝されるのだが――それは完全なる余談である。
「やっぱりあいつ……幸せになれる壺とか売ったらすごいだろうなあ」
見に来ていたクラスメートがぼそっとつぶやく。
静まり返った体育館にそのひと言が響き渡り、多くの観客が無言でゆっくりとうなずいた。
(うーん、やっぱ好感度より畏怖度の方が上がっちまったな)
これまでも直哉はその力を観客たちに見せつけてはきたものの、ある程度はコミカルに見えるよう調整していた。今回はついつい小雪を守ろうと力が入り、やり過ぎてしまったのだ。
バカップルを応援する空気はやはり戻らず、困惑のざわめきが広がっていく。
しかし、そんな中でホッと胸をなで下ろしたのがひとりだけいた。
舞台袖から顔を出したアーサーだ。
さも残念とかぶりを振りつつも、口元に浮かんだ笑みは隠しきれないものだった。
「おっと、ヒール役の彼らが舞台を下りてしまったか。そうなると、僕らは不戦敗ということになるのかな。なるよな、よし!」
「なっ、それはダメです!」
それに真っ向から異を唱えたのはクレアだった。
兄に詰め寄って、真剣な顔で凄んでみせる。
「わたくしも兄様に、あんな風に守っていただきたいです。絶対に不戦敗なんて認めませんわ」
「うぐっ……し、しかし肝心のヒール役がいないんじゃどうしようも……」
『それもそうなんだよね。うーん、どうしよっかなあ』
司会の結衣は腕を組んで悩む。
しかしそれも数秒足らずのことだった。すぐにぱっと明るい笑顔を直哉へ向ける。
『よし、それじゃ変則ルールだ。直哉?』
「はいはい了解。俺が悪役をやればいいんだろ?」
「えええっ!?」
軽く了承してみせると、全員から大きな悲鳴が上がった。
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