女子小学生の複雑な事情
「うん。夕菜とはけっこう仲良くなっただろ。女性の小雪相手なら話しやすいかもしれないしさ」
「う、うう……そういうのって苦手なんだけど……」
小雪はしどろもどろで視線をさまよわせる。
人見知りかつ意地っ張りな自分の性分をよーく理解しているせいだろう。
躊躇しているのがありありと分かったが……最終的にはぐっと拳を握って、決意あふれる真剣な顔を向けてくれた。
「……わかったわ。ダメで元々だし、やってみる」
「よく言った。それじゃあ俺は見守ってるな」
直哉はにこやかにうなずいた。
自分が聞き出してもよかったのだが、どうしても先にすべてを知っていると尋問めいた様相を呈してしまって不信感を抱かせる可能性があった。
それならむしろ小雪の方が適任だ。
小雪はごくりと喉を鳴らしてから、おずおずと夕菜に話しかける。
「えっと、夕菜ちゃん」
「なあに?」
「さっきの子……エリスちゃんって言ったかしら。学校のお友達なの?」
「……うん。ちょっと前にてんこーしてきたの」
夕菜はすこし考え込んで、小さくうなずいてみせた。
そこからスプーンを置いて、ぽつぽつと話し始める。
あのエリスという少女は学校のクラスメートらしい。
この春から両親の仕事の都合でアメリカから引っ越してきて、そのまま小学校に入学した。それゆえ、日本に来てまだ日にちが浅いという。
「それでね、夕菜がはじめにおともだちになったんだよ」
「そうなの?」
「うん。エリスちゃん、入学してすぐはあんまりうまく日本語を話せなかったの」
そのせいか、彼女はいつもひとりきりだった。休み時間はずっと自分の机で外国の絵本を読んでいて、笑ったところなど一度も見たことがなかった。
そこに夕菜が話しかけたのだという。
『エリスちゃんっておひめさまみたいで、すっごくかわいいね!』
『えっ……?』
夕菜は毎日彼女に日本語を教えたり、遊びに連れ出したりした。
最初は戸惑っていたエリスもそのうち笑顔を見せはじめ、それに伴ってめきめきと日本語が上達した。
本を読むのが好きだったこともあってか、今ではクラスの誰より難しい言葉を知っているほどだという。
そんな微笑ましいはずの友情を、夕菜は暗い顔で語った。
おかげで小雪は目を白黒させるのだ。
「なんだか、聞く限りすっごく仲が良さそうなんだけど……何かあったの?」
「……夕菜は悪くないもん」
夕菜はぷくーっと頬を膨らませる。
「エリスちゃんが急に、『夕菜ちゃんとはもうあそばない』って言い出したんだもん!」
「えっ、急に? ケンカしたとかじゃなく?」
「してないよ。映画にさそっただけ」
それはつい二週間ほど前のことだった。
エリスと一緒に帰る道中、今度の休みに映画に行かないかと持ちかけた。
学校でも人気のマスコットキャラクター、にゃんじろーの作品である。
夕菜はずっとその封切りを楽しみにしていたので、エリスと一緒に見に行きたかった。
しかしエリスはむすっとした顔で――。
『行きませんわ』
『えっ、どうして? にゃんじろー、すっごくかわいいよ?』
『行かないったら行きません! 夕菜さんと遊ぶのも、今日限りです!』
『えええっ!?』
こうして一方的に絶縁状を叩きつけられたらしい。
その日からエリスは夕菜が何を話しかけても無視し、ひとりで先に帰ってしまうようになった。
そのうえ夕菜が他の子と遊んでいると、先ほどのように嫌味を飛ばしてくるしで――夕菜もわけがわからず、戸惑っていたらしい。
「だからさっきみたいな険悪ムードだったのねえ」
「ふんだ。エリスちゃんなんかもう知らないもん」
夕菜はふて腐れたようにそっぽを向く。
エリスの話をしている内に、抱えていた苛立ちが膨らんでしまったらしい。
続きは明日更新。
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