ファーストキス後の重大問題
それからおよそ四時間後、日が傾き始めたころに法介たちが帰ってきた。
直哉の読み通り、それなりの騒動に巻き込まれたらしいが、付近の漁港で取れた魚などをたっぷり買ってきて、夜はそれをいただくらしい。台所は母親コンビの戦場と化した。
一方、リビングでは朝と同じぴぴっという電子音が鳴り響く。
小雪から体温計を受け取って、朔夜はかすかに目を丸くした。
「平熱。もうすっかり治ったみたいだね」
「ふふん、当然でしょ。風邪なんかに負けるほどやわじゃないんだから」
小雪はソファーベッドの縁に腰掛けて、ジュースをちびちびと飲んでいく。
顔色はすっかりよくなって、目付きもずいぶんしゃきっとしていた。受け答えもはっきりしているし、完全にいつもの調子が戻ったようだ。
そんな姉に、朔夜は目を細めて言う。
「お義兄様が看病してくれたからだね。よかったね、お姉ちゃん」
「はあ? そんなことないわよ、この人ったらいるだけで、特に役にも立たなかったし」
小雪は照れ隠しの憎まれ口を叩くものの、すぐに顔をほんのり朱色に染めて、直哉のことをちらっと伺う。
「で、でもまあ……一緒にいてくれたから、心細くはなかったかも。ありがと、直哉くん」
可愛い彼女の、可愛いお礼。
それを堪能する余裕は、今の直哉には皆無だった。
ソファーの隅で頭を抱えたまま、生返事をするしかない。
「おう……どういたしまして」
「さっきから様子が変だけど……どうしちゃったわけ?」
そんな直哉に、小雪は怪訝そうな顔をするばかりだった。
朔夜も首をひねって不思議がる。
「ひょっとして、お姉ちゃんの風邪がうつっちゃった? お義兄様、大丈夫?」
「いや、それはないな……むしろ風邪でぶっ倒れることができたらまだマシだったというか……うん」
「なにそれ? 変な人ねえ」
首をかしげつつも、小雪はジュースを飲み干して「お腹空いたなあ」なんてぼやく。
そこには照れ隠しも、虚勢も、何ひとつとして含まれていなかった。
だから直哉は察してしまう。
(お、覚えてねえええええ!? マジか!? マジかこの子!! 俺にキスしたこと覚えてねえんだな!?)
あれから小雪が寝入った隙を突いて、直哉はなんとか脱出することには成功した。
後のフォローをどうしよう……なんて考えていたものの、目が覚めた小雪はさっぱりした顔で何事もなかったかのように振る舞った。
直哉に世話をしてもらったという記憶はうっすらあるらしいが、肝心なところは一切残っていないようだった。
「やあやあ、今帰って……うわっ」
帰ってきた法介が直哉をひと目見て、ぎょっと声を上げた。
あとから入ってきたハワードはそれにも気付かず、大きなため息をこぼしてみせる。
「まったく酷い目にあった……なぜ海岸線を仲良く歩いていただけのあのカップルが、心中するつもりだと分かったんだ……」
「おかえり、パパ。無事に説得できたんだ」
「ああ。どうも借金が原因とかなんとかでな、うちの会社で面倒を見ることになった。それなりにやる気のありそうな人材だからよかったものを……まったく、おまえといると気が休まるときがない! 聞いているのか、ホースケ!」
「えっ、あ、ああ……はい、そうですね、ええ……」
「おじ様、どうかしたの?」
ハワードになじられ、朔夜にきょとんとされながらも、法介は直哉に同情の目を向けるだけだった。
どうやら息子に降りかかった災難(幸運とも言う)を察してしまったらしい。
(気遣うな! せめて気付かなかったふりをしろ……!)
叫び出しそうになるが、直哉はそれをぐっと堪えた。
こんなところで親子喧嘩なんて冗談じゃないし、そもそもこののっぴきならない案件を誰かと共有するなんて死んでもごめんだったからだ。親ともなるともっと嫌だった。
それゆえ直哉はますます頭を抱えるしかなくて――。
「ほんとに大丈夫? ジュース飲む?」
「……遠慮しときます」
小雪が気遣わしげに差し出してくるオレンジジュース(飲みかけ)を、直哉はやんわりと拒むことしかできなかった。
こうして夏休み中にファーストキスを経験するという野望は達成されたものの……事態はひどくややこしいフェーズに突入した。
続きは明日更新。次章旅行編の締めくくりとなります。
書籍一巻発売秒読みなので、ぜひともよろしくお願いいたします。加筆修正しまくったので、楽しんでいただけると嬉しいです!






