表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/212

ふたりきりの旅路

 こうして直哉と小雪はふたりっきりで、件の別荘地を目指すことになった。


 とはいえ特急列車で一時間半の旅路だ。

 のんびりお菓子でも食べながら景色を見ていれば、すぐに到着するような短い距離である。


 しかし……一時間経ってもまだ、ふたりはその道程の真ん中までもたどり着けていなかった。

 鈍行列車のボックス席で、小雪は蚊が鳴くような声を絞り出す。

 

「…………ごめんなさい」

「えっ、まだ言う?」


 スマホで経路を確認していた直哉だが、おもわず顔を上げてしまう。

 小雪は肩を落とし、しょぼくれた顔をしていた。効果音を付けるとすると『ずーん……』あたりだろう。


 各駅停車の列車は山の中を進んでおり、民家もほとんどなくて景色は緑にあふれている。

 自分たち以外には乗客もおらず、とても静かな空間だった。

 だから直哉はにこやかに言う。


「別に急ぐ旅でもないんだし気にするなって」

「でも、私のせいでこんなに遅くなっちゃって……」

「たまにはこういうのも悪くないだろ、のんびり行こうぜ。それより気分はどうだ?」

「う、うん。もう平気」


 小雪はこくりと小さくうなずく。

 言葉の通り、顔色は悪くない。おかげで直哉は一安心だった。


 わざと乗り逃した次の特急に乗ったものの、さすがは夏休み。自由席も指定席も満員で、まともに空いた席が無かった。

 おまけに小雪が乗り物酔いで真っ青になって……適当な駅で降りて、こうしてゆったりと鈍行旅を選んだのだ。


「乗り物酔いはマシになったけど……パパたちにも心配かけちゃったかも、って反省もあって……」

「大丈夫だって。うちの親父がなんとかしてくれるから」


 乗り遅れたことを両親らに連絡すると、法介からは『うん、気をつけてね』という軽いメッセージだけが届いた。直哉が追いかけた時点で、この展開をだいたい察していたらしい。


 ハワードはかなり心配して引き返そうとしたものの、法介がそれとなく説得して引き留めてくれたらしい。

 そう説明すると、小雪は引きつった笑いを浮かべてみせる。


「やっぱり直哉くんのお父さんにはバレバレだったんだ……ねえ、お父さんもやっぱり直哉くんみたいに、お母さんが病気になったからそんなスキルに目覚めたわけ?」

「いんや。全然」


 直哉がこんな特技を身に付けたのは、病床の母親を気遣った結果である。

 しかし法介はというと、それ以前からあんな感じであった。


「親父は天然物だからなあ。爺ちゃん婆ちゃんは普通なんだけど、何か気付いたらあんな察しの良さを身につけていたんだと。それが俺に遺伝して、母親の病気を機に覚醒した感じだな」

「天然チート……主人公枠だわ……そしてそれに付き合うパパはやっぱりヒロイン枠なのかしら……」


 小雪は複雑そうに考えこむ。

 たぶんこの旅行でハワードの胃が大変なことになるだろう。直哉はこっそり胃薬をプレゼントすることを心に誓った。


「だからあっちは心配ないって。それよりほら、ちょうどそろそろ見えてくる頃だぞ」

「何が……?」


 首をかしげる小雪に、直哉はいたずらっぽく笑って席を立つ。


 田舎の旧式電車のため、窓の開閉が可能なタイプだった。

 ばっと窓を上げると同時――景色の緑が途切れ、かわりに現れるのはまぶしいほどの青だ。

 小雪がぱっと顔を輝かせる。


「わあ、海だわ!」


 山を抜けた先には、見渡す限りの大海原が広がっていた。

 白い砂浜にしぶきを上げて波が押し寄せ、散歩の犬がはしゃいでいるのが見える。


 突き抜けるような青空には大きな入道雲が出ているし、そのまま切り取るだけで夏という季節すべてを表せそうな風景だった。


 しょぼくれていた小雪だが、すっかり景色に見とれてしまう。

 そんな彼女に、直哉は笑いかける。


「なあ、そろそろお昼だろ?」

「う、うん……売店とかで何か買う?」

「それよりいいのがあるじゃんか」

「へ?」


 小雪の荷物――スーツケースの上に乗っかった大きめのリュックサックを指差して、直哉はあっさり提案する。


「そのお手製弁当、そろそろ食べていいかな?」

「……やっぱりバレてた!?」


 小雪は頭を抱えて悲鳴を上げた。

 席に腰を落とし、がっくりとうなだれてしまう。


「ううう……驚かせようと思ったのに。やっぱり直哉くんにサプライズとか難易度高いわ……」

「いや、それだけ指に絆創膏貼ってたら俺じゃなくても気付くって」


 小雪の指先にはいくつもの絆創膏が巻かれていた。

 朝、部屋に来たときから気付いていたが、タイミングを待ってツッコミを保留していたのだ。


 道中でも鞄の中身を気にかけていたし……鈍感ラブコメ主人公だったとしても、さすがにわかる。

 またしょげ返ってしまう小雪に苦笑しつつ、直哉は列車の進行方向を指し示す。


「それでさ、この次の駅。すぐそばに、海辺の公園があるんだって」

「えっ……?」

「せっかくだし、海を見ながら食べないか?」

「行く!」


 またもぱっと顔を輝かせる小雪だった。

 出先だからか、テンションの上下が激しくて微笑ましかった。

続きは明日更新します。

書籍版発売まであと三週間ほど!どうかよろしくお願いいたします!

また、お気に召しましたらブクマや星をぽちぽちください。ご感想もなんでも大歓迎。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] のんびり鈍行列車の旅w 小雪はちと気がかりなようですが察しがいいのが二人もいるからだいじょうぶですなw [気になる点] ハワードさん・・・ サダメじゃ・・・ つっても何らかの事件にまた巻…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ