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天の聖女  作者: みど里
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とある元聖女の物語・終

 またリターがうるさくなった。

 大抵の事はわたしの事が好きだって言う人たちがやってくれるし、もういらないかしら。


 お父様に『リターを屋敷に返したい』って手紙を送ったら、それは駄目だって。なんでよ。仕方ないから――追い出すしかないわよね。

 無理解は侍女として失格だと思うのよ。

 これから聖女になるわたしの側仕えとしてやっていけないわ。屋敷に帰したほうがリターのためにもなるんじゃないかしら。


 いつの間にか出来てた腕の痣を彼らに見えるように、さりげなく晒した。そしたらすぐに気付いてくれたわ。これ、どうした? って。

「え、あっ! なんでもないの、どこかにぶつけちゃったのかなぁ」

 さっと腕を隠して、あははって笑った。俯いて目に涙を浮かべてみれば、ほら。彼らすぐわたしの欲しい言葉をくれるわ。

「……まさか」

「ち、違うわ! これはジェシカ様じゃ……あっ」

 慌てて口を押さえた。

 それから彼らはわたしを慰めるように、なだめながら事情を聞こうとした。彼らは最初、ジェシカがわたしを傷付けたと思ったみたい。でもわたしは白状した。

 誰もいない時に侍女に苛められてる、って。服に隠れて見えないところばっかり狙って。

「みんな……っ、お願い、このこと、だれにもっ、ひっく、いわなっ……で」

 困ったように慌てる彼らの代表として、シュバルツ大公様がわたしの隣に座って背を撫でてくれたわ。

「……家と伯爵の評判を気にしてるんだな。ここまで苦しんでるってのに……お前はもう少しわがままを言うべきだ」

 目を細めて静かに怒るシュバルツ様の色気にあてられそう。やっぱり大人の男だわ。ぼーっと泣きながら見上げたら彼は苦しそうにした。


 それからすぐにリターがいなくなって、彼らは更にわたしの世話を焼きたがった。リターがいない、って言ったら、シュバルツ様が屋敷に帰したんだって。

「大丈夫だ、もう怖い事なんてない。笑ってくれ……可愛いロミ」

 さすが大公様だわ。彼の発言ひとつで何でも叶っちゃう。そうね、それなら――ジェシカも何とかなる?

 彼らというか主にシュバルツ様が何か動いてるみたい。

「ねえ、みんな危ない事しちゃだめだよ。いやだよ? みんながいなくなるの」

 そう言ったら彼らもっとやる気を出したわ。違う意味でもヤル気を出したみたいだけどね。


 デイヴィットが告白してきたわ。愛してるって。

 今まで適当に返事して逃げてきたけど、彼らの中ならデイヴィットに初めてを奪われたいかしら。だって、彼なんとなくベルディウス様に似てるのよね。

 せっかくいい感じになったのに彼、聖女を穢すわけには、とか言うの。もう、雰囲気大事にして!

「どうして? 男女が愛する行為は神聖なものなんだよ? 命を授かるんだもの。汚れたりなんかしない」

 だから背中を押してあげた。わたしその夜、女になったの。

 デイヴィットに手を押さえられて見下ろされてる時なんて、まるでベルディウス様にそうされてるみたい。すごく気持ちがたかぶったの。

 優しくて、ずっと甘い声で気遣ってくれた。

 でも、もう少し強引でもいいのよ。


 そうこうしてる内に選定の儀が迫ってきた。ジェシカをどうするつもりなのかしらね。

 謹慎とか? ううん。聖女を苛めたんだもの。きっと天罰がくだるわ。


 選定の間でジェシカはベルディウス様から直接落第だって言われてたわ。いい気味。聖女に逆らったんだもの。むしろこの程度で済んでよかったじゃない?

 笑いそうになる口を押さえて俯いた。

 これでわたしが聖女に選定されて、ベルディウス様にエスコートされるのよ。そうして求婚してくれて、キスして、それから――。


 ふわふわ幸せに浸ってたら、何だか様子がおかしくて壇上を見たの。そしたら、選定を宣言したはずの司祭が慌ててた。なに?

 あれ、わたし前に出たらいいのかしら?

 そう思って一歩前に出た、その時。


――落ちたの。雷が。



 どうして、こんな事になってしまったの――。

 聖女はわたしなのに。本当に好きなのはベルディウス様、なのに――。

 なのに、どうして? なんでわたしのお腹の中には子供がいるの? あのアリスって女はなに? ベルディウス様とくっついて、あの人も、見た事ない顔で笑って――。

 きっと何か弱みを握られてるんだわ。王族を誑かすなんて、いつか天罰がくだるに決まってる。神様は見てるのよ。

 ジェシカを見限って諦めてくれたのはいい事だけど、その女は誰なの? 候補生じゃないし、礼儀もなってない。どこの田舎者かしら。

 許せない。


 その日の事は――あんまり覚えてない。いつの間にか教会本部にいて、なにか色々聞かれたりしたけど。わたしが言えるのは自分が聖女だってことだけ。

 何度もそう主張するしかないわ。





 どうして? どうしてわたしをこんなところに押し込んでるの? ベッドしかない部屋よ。大公妃になるんじゃないの?

 あんなに優しくてわたしの事が好きだったシュバルツ様が冷たい。ううん、そんなもんじゃないわ。本当に害虫を見るみたいな目をしてわたしを見るの。

 どうして外に出ちゃいけないの? じゃあ商人を呼んでほしいわ。ドレスを買わなくちゃ。

 え、罪人? そんな言い方、ひどい……。

 確かに、重篤だった彼を見て逃げたのは悪かったと思ってるのよ。でも結局治ってるからいいじゃない。わたしの事が好きなのにそんな事で怒るなんて、ちょっと器が小さいのね。

 そんな人だとは思わなかったわ。


 ベルディウス様――会いたい。




 ジェシカが――聖女?

 シュバルツ様、何を言ってるの?

 王族を誑かしたのよ? うちの屋敷にアリスをよこして権力を振りかざして、リターを連れてったのも共謀者が欲しかったからよ、きっと。リターもわたしを嫌ってるから。


 前に彼らにしたみたいにそう教えてあげたの。わたしを監視してるっていう人たちに。シュバルツ様に。

 なんで、そんな顔をしてわたしを見るの? おかしいわ、みんな。

 もしかしてジェシカに洗脳されてる? このままじゃだめだわ。聖女であるわたしが何とかしないと――!


 そうか、わたし、気付いちゃった。

 監禁されてるんじゃない。シュバルツ様が護ってくれてるんだ――。

 ごめんなさい、シュバルツ様は何も変わってなかったんだわ。わたしの事が好きな彼のままだった。ジェシカに誘惑されたのもフリだったのね。この護衛の人たちは周りを欺くために監視って事にしてるんだわ。


 妊娠してるの知られちゃったわ。なんでかしら、隠してたし、まだお腹出てないのに。

「お前と交わった男たちの名を全て吐け」

 わたしを見下ろしたシュバルツ様はものすごく怒ってる。

「ご、ごめんなさい、わたし、みんながどうしてもって……っく、いう、から」

「それはもういい。早く言え」

 舌打ちまでして、本当に嫉妬してる。わたしが名前言っちゃったら、彼らを処分してしまうんじゃないかしら。

 わたしは知ってるだけ名前を教えた。あんまり覚えてない人もいたけど、別にいいわよね。だって名前を教えろって言ってるんだから。覚えてない人は教えようがないもの。


 ジェシカに意地悪されたっていうメイドがやってきたわ。やっと味方が増えた!

 と思ったのに、わたしが少しでもジェシカを悪く言ったら慌てて止めるの。青い顔してね。脅されてるんだわ。味方にはなってくれなさそう。


 そうだわ。わたしをここに閉じ込めて守るように指示したのは、ベルディウス様よね。きっと。

 わかってるから、だから彼に会わせてほしいってお願いしたのに。まだシュバルツ様は演技を続けてるみたいでわたしを怒るの。

 もう気付いてるのに――。


 なんでジェシカがここにいるの? 守ってくれてたんじゃないの?

 本当に怖くて、周りに助けを求めたけどみんな知らん顔。

 やっぱりそうだ。みんなジェシカに洗脳されてるんだ。こんなの絶望しかないじゃない――。

 しかもわたしたち二人だけにして、って。どうしてジェシカはみんなを巻き込むの? どこまでわたしを苛めれば満足するの? ――ひどい。


 嫌い。早くいなくなってよ。嫌い。助けて、ベルディウス様――。




 ジェシカと二人きりになった途端、なんだか心がすうっとして、頭も醒めたみたいになった。――笑える。

 わたし何で自分が聖女だって思ってたのかしら。何の力もないのに。


 感情がこもってない人形みたいな顔が見下ろしてくる。ほんっ……とうにムカつくくらい綺麗な顔。最初から最後まで、ジェシカはわたしなんか眼中になかったって訳ね。

 本当にジェシカが聖女なの? じゃああのアリスって女は?

 ベルディウス様にくっついてた、あの女が――。

「……っ!」

 悔しくて奥歯を噛みしめたら変な音がした。

 なんでよ、あんたトーマはどうしたのよ。ベルディウス様なんて見てなかったじゃない――!


 何であんたを嫌いか。だって? 決まってるじゃない!

「ベルディウス様があんたを見てたからっ!」

 わたしはとうとうぶちまけた。

 絶対わたしの方が彼を見てた。ずっと好きだった! どうしてもって言うから体は他の男に許したけど、心はずっと一途に彼に捧げてたわ!

 今までの鬱憤をはらすようにわたしはジェシカに怒鳴り続けたわ。ちょっとすっきりした。


 そしたら急に眠くなって、気分がじわっと鎮まっていった。

 お腹の子? 誰の子かもわからないのに、いらないわ。ベルディウス様がいい。


 そうだわ。きっと神様が彼の子を授けてくれたのよ。でなきゃおかしいもの。

 何人かに抱かれたけど、子供ができないようにってみんな、外に――。


 だから、この子は彼の子よ。丈夫に産んで育てなきゃ――。

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