とある元聖女の物語
わたしは幼い頃から不思議な感覚に囚われてた。
わたしが15歳になるときは50年の節目の年だから、聖女候補生になって教会に上がるのが決まってたわ。その時がきたらお父様もお母様も、わたしを誇らしく送り出してくれたの。
道中、馬車の中で嬉しくなった。憧れてた殿下と婚姻を結べるんだもの。
うん。なんとなく分かるの。わたしが聖女だってこと。
教会の大ホールで挨拶をする、キラキラしたベルディウス王子殿下を見た瞬間。
あら?
なんだか妙な既視感――っていうのかしら。前にも見た事あるような感じがしたわ。でもこういう事って誰でもよくあるって聞くし、わたしも小さい頃から結構あったのよ。
だからその事についてはどうでもよくて、気になったのは。
ベルディウス殿下。なにか気にしてらっしゃるのかしら? ちらちらどこかに目を向けてる気がする。みんな気付いてないの?
ほら、また。
彼の視線を追ってその先を見た。そしたら。
ジェシカ・ノースクライン様。侯爵家の――。
彼女を見た途端、わたしは胸が痛くなった。ずきずきして、いやな痛み。どろっとしたイヤな感じ。目を離したら痛みはスッて消えた。
それより殿下の事よ。王族の宣誓をしてる間、殿下があの人を見たのは10回。ちゃんと数えてたんだから。
小さい頃からずっと憧れてて、将来の夢は殿下のお嫁さんになる事だった。それなのに殿下――ベルディウス様って。まさか、ジェシカ様を?
わたしは頭を振ってその嫌な考えを打ち消した。
関係ないわ。これからベルディウス様と仲良くなればいいのよ。それに、どうせ彼と一緒になるのはわたしなんだから。だって、わたしが聖女だもの。
ジェシカ様にはちゃんと現実を見て貰わないと――。
転機が訪れたのは、魔術の演習でジェシカ様とペアになった時だった。
「よろしく」
うっすら微笑んだジェシカ様を初めて真正面から見たの。わたしは、ぼうっと情けなく口を開けたまま固まった。
なに、この、ひと。
キツそうだと思った目は憂いを帯びて色気が凄い。挨拶を返さないわたしに首を傾げたとき、肩から流れ落ちる黒々した髪。
伸びた背筋も真っ直ぐ前を向くその姿勢も、すらっとして艶めかしくて。自然体で全然気負ったとこなんてない。
心臓がじくじく痛んで、くるしい。こんなの、あの人が、好きになるのも――。
その先を考えたくなくて目に力を込めた。駄目よ。彼は聖女と結婚しなきゃいけないんだから、これ以上彼を惑わせないで!
それでもわたしは聖女だから、我慢して彼女のフォローをしようとしたのよ。それなのに全然息が合わないし、わたしは邪魔されて転んじゃうし。
ジェシカ様に気を取られて全然うまくできなかったわ! もう、散々……。
わたしを振り回しておいて、自分ばっかり先生に褒められてるの。美しいのに意地が悪い人なのね。きっと甘やかされて育ったんだわ。
ひょんな事から知り合ったシュバルツ大公様にその事を話したの。
彼はわたしを気遣ってくれたわ。しかもジェシカ様を探してその場で注意して、彼女に謝らせた。確かに謝った事は謝ったけどずっと、自分は悪くありません。って態度。
素直に非を認められない人なんだわ。やっぱり意地が悪い。
悔しくて涙が滲んだ。そしたらシュバルツ様がもっと怒って彼女に詰め寄ったわ。怒られてるっていうのに無表情でわたしを見てた。
告げ口した事を根に持ってるのね。仕返しされるかもしれない。わたしは大公様の陰に隠れた。
最近リターがうるさいのよね。しっかり勉強しろとか、王族方に失礼のないように、とか。
まったく、分かってないんだから。どうせわたしが聖女になるんだし、王家と縁続きになるから今から仲良くしてた方が絶対いいのよ。
シュバルツ様も目をかけてくれるもの。
わたしが聖女かもしれない。ってつい言ってしまったら、彼はわたしを切なそうに見た。
高い位置にある頭を撫でてあげた。彼、こうされるのが好きなのよね。本当は次男気質で寂しがり屋。甘えん坊なの。
首を傾げて見上げたら、彼は目を閉じて色っぽい息を吐いた。
シュバルツ様って素敵だし大人。わたしが聖女じゃなかったら、きっとこの人のお嫁さんになってたわ。
それから何人かの男性と仲良くなったけど、肝心のベルディウス殿下は全然わたしを見てくれない。
それどころか一人になったら彼、やっぱりジェシカ様を見るの。その表情は全く変わらないんだけど、本当にさりげなく、同じ空間に彼女がいたら絶対に一度は必ず見る。
じっと見るんじゃなくて本当に一瞬なんだけど、わたしには分かる。
好きなの? 彼女が。
どうして? 聖女はわたしなのよ?
――このままじゃ駄目だわ。彼が失恋しちゃうし、最後にはわたしを妻にするしかないんだから、わたしを好きになってくれないと。
彼が傷ついちゃう。
そう思って、ジェシカ様の意地の悪さを見せて諦めさせようとしたの。
「もうやめて下さい。自分の評価を落とすだけです!」
彼女にそう訴えるけど殿下はこっちを見てなかった。もう一度彼がこっちを見た時にまたジェシカ様に訴えた。
ベルディウス様はいつの間にかいなくなってて――その代わり仲良くなった彼女の執事がわたしを守ってくれたの。他のお友達も。
彼女もなにか反論してたみたいだけど、ずっとわたしだけを見てた。無表情で。
ベルディウス様、認めたくないんだわ。好きな女性の性根が腐ってたなんて。
わたしが聖女なの――どうか気付いて。
落ち込んでたわたしを慰めたのは神官のデイヴィット。ジェシカ様に比べてわたしは、って少し大げさに悲しんでみせたら、彼はそんな事ないって褒めてくれた。
ジェシカ様と違って、わたしがどれだけ聖女に相応しいかって力説してたわ。何だろう、すごく救われた気分。
涙を浮かべてお礼を言ったら、周りにいたハクスたちも何だかジェシカ様の悪口を言い始めた。
無愛想、キツすぎる。隙が無くて可愛くない、親しみがない。地位だけの人。それに比べて――。
彼らの言葉にふわふわしてきたわ。
そうよね。自信もっていいのよね。もっと頑張ればベルディウス様もわたしを見てくれるわ。そう、そのためには。
「わたし、この前ジェシカ様にも言われたの。可愛いらしいって! あとなんだっけ、花畑? めでたい?」
彼らを見回すと固まって、顔をしかめてるわ。
「よく分からないけど、褒めてくれたのよね。だからみんなもジェシカ様の事悪くいっちゃだめよ」
彼らは悲しそうな顔をして、中には怒ってる人もいて、わたしにもっと優しくしてくれた。――そんな事、言われてないんだけどね。
わたしは偶然ジェシカ様の弱点を知ったの。教会の外で出会った騎士トーマ。
仲良くなった彼と教会内で話をしてたら、なんだか邪魔される。そう、あのジェシカ様に。他の人の時はそんな事ないのに、トーマと二人でいるときだけ彼女、話しかけてくるの。割り込むみたいにして。
「俺、今ロミと話をしてるんだけど?」
トーマは笑顔で、でも目はすっごく嫌そうにしてたわ。ジェシカ、嫌われてるのね。可哀相。
「だめ、トーマ様。どうしてそんな事いうの? ジェシカ様はトーマ様の事好きなんだよ?」
彼女の前でそう言ってやった。
てっきり怒るか泣いて逃げるかと思ったのに、ジェシカは曖昧に少し笑っただけだった。
その態度が、すごくカチンときたわ。だってまるで子供をあやすみたいな、自分は大人だから。みたいな。
――ようやくわかったの。
わたし、ジェシカが嫌い。いなくなればいいのに。ベルディウス様の前から消えてくれないかしら。
続く。




