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CROWN   作者: 山木京、
白猫の探偵と黒犬の警察
7/20

05

「ねえシオリ。ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」

「何?今忙しいんだけど」

 白いコック服に身を包んだシオリは少し不機嫌そうにしていた。パン屋の朝は早い。まだ朝七時だというのにみんな大忙しだ。彼女は僕と同い年の妹だ。彼女は人間で、僕は猫人。ちなみに今、窯の前でピールを使ってパンを出し入れしている鳥人は僕たち兄妹の父親。傍から見たら複雑な家庭に見えるだろうが、僕らは気づいた時から家族だったから特に不思議ではない。

「ヤマトかサクラの電話番号分かる?」

「?分かるけどなんで?遊びにでも行くの?……そんなわけないか」

 ヤマトとサクラとは高校の同級生のことだ。犬人の姉弟で高校を卒業した後はそれっきり会っていない。シオリが「そんなわけないか」と言ったのには理由がある。僕はその姉弟とは特別仲がいいわけではない。一緒に遊ぶことはあったが、それもシオリや他の共通の友達がいたからだ。その証拠に僕は彼らの連絡先を知らないままでいる。

「まぁ、ちょっとね」

「ほい」

 シオリはポケットからスマホを取り出すと僕に向かって放り投げた。危うく落としそうになりながらもそれを受け取った。あまりの粗雑さに心配になる。

「あっぶな。落とさないでよ。壊れたら大変なんだから。電話帳適当に探して」

 厨房の方から彼女を呼ぶ声がしてシオリは返事を返して戻ってしまった。

「……いいのか?勝手に触って」

 スマホの電源をつけるとロック画面はパスコードもなく開いた。

 いいのか?女の子として。

 兄としてそんなことを心配しながら電話のアイコンに触れて電話帳を開く。目的の名前はすぐに見つかった。ヤマト・ササキ、サクラ・ササキの名前はすぐに見つかった。そこに記録されている番号を自分の携帯に登録する。

 二人は代々続く剣道場に生まれ、学校を卒業した今は道場で門下生に剣を教えている。

 僕はアドレスを登録した自分の携帯から電話を掛けた。数回の呼び出し音の後に通話がつながった。

「……もしもし?」

 電話越しに聞こえてきた声に一瞬戸惑った。ヤマトの番号にかけたつもりだったが女の人の声が聞こえてきた。

「もしもーし。切りますよー」

「あっ!ちょっと待って」

 返事に戸惑っていると危うく電話を切られそうになって慌てて呼び止めた。

「ヤマト、くんの電話であってる、ますか?」

 言っている自分でもわかるくらい変な言葉遣いになってしまった。電話の向こうではしばらくの沈黙の後「どちらさまですか?」と警戒するような声が聞こえてきた。

「ヌーウェイルです。同級生だった……」

 僕がそう言うと電話越しに聞こえていた声が急に明るくなった。

「シュトレン君⁉久しぶりだね!」

 その声は以前から聞き慣れていた活発で生き生きしたサクラのものだった。

「私サクラだよ。ごめん、今ヤマトトイレ行っちゃっててまた掛けなおさせようか?」

「いや、そのままで聞いてほしい。相談があるんだ。今日今から道場に行ってもいいかな?」

「いいよ。うちの門はいつでもウェルカムだよ。じゃあヤマトにも伝えとく」

「うん。よろしく」

「はーい、待ってるねー」

 彼女がそう言った数秒後、通話が切れる音がした。僕も電源ボタンを押し通話を切った。

 ふう。電話するだけでどうしてこんなに疲れるんだろう。もっと人付き合いがうまくできたら良かったのに……。

 僕は一息ついて二つ折りの携帯電話をポケットにしまった。

 よし、行くか。

 シオリから借りたスマホはテーブルの上に置いておいた。また呼び止めたら怒られそうだ。僕は誰もいない部屋に向かって「行ってきます」と言うと家を出た。

 ササキ姉弟の道場は街のはずれにある。そうは言っても我が家も街の外れにあるものだから割と近い距離にあった。街と山の境目のような道を少し歩くとその建物はすぐに目についた。白い塀は山の緑によく映えていた。

 いつ見てもでかいな。

 ここへは昔、いつもの三人組でよく遊びに来ていた。ササキ姉弟と宏大な剣道場で走り回って遊んでいた。あれから十年くらい経っただろうか。身長もあれからずいぶん大きくなったとは思うが、道場の周りを取り囲む亭々たる外壁は今も変わらず僕の頭のはるか上まであった。

 壁の向こうからは子供たちの声だろうか、稽古に励む元気な声が聞こえた。

 門のところまで来るとそこに白と黒の道着姿の人影が見えた。

 明るい茶色の立ち耳に、同じ色の巻き尻尾が袴の隙間から出ていた。

ヤマトだ。そういえば剣道着姿のヤマトを見るのは初めてかもしれない。

「よう!久しぶりだな」

 僕の近づく足音に気が付いたヤマトは耳をピクリと動かし振り向いた。

「うん、久しぶり」

 身長が僕よりも少し小さめのヤマトは少し見上げる形で僕を見ていた。普段から着慣れていることもあり道着姿はなかなか様になっていた。

「なんだ相談って?俺あんまりこれ以外できること無いし、お前探偵になったんだろ?頭使うことなら俺には無理だぞ」

 ヤマトは壁に立てかけていた竹刀を手に持って言った。

「まさにそのことなんだ。少しだけ教えてほしいんだけど、ダメかな?」

「……いや、ダメではないけど。またなんで?別に剣道に興味が沸いたわけじゃあないだろ?」

 お前のことだし。となかなかひどい事をヤマトは言った。いいじゃないか、僕だって剣道に興味が沸くことだってあるかもしれない。まぁ今回に限ってはその通りなのだが口には出さないようにした。

「それがまぁ、ちょっと複雑でね。あんまり話せない」

「うげぇ、面倒ごとかよ。まぁいいや、とりあえず中に入れば?」

 露骨に嫌な顔を作ったヤマトに僕は中に入るように促された。

 僕は数年ぶりにここの敷居を跨いだ。あの時跨ぐのも一苦労だった敷居は簡単に跨げるようになっていた。


 竹刀を握る手に汗がにじむ。振り上げた竹刀を振り下ろすたびに空を切る音がした。それが十数人分重なるとずいぶん迫力があった。

 僕は稽古中の門下生に混じって竹刀をふるっていた。

「はーい。集中して!一振り一振りを無駄にしない!」

 稽古場にサクラの透き通った声がよく響いた。

「シュトレン君もっと脇締めて!」

「……はい!」

 ……どうしてこんなことに。

 時間を遡ること半刻ほど。道場の門をくぐってすぐ僕は稽古場に通された。

「そういえばおじさんとおばさんは?」

「あぁ、今ね、出かけてていないんだ」

「お昼までに帰って来るかな?一応久しぶりだし挨拶とかした方がいいかと思ったんだけど……」

「半年帰ってこないよ」

「へぇ、半年。……半年?」

「そ、ひどい親だよな」

 ヤマトはにっと笑って言った。

 彼の話によるとおじさんとおばさんは現在、国の外にいるらしい。なんでもこの道場の主であるおじさんは剣道の本場である国に兼ねてから修行に行きたかったのだそうだ。しかし、一家の大黒柱であると同時に道場の主として一人だけ旅に出るわけにもいかなかった。

「前から知ってはいたけどさ。卒業式のその日のうちに出ていくなんて、どんだけ行きたかったんだよって話だよ」

「へぇ……」

 長年想いを募らせていたおじさんはヤマトとサクラの学校卒業を機に、道場を自分の子らに任せて旅に出てしまった。おばさんは「あの人を独りにしたらどうしようもないから」と旅に同行する形になったらしい。

「それで、相談って具体的にどんなやつ?」

 ヤマトが長い廊下を歩きながら僕に訊いた。

「うん、稽古つけて貰いたくて。ちょっとだけ」

「ちょっとだけってなんだよ。どうせならちゃんと習いにくればいいのに。家も近いんだしさ」

「いやぁ、長く続ける気はないというか、コツだけ教えて貰いたいというか……。サクラが怒んないといいんだけど」

「え、やめてよ。サクラ怒らせると怖いんだから」

「ふふ、誰が怒らせると怖いって?」

 サクラが柱の陰からひょっこり現れた。

 突然現れたサクラに僕たちは揃って「うわっ」と声を出した。ヤマトだけ竹刀の柄で額を小突かれた。

「うわって何よ、失礼ね。シュトレン久しぶり、元気してた?」

「……うん、サクラも元気そうで」

 サクラもヤマトと同じく道着を身に着けていた。いま彼女はこの道場の師範代だ。その姿はシオリに負けず劣らず活発な筈のサクラを落ち着かせて見せた。

「立ち話もなんだし、ちょっと休憩挟むから待ってて」

 サクラはそう言うと後ろで一つに束ねた髪を振って稽古場に入って行った。サクラが門下生に休憩の旨を伝えると彼らの元気な声が稽古場に響いた。さっきまで竹刀を振るっていた少年少女たちは緊張をほぐし、わらわらと稽古場から出てきた。「誰だこいつ」という眼差しをいくつも受けていると、髪紐をほどいたサクラがやってきた。

「ほら、そこ座って!ヤマト何してんのお客さんだよ、お茶淹れてきて」

 僕の後ろにいたヤマトは「へーい」と返事をするとキッチンのある母屋の方へ歩いて行った。

「さ!座って。ただの縁側だけど」

 座布団いる?と訊かれたがそれは断り、僕はそのまま縁側に腰かけた。サクラは手に持っていた竹刀を置いて僕の隣で正座した。

「で、相談って何?」

「……その相談なんだけど――」

 僕はサクラに相談内容を伝えた。言えないところもあったが自分なりにそれっぽい理由を作って説明した。その間サクラは口を挟まず黙って聞いてくれていた。

「……という訳なんだけど、どうだろう?」

 全て話し終えて僕は彼女の返事を待った。短い沈黙の後、サクラは顔色を一切変えず一息吐いた。

「要するに、シュトレンは力をつけたいと。でもその理由は話せなくて、しかも時間がない上に午前中しか練習期間も取れない。おまけに竹刀は使わない……」

 僕の相談もとい要望を反芻した彼女は、目を閉じて何か考えていた。

 僕はサクラが簡単に首を縦に振ってくれるとは思っていなかった。そうしてくれたならどれだけことが順調に進むだろうか。そしてやっぱり事はそううまくは進まなかった。彼女は僕と歳は同じだがこの道場を任された、いわば責任者だ。竹刀だって気づいた時には握っていたと以前聞いたことがある。遊びで剣道をしているわけじゃない。

「バカじゃないの……」

 そう言ってサクラは立ち上がった。何か言いたげな目を僕に向けたが、彼女は何も言わずにどこかに向かって歩いて行ってしまった。

「待って」

 僕は慌てて立ち上がってスタスタ廊下を早足で歩いていくサクラの後を追った。

「ごめん。ふざけてるように聞こえたかもしれないけど真剣なんだ」

 サクラの背中に訴えかけても彼女から返事は帰って来なかった。

 まずいな、怒らせてしまった。

 この道場には剣道を真剣に学びたい者が集まっている。僕みたいに生半可な気持ちでここに来ている人なんていないんだ。それはもちろん彼女もそのうちの一人だ。

 休憩していた門下生の子達の集団の中をサクラは縦断して行った。彼らは「何があったんだ」という顔つきで彼女に道を作り、僕には懐疑の眼差しが向けた。

 痛い視線の中を潜り抜けるとサクラの姿は建物の角を曲がって見えなくなった。僕は急いでその後を追いかけた。

「待ってサクラ、話を訊いて」

「うわっ」

 角を曲がるとお茶をお盆に乗せたヤマトとぶつかりそうになった。

「……もしかしてサクラ怒らせたか?」

「ああ、分かんない」

 僕はヤマトを横目にサクラの姿を探した。

 サクラは敷地の隅にある蔵の前で錠を外しているところだった。

 履物が無いことに一瞬躊躇したが、探している暇はないと僕は裸足のまま敷石の上に飛び降りた。石の冷たくて硬い感触を足の裏に感じた。

 裸足のまま扉の空いた蔵の前まで歩みよったが、蔵の中は小さな天窓からの光しか届いておらず薄暗かった。

「僕は力をつけなくちゃいけない。サクラ、頼れるのは君達しかいないんだ」

 蔵の中に向かって話しかけたが、やっぱり返事が返ってくることはなかった。それでも僕は続けた。

「訳は話せないけど、助けたい人がいる。その為に僕は闘う術を学ばないと……ねぇ!サクぶふぁ!」

 薄暗い空間に話しかけていると、その向こうから何か布のような塊が飛んできて、僕はそれを顔面で受け止めた。

「くっくっく。あんたほんとにシュトレン?私が知ってるシュトレンはそんなに熱い感じじゃなかったけどなぁ」

 サクラが暗がりから明かりの届くところまで出てきた。その顔には意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

「誰も駄目だなんて言ってないでしょう。何があったかは知らないけど稽古つけてあげるよ」

「……いじわるだな」

「ふふっ。シオリちゃんにする話のタネができたよ。それ道着ね。たぶんそのサイズで大丈夫だと思うんだけど違ったら言って」

 サクラは僕が顔面で受け止めたものを指さして言った。

 これ道着だったのか。かび臭いその布を広げてみると確かにそれだった。

「え、じゃあ」

「稽古つけてあげるって言ったでしょ。ほら!早く着替えて!時間ないんでしょう?厳しくいくから覚悟しなさいよ!」

「……よろしくお願いします」

 僕は軽く頭を下げた。サクラは「そんなのいいよ」と言った。この瞬間から僕に同い年の先生ができた。

 蔵から二人そろって出てくるところを見て、ヤマトはお盆を持ったまま「何があったんだ」という顔をして首をかしげていた。


「はーい!十五分休憩!」

 稽古場にサクラの声が響いた。

「ふぅ」

 竹刀を振り下ろすだけの動作なのに普段動かさない筋肉を使うせいでかなりの体力を消耗した。若干息も上がっている。

「はい、お疲れ」

 サクラがコップに注がれたお茶を持ってきてくれた。いつもの茶色いお茶ではなくて緑色の少し濁った液体だった。

「ありがとう」

 乾いた喉に少し苦みを伴ったお茶がよく染みこんだ。コップの中の液体は瞬く間に無くなってしまった。中に残った氷がカランと涼しげな音を立てる。

「やっぱりこの時期の緑茶はいい」

「この時期だけじゃないよ。冬はホットで飲めるし、何よりカテキンは体にいいからね」

 そう言って差し出されたサクラの手に、僕は空になったコップを手渡した。

「はい、休憩終わり!」

「え?もう?!」

 コップを受け取ったサクラはいたずらな笑みを浮かべた。

「時間無いって言ったの自分でしょう?そして私がビシバシいじ……じゃなかった。鍛えてあげるって言った」

「今いじめるって言いかけなかった?」

「細かいことは気にしない!今度は防具をつけて実践形式でやるよ」

 ヤマトが。とサクラは完全に気を抜かしてお茶を飲んでいたヤマトを指差して言った。

「なんで俺が」とヤマトなら言うと思ったがそんなことはなく、持っていたコップをお盆の上に置くと静かに立ち上がった。そのまま防具を二人分持ってくると頭部の防具を何も言わずに僕の頭へ被せた。

「痛っ」

「はい、あと胴と甲手と胴。ちゃんとつけろよ、ケガするぞ」

「え?」

「駄目だよヤマト、ケガさせちゃ。ほどほどにしなよ」

「え?」

「大丈夫だよ、ちょっと痛いだけだから」

「え?防具しても痛いの?」

 僕の質問にこの姉弟は顔を見合わせて同じように笑った。

 僕はこの後二人が笑った理由を実際に体感することになる。


「なに?そんなに痛かった?」

「……防具って名ばかりなんだね。衝撃を全然防いでくれない」

 僕は散々叩かれた頭をさすっていた。痛いというより脳が揺らされて気持ち悪い。

「じゃ、また明日の朝ね。すっぽかしたら探し出して次は私がボッコボコにしてあげるから」

 笑顔で物騒なことを言いながら手を振るサクラに別れを告げ、僕は道場を後にした。

 時刻は正午を少し過ぎた頃。次の行き先はもう決まっていた。あの格闘技場に行ってユウの兄を探す。現状そこにいるという情報しかないからそれを頼る他ない。

「あ、そうだ」

 僕は鞄の中の携帯を探した。ボスに「いつでも連絡つくようにしとけ」と言われていたのにすっかり忘れていた。携帯を持ち始めてもう半年以上経つのに、全然身につける習慣が身につかない。僕に黙ってシオリはいつのまにか携帯を所持していた。そのシオリなんか一日中肌身離さず身につけていたのに、この差はなんだろう。

 鞄の中をガサゴソ。ポケットの群れを開いては閉じてを繰り返していると、携帯は内ポケットの中から発見された。やっとの事で発見されたそいつは、着信があったことを知らせるランプをチカチカと点滅させていた。

 着信が三件とメールが一件。携帯を開くと画面にそう表示されていた。

 ジャックさんが昨日の夜に事務所を訪れているはずだから、きっとそのことだろう。

 着信を確認すると案の定三件ともボスからだった。

 折り返しの電話をしようとカーソルを合わせたところで僕は指を止めた。

 もしかしたら用件だけまとめて、メールで寄越しているかもしれない。それなら別に折り返して電話をする必要もないだろう。

 そう思ってメールのフォルダを開くとボスからのメールが一件。題名の所に「電話しろ」の四文字があっただけで後は空白だった。画面を下にスクロールしても何も記述はない。

 面倒くさいな、書いててくれたら楽だったのに……。

 僕は携帯を操作して着信画面に戻りボスに電話を掛けた。数回の呼び出し音の後ボスは電話に出た。

「……おう、寝てたか?」

 電話の向こうから普段と変わりない声が聞こえてきた。

「そんなわけないでしょ。ちゃんと起きてましたし、稽古つけてもらってました。それにこれから格闘技場に調査に行くところです」

 僕がそう言うと「稽古だ?」とボスは返してきた。眉間に皺を寄せているのが目に浮かぶ。

「……何の稽古かは知らんが、まさかこの前のが悔しくてリベンジしてやろうとか思ってるなら止しとけよ。痛い目見るぞ」

 さすがというべきか、ボスの言ったことは図星だった。

「別にいいでしょ。それに体力つけてた方がこれからも役に立つし……。そんなことより何の用事だったんですか?」

「あぁ、そうだった。あそこに行くならちょうどよかった。昨晩ジャックから聞いた話だ――――――」

 ボスはジャックから聞いたことを要点だけまとめて話してくれた。僕は道場の外壁にしゃがみこんで、それを余すことなくノートに書き記した。

 僕が探しているユウ・ドーベルの双子の兄の名前。ヒロ・ドーベル。ジャックさんと同じく警察官。ユウの事件の捜査から外された際、上官に対して暴力を振るったことで出勤停止処分として自宅謹慎中となっている。しかし自宅に帰っている様子はなく現在行方不明。連絡もつかないそうだ。

「――とまぁ、このくらいだ。おそらく彼は単独で捜査している。こちらとしても情報は欲しい。何とか探し出して協力できるか訊いてみてくれ」

「簡単に言いますね。絶対難しいじゃないですか」

 僕は背中越しに聞いた、あの敵意むき出しの声を思い出していた。

「……これは、君にしかできない仕事だ」

「何でですか?」

「ヒロ・ドーベルは今、警察を信用していないことだろう。自身が警察官でありながらな」

「それが僕にどういう関係が……」

 僕の疑問に一拍置いてボスは答えた。その間聞こえないようにため息でもついたのだろうか。

「……お前は、ユウ・ドーベルの友人だったんだろう?」

「……」

「まあ、そっちのことはお前に一任する。どうしても駄目そうだったら連絡をよこせ。こちらはこちらで調べなければいけないことができた。暫くそちらにかまってやれなくなったがくれぐれも無茶はするなよ」

「……はい、了解です」

 じゃあな。というボスの声を最後に通話は途切れた。携帯の画面には通話時間が表示されていた。僕は電源ボタンを押して二つ折りの携帯を閉じる。

 ぱたんと乾いた音がした。

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