始まりの物語
それは遥か昔の話。
一匹の獣が人間に憧れました。その獣は人間の姿に近づくために、四つ足で踏みしめていた大地を後ろ足二本で歩き始めました。かつて人間がそうして進化したように、火を使い、道具を使って脳を発達させました。毛皮の上から衣服を纏い、人の言葉を話せるように舌の形も変えました。
次第に彼の行いを倣い、多くの種族の獣たちがその姿を人間に近づけていきました。彼は先駆者として獣たちを導きました。しかしその一方では、今まで通りの自然と共に生きる選択をした者たちもいました。そこで争いは起きませんでした。これまで人間の起こしてきた歴史を側から見ていたからなのかもしれません。獣たちは彼の導きのもと、少しづつその姿を人間に近づけていきました。
いつしか彼は皆から『王様』と呼ばれるようになっていました。
世界に『人間』『獣人』『動物』の三者が存在することになりました。
ちょうどその頃、人間たちはその数を減らしていました。異常気象、疫病の蔓延、食糧難、理由はいくつも重なり人間たちはとても弱っていました。
王様は人間たちに手を差し伸べました。
「手を取り共に生きていこう」
人間たちはそんな彼らを受け入れました。
獣人と人間。始めこそぎこちない生活ではありましたが、それも次第に馴染んで日常となるのにそれほど時間はかかりませんでした。
ある時、王様は自分が他の誰にも無い能力を持っていることに気がつきました。
それは王様としての冠を置き、人間と築いた家族と共に平穏な日々を送っていた頃の話です。
その力は他の獣人たちにも無く、彼の中にだけ存在していました。
彼はいつ与えられたのかもわからない、この得体の知れない力に恐れを抱きました。
しかし周りの反応は全く違うものでした。
「神の力」「超能力」「大地からの授かりもの」人々は彼の力をそう讃えました。
そして彼はまた『王様』としての冠を被ることになるのです。
彼はその力を人間と獣人の繁栄のために使いました。
氷に覆われた大地に暖かな風を。乾燥した土地には恵みの雨をもたらしました。
世界は彼の力で人間が最も繁栄していた頃の平穏を取り戻しました。
再び王様として世界に名を馳せた彼は、人間と獣人が共に手を取り合って生きていく世界の姿を見届けて、その生涯に幕を降ろします。彼は事切れる瀬戸際、自らの頭に乗せた黄金に輝く王冠を掌の上で粉々に砕き、そっと息を吹きかけました。
「この世界と共に」
そう遺して彼は息を引き取りました。
悲しみに包まれる世界に「異変」が起き始めたのは彼の死からそれ程間もない頃でした。
獣人たちに王と同じような力を持つものが現れ始めたのです。
力を得た獣人たちは王様の意思を継ぎ、その力を彼の代わりに使うことにしました。その力は親から子へ、子から孫へと受け継がれていきました。
彼らは敬意を込めて、その力を冠と呼びました。