かつてマッチを売っていた老婆の手紙
愛する孫娘へ
とても怖い夢を見たのですね。でも心配はいりません。私は狼に食べられてはいませんよ。
私の耳は、メイジー、あなたの耳にそっくりな形をしています。少し遠くなってしまいましたが、あなたの声は不思議とよく聞こえるのですよ。透きとおった声をしているからかしらね。あなたは、つぶらで大きな目をしていますね。あなたの目に比べると私の目は小さいかしら。でもね、メイジーはとても輝いているから、小さな目でもあなたのことはよく見えるのですよ。メイジー、私の口はね、あなたを食べるためではなくて、あなたにキスをするためにあるのです。あなたは、私にとって目に入れても痛くない、大切な孫娘なのですよ。私は、あなたの笑った顔が大好きな、あなたのおばあさんです。
なにも怖がらずに遊びにいらっしゃい。それに、メイジー、あなたは私のお家の周りで狼を見たことがあるのかしら? 私は長いこと、このお家住んでいますが、一度も狼を見たことはありませんよ。私のお家の周りには、森も山もないのですから、狼はこのあたりでは生きていけないのです。だから心配せずにいらっしゃい。赤いフードをかぶったメイジーの姿が見たいです。
それでもメイジーは不安かしら? なら、あなたが安心できるようにひとつお話をしましょう。私があなたよりも少しだけ大きかった頃のお話です。
子供の頃の私は、とても貧しい暮らしをしていました。私のお父さんもお母さんも働いていました。それでもお金がありませんでした。そういう時代だったのです。みんなが生きることに必死でした。私も子供ながらに働いていました。町には私のような子供がたくさんいたんですよ。通りを歩く大人がお客でした。新聞を売る男の子がいて、花を売る女の子がいて、靴磨きをしている子もいましたね。私が売っていたのはマッチでした。
でもね、ちっとも売れないんですよ。マッチだけじゃなくて、新聞も花も売れている様子はありませんでした。靴磨きを頼む大人も滅多に見かけませんでした。だって、みんな貧しくてお金を持ってないんですもの。それなのに、ひとつもマッチを売らずにお家に帰ると、お父さんは私を怒りました。「どうしてちゃんと働かないんだ」と言って、私を叩くこともありました。ちゃんと働いていなかったわけではありません。ちゃんと働いていたって売れないんです。お父さんだってそのことは知っていました。知っていたのに、意地悪をして、私のことを叱っていたわけではありませんよ。メイジーは、お腹がすいてイライラしたことはありませんか? 貧しい暮らしだったから、パンを満足に買うお金もなかったのです。お父さんもお母さんも私がひもじい思いをしないように、自分たちが食べるパンのいくらかを私に分けてくれていました。だから、いつもお腹をすかせていただけなのです。
メイジーは、マッチ売りの少女というお話を知っていますよね。あの悲しいお話です。私もあの女の子のように、寒いおおみそかの夜も町角に立ってマッチを売っていました。やっぱりあのお話と同じようにマッチは売れませんでした。雪の降る寒い夜でした。手がかじかんで、足の指もジンジンと痛くて、泣きそうでした。ふとマッチ売りの少女のお話を思い出して、マッチを擦ろうと思ったんです。
マッチ売りの少女が擦った一本目のマッチは、大きなストーブになったんでしたっけね。私の擦ったマッチもやっぱり大きなストーブになりましたよ。窓の奥にまっかな炎が見える黒い大きな鉄のストーブでした。春がやってきたみたいに暖かくなって、指の先、足の先までも温もりました。でもマッチの火が消えると、ストーブは消えてなくなって、また寒い冬に戻ってしまいました。マッチ売りの少女が擦った二本目のマッチは、ごちそうに変わりましたね。けれど、かわいそうにマッチの火が消えて、少女はごちそうを食べることができませんでした。最後は亡くなったおばあさまに連れられて天に召される、そんなお話でしたよね。
私も少女と同じように天に召されるのだと思いました。死ぬのは怖いことです。でもマッチ売りの少女が微笑みを浮かべて死んだことを思い出して、天国はきっと素敵なところなのだと自分に言い聞かせました。二本目のマッチはごちそうです。でもどうせ食べられやしないのです。がっかりした気持ちのまま、マッチを擦ろうとしたそのときでした。冷たい風にあおられて、私の足元に新聞紙が飛んできたのです。誰かが読み終えて捨てたのか、売っていた男の子が落としたものなのかはわかりません。私はそれを拾って、くしゃくしゃに丸めました。マッチを擦って、丸めた新聞紙に火をつけました。七面鳥の丸焼きが目の前にあらわれました。湯気のあがる丸焼きにフォークを刺して、ナイフを入れました。七面鳥の肉は、口に運ぶ瞬間に消えてなくなるものだと思っていました。ところが、私の口には、七面鳥の丸焼きの甘いソースの味が広がったのです。このとき食べた七面鳥の丸焼きほど美味しい丸焼きを私は知りません。新聞紙が燃えつきて、火が消えてしまったため、一口しか食べることができませんでしたが、たしかに私はマッチの火の七面鳥の丸焼きを食べたのです。
私は走ってお家に帰りました。マッチはひとつも売れていませんでしたが気にしませんでした。お家のドアをあけて、まっすぐに暖炉に向かいました。そして暖炉に向かって、マッチの束を投げ込んだのです。マッチは暖炉の火に焼かれて、ぼうっと強く燃えました。おとうさんとおかあさんは目を丸くして驚いていました。だって、テーブルの上には、ごちそうがあらわれたのですから。
私が暖炉にマッチを投げ込んだときから、不思議なことにいろんなことがうまくいくようになりました。おとうさんの商売が繁盛するようになって、食べるものに困ることはなくなりました。私もマッチを売りに出なくてよくなりました。おとうさんもおかあさんも笑うことが増えました。私も自然と笑顔でいることができました。暖炉の火はその冬、ずっと絶えることなく燃えていました。まるでマッチの火がしあわせを運んできたよう。
ところで、メイジー、秋のはじめにあなたが私のお家に遊びに来たときに、なぜ寒くもないのにストーブを焚いているのと聞いたことがありましたね。私はあのとき、年をとると体が冷えて、秋のはじめでも寒いのだと答えました。覚えていますか? 実を言うとあれは本当のことではありません。嘘をついてごめんなさい。私のお家では、夏の盛りでもストーブに火がともっています。かしこいメイジーなら、なぜだかわかりますよね?
これでもまだあなたは狼を恐れますか? メイジーが狼に食べられてしまうような、ふしあわせが起きると思いますか?
なにも怖がらずに赤いずきんをかぶって、遊びにいらっしゃい。タルトタタンを焼いて待っています。
ストーブで焼いたタルトタタンは、きっとしあわせの味がしますよ。
孫娘のしあわせを願って火を絶やさぬ祖母より